◆日本でのビジネスは原体の輸入販売と製品の販売
――BASF社はドイツが本社の世界的な総合化学メーカーですね。
「そうです。米フォーチュン誌2010年版『世界で最も称賛される企業』の一覧で、昨年に引き続き化学企業のトップにランクされました。グループ全体の09年の売上げは500億ユーロ超ですから、1ユーロ130.3円換算で、約6兆1000億円という規模です」
――日本でも既に長い歴史がありますね。
「BASFジャパンが設立されて昨年で60年ですから、外資系の農薬会社としては古い方ではないですか」
――BASFジャパン社の中にもいくつかの部門があり、その一つとして農薬事業があるわけでが、農薬部門の最近の動向はいかがですか。
「世界的には非常に好調で、36億4600万ユーロ(09年)ですから、4750億円規模になっています」
――日本での基本的なビジネスはどういう内容ですか。
「大きく分けて2つのビジネスがあります。一つは農薬の原体を輸入して、日本のメーカーへ販売する仕事です。もう一つは、“嵐プリンス”に代表されるように、製品を、全農や卸店に販売する仕事です」
◆今年は農業にとっていろいろなことが起こる年に
――今年はビジネスとして期待できる年になりそうですか。
「天候が3月までは良かったのですが、4月になって雨が多くなり気温が下がりました。5月に入って少しいいかなと思いましたが、今夏は冷害だという予想が出され心配しています」
「天候の変化などについては技術でそのインパクトを最小限に抑えることができるようにはなってきていますが、基本的には農業は天候に左右されることが多いわけですから心配です」
――地球温暖化といわれていますが、そういう影響もありますか。
「地球温暖化というのは、すぐ次の日に来るわけではなくジワジワときますからある程度、準備対応ができます。しかし、冷害とか台風は対応する前に来てしまいますからどうしてもダメージが大きくなります。日本の場合は、灌漑設備が整っていますし、河川も多く外国のように乾燥で作物が枯れてしまうという問題は少ないですが、冷害とか台風などによるダメージが大きいですね」
◆いもち病と紋枯病に1成分で効く“嵐”
――いま中核となっている商品は“嵐プリンス”ですか。
「ストロビルリン系の殺菌剤である“嵐”は非常にユニークな製品で、1成分でいもち病と紋枯病の両方に効果を発揮するという他の殺菌剤にはない特長をもっています」
「“プリンス”はイネミズゾウムシ、イネドロオイムシやウンカ類、ニカメイチュウ、イナゴ類など稲の主要害虫に卓越した効果を発揮する殺虫剤です。この二つの剤による殺虫・殺菌剤が“嵐プリンス”です」
「嵐もプリンスも長期残効性があるので、育苗箱処理をすることで、長期間にわたって稲の主要病害虫を防除することができますので、防除回数を低減し、省力化にも貢献できる農薬だといえます」
――どれくらい普及しているのでしょうか。
「今期に9万ha以上普及することは間違いないとみています」
――薬剤抵抗性が問題になっていますがその点はどうですか。
「農薬は一部の例外を除いて、長年にわたって使い続けたり、短い期間に集中的に使用したりすると抵抗性耐性をもつ可能性があります。しかし、嵐の場合は使用が年に1回ですし、冬の間は水田が乾燥し菌の世代交代が途切れますから、抵抗性が発現し難いと考えています」
◆積極的に新剤を開発殺菌剤に有望なものが
――これでいもち病が完全になくなったり、農薬によって病害虫がなくなるということは、ないんでしょうね。
「自然界はそれほど甘くありません。人間の世界でも天然痘が根絶されるとHIVに代表されるような新しい病気がでてくるように、農業でも一つの病気や害虫に効く薬が出てくると、その隙間を埋めるような病害虫がでてきますし、何かが根絶されれば新しい病害虫が必ず発生します」
――農薬の新剤開発には積極的に取り組まれているわけですね。
「会社全体として、農薬開発に相当な額を投資しています。常に新しい技術の開発に注力するという基本姿勢を持ち続けている会社だといえます」
「そして農薬ビジネスでは、新しい優れた化合物を開発する能力も大事ですが、5年後、10年後に何が起こるかを予見し、その状況に合わせて農薬を開発し仕上げていく。それが一番大事なビジネスのコツですね」
――まだ新しい剤が開発される余地があるのですか。
「一つの病気がなくなっても必ず次の病気がでてきます。それは虫や雑草でも同じことですから、新剤の開発は必要です」
――これからの開発方向としては…
「BASFは、歴史的に殺菌剤の研究開発に強い会社であるといえます。現在も殺菌剤で何剤か有望なものがありますので、それらが今後の開発の大きな部分を占めていくのではないかと思います」
――農薬というと「安全性」が常に問題にされますがそのことについては…
「農薬に対する規制が厳しく、品質でも高いレベルを要求されている日本の農産物は、海外、特に経済的に豊かになってきた中国などで人気が高いですね。それだけ日本の農産物は安全で品質的にも最高だからです」
――品質の良いものをつくるには、農薬が大きく寄与するわけですね。
「そうです。品質のよいものをつくるためだけではなく、これから世界の人口がさらに増える中で、農薬なしで食料を増産することは考えられません」
――まだまだ可能性のある仕事だといえますね。
「まだ希望があるビジネスだと思いますし、日本の農業や食料問題にこれからもお役に立ちたいと考えています」
――ありがとうございました。
【略歴】
(おおとも・ひでろう)
1952年東京生まれ。1976年東京農工大学農学部卒。79年カリフォルニア州立大学フレスノ校農学部修士課程卒。80年日本サイアナミッド(株)入社。87年同社農業本部営業推進部次長。88年日本チバガイギー(株)(98年にノバルティスアグロ(株))アグロテック本部動物薬室プロダクトマネジャー、94年同社マーケティング部除草剤グループマネジャー、00年同社日本マーケティング本部長。01年シンジェンタ ジャパン社へ移籍し、マーケティング部長、取締役開発本部長を歴任。06年同社取締役研究部長兼シンジェンタシード(株)社長。10年2月現職に就任。
インタビューを終えて
世界のリーディング化学会社BASFは本社がドイツ。BASF社が日本で活動を始めたのは1888(明治21年)といまから約120年前のことになる。大伴常務は、カリフォルニア州立大学の修士を卒業し、アメリカの農薬会社ACCの研究開発部門に入社した。会社もM&Aを繰り返し、大伴さんも外資系数社を経て、今年2月BASFジャパン農薬部門のトップに就任した。若い頃ACCで開発した農薬がまだ、使用されているのに出会い懐かしかった。除草剤ゴーゴーサンなどがその例であるという。
趣味は、広い。海外出張先での美術館めぐりとジョギング。ランニングシャツと短パン、シューズを持参する。ロンドン、パリ、ローマ、北京、上海、アテネ、ブタペストなど何十カ所を走った。夕方から夜にかけてホテルを抜け出して走り、そのあとワインを飲む。裏路地に入るとその町の生の現場の様子がわかる。外国の友人から本を書いたらどうかといわれる。最近南フランスへ奥様と旅行した。お子さん2人、息子さんは独立、娘さんは学生で練馬区に同居。仕事は仕事、余暇は余暇で楽しむ。人生に余裕が感じられる。(坂田)
BASFジャパン(株)常務執行役員・農薬本部本部長