「集落ぐるみ農業」がめざす将来ビジョン
◆なぜ「生活部」を設置したのか?
下湯沢農家組合のスローガンは「結いの心で集落の活性化をめざそう」。54戸の農家が参加し昭和62年に農事実行組合から農家組合に改組した。
その際、組織に「営農部」とともに「生活部」も設置した。営農部では、米や小麦などの作業受託や肥料散布、ライスセンターの管理運営、農薬と肥料の共同購入など、いわゆる農業の協業化を推進する事業を担っている。
一方、生活部は味噌づくりのための大豆種の配布と味噌づくり、冬場の野菜加工としてのキムチづくり、正月の飾りづくり、直売所「下湯沢フレッシュ直売所」の運営とそこを拠点とした学童への農業教育などを事業としている。
営農組合といえば地域農業の協業化のための組織と考えがちだが、下湯沢農家組合は発足当初から、集落での「暮らし」も組合の活動テーマとしたのである。「営農の集団化、効率化だけを追求してしまうと集落の食文化や健康、子どもたちへの伝承などがおろそかになってしまう。この集落で農業を続けていくためには暮らしの課題解決も含めて活動すべきではないかと考えてきた」と熊谷さん。
だから「集落営農ではなく、“集落ぐるみ農業”だと言っているんです」。
生活部の活動内容をみれば分かるように、味噌や漬け物づくりなど女性の活躍の場でもある。直売所も収益を上げるというよりも集落の人々の交流の場、「心のオアシス」との位置づけだ。味噌づくりなどで使う材料はもちろん集落の農産物。だから生活部は「営農の応援部門ともいえる」わけだ。
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上:直売所の手作り看板。「良ぐおでんしたなっす」
下:直売所は交流の場でもある。裏の畑が子ども農園。その写真が店内に。ほかに2つの小学校での出前授業も引き受けている
◆非農家も参加する共同栽培
集落の水田面積は67ha。23年産の作付けは米44ha、野菜などの転作23haだった。これまで推進してきたことを一言でいえば、米づくりも転作も農家組合に委託する部分と個人で営農する部分を品目や場所を決めて行う、ということ。昭和62年のライスセンター設置とともに、農作業受託組合を組織内につくり、その後、転作野菜でも共同栽培を行ってきた。
農作業受託組合の構成員はやる気のある農家の手上げ方式で募る。受託事業拡大のために、農地保有合理化事業にも取り組み、農地の利用調整も行ってきた。
同時に平成13年からは全国に先駆けて、全農家に米づくりのすべてを特別栽培米に切り替えることを提案、個人での栽培も含め集落全体でレベルアップを図ろうという取り組みも行ってきている。
一方、転作野菜の共同栽培は23年度、キャベツ60a、トマト20a、カボチャ20aを作付けした。
キャベツとトマトは加工用として特定の業者と取引している。重量が要求されるため大玉の品種を選んできた。5月のキャベツの定植から収穫・出荷は7月いっぱい、8月いっぱいはトマト、9月中旬から11月までは再びキャベツ、そしてカボチャの出荷と仕事は続く。
作業に参加しているのは営農実践班の20人ほど。作業時間は毎朝5時から7時まで。時給600円の労賃を支払う。
23年度の一人あたりの農作業の労賃は5万円だった。目標は栽培面積10ha。そうなれば年間所得が一人50万円となる。
ただ、共同栽培は所得だけが目的ではない。作業は早朝に限っているため、自分の農作業はその後に行うことができるし、何よりも共同作業で顔を合わせることでコミュニケーションが図られ、それが「結い」の心でもあり楽しいという人も多いという。
◆多くの人に役割を発揮してもらう
さらに非農家が出勤前に作業に参加するようになった。時給から考えれば収入が目的ではないのは明らか。「これは集落の共同作業、自分も一員なんだから、という気持ちを持ってもらえたようです」。
共同栽培には農家だが集落を離れて仕事につき、定年退職をして戻ってきた人も参加している。また、現在は盛岡市内に勤務しているサラリーマンも。
熊谷さんたち農家組合の中心メンバーの考えは、こうした人たちも将来の集落の担い手として位置づけていこうというものだ。
もちろん若い農業者もいて、彼らにはすでにライスセンターの責任者になってもらうなど将来の担い手としての役割を発揮してもらっている。
そのほかにいずれは定年退職して集落で暮らすことになる人も必ずいる。こうした人やすでに定年退職した人たちを“準担い手”として捉え、将来はオペレーターなどの役割を担ってもらうつもりだ。これを熊谷さんは「登録担い手」だという。集落の将来をリードする、という心づもりを今のうちから持ってもらうおうということだ。
もっとも専業的に農業をしていたわけではないから、栽培技術などをサポートする必要もある。そこで、いわば“師匠”役を技術を持つ高齢農業者たちに発揮してもらうことも考えている。
「野菜の栽培技術や水田の見回りで重要なことなど高齢者には知識と技術がある。それを若い人に伝えてもらう。そんな人も登録担い手とする。自分が頼りにされていると思えば生きがいにもなると思います」。
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加工用キャベツの共同栽培畑。早朝の作業には20人ほどが集まる。「非農家も参加。集落のコミュニケーションの場にもなっています」と熊谷さん
◆家族農業を継承
さらに言えば、この登録担い手とは、農業に限らなくてもいいとさえ考える。たとえば除雪作業のプロ、という人も集落には必要だ。ここで暮らすために必要なさまざまな役割を多様な人に発揮してもらうということだろう。熊谷さんたちがめざす集落ぐるみ農業とは――。
「私たちの考える登録担い手を若手から高齢者までうまく組み合わせれば農業の担い手はできる。それこそ日本の家族農業を引き継いでいくものだと思う」と熊谷さんは話していた。