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「作りあげよう! 実践しよう! 自らの手で」―地域営農ビジョン策定・実践強化全国運動

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第3回 10年後の地域農業と暮らしをどう描くか?  地域営農ビジョン実践交流研究会より

・危機感をいかに共有するか?
・農を通じた地域づくり
・JA組織基盤の再構築

 今年10月の第26回JA全国大会議案の柱のひとつが「地域営農ビジョン」の策定と実践である。
 各地で地域農業をいかに次世代に継承するかが重要な課題になるなか、この運動は農業で十分な所得を確保できる「担い手経営体」を集落段階から明確にすると同時に、ベテラン農家、兼業農家、定年帰農農家など多様な担い手が力を合わせて地域農業を振興していく体制づくりをめざす。運動は今年度から4年間が重点期間。
 8月9日には、各県JA中央会担当者らが参加して取り組みのキックオフともなる地域営農ビジョン実践交流研究会が東京都内で開かれた。研究会の議論からこの運動の重点課題などを考えてみたい。

集落の全員参加で徹底した話し合いを

◆危機感をいかに共有するか?

地域営農ビジョン実践交流研究会 「地域営農ビジョン」の策定は、いかに地域で営農を持続させていくかが目的であり、運動の目標として「地域農業の生産拡大、農業所得の向上、農を通じた豊かな地域づくり」を掲げる。
 このビジョンの策定運動は、農家組合員が主役となって集落での徹底的な話し合いから描くというのがもっとも重要な点だ。
 では、そのためには何が必要か。研究会では「地域で危機感を共有すること」が大切だと強調された。
 JAいわて花巻管内の各地域は平成16年からの地域水田農業ビジョン運動の策定・実践の先進地区だが、今回、報告された笹間地区では、米価の大幅下落による農家の落胆と不安を背景に改めて水田農業再生ビジョンづくりが全戸参加で進められているという。
 愛媛県の俵津農地ヘルパー組合も耕作できなくなったみかん園地が出てきたことが地域を担う組織づくりのきっかけとなった。広島県の農事組合法人「ファームおだ」も“平成の大合併”によって診療所や保育所が統合されることへの住民の危機感がもとになって設立された集落法人だ。それが将来ビジョンを描く原動力になっている。
 ファームおだの吉弘昌昭組合長理事からは「同志を募って地域で何がいちばん危機なのかを整理する。できれば3人ぐらいで言い出しっぺになれれば」と具体的な提起もあった。
 JA全中の大西茂志常務は「耕作放棄地の増加はまさに地域の不安の表れのはず。危機感を共有するための重要な指標」と強調した。


◆農を通じた地域づくり

 今回のビジョン運動は水田地域に限った取り組みではないことも重要な点だ。この日の研究会でも果樹地帯、中山間地帯から事例報告された。
 その点で、品目や地域条件によって「どういうエリアでビジョンを策定するかもそれぞれの課題」(JA全中・築地原優二営農・農地総合対策部長)となる()。
 俵津農地ヘルパー組合はスプリンクラーの利用組合が将来像を描いていく単位であり、東広島市小田地区の集落法人は中山間地域直接支払い制度の集落協定が組織的な取り組みを促進する基盤となった。
 こうした地域の核となる組織の事業はもちろん農業持続のための取り組みではあるが、それにとどまらず住民の生活支援事業や都市との交流などまで多様な活動に広がっている。大西常務は「むしろ地域経済をどう設計するかの観点も大切で農を通じた地域づくりを進めることがビジョン運動では重要」と話す。
 その点では谷口信和・東農大教授が講演(別掲)で指摘したように、政府の「人・農地プラン」が中心的な担い手に農地を集約させることに傾斜していて、それで地域の問題は解決できるのか、という点も重要になる。
 今後の集落での話し合いでも農業で安定した所得を得られる担い手育成は大事ではあるものの、「誰かに任せて農業から撤退するのではなく」(谷口教授)、農業以外の分野も含め全員がどう地域づくりに関わるか、という問題意識もこの運動を促進するJA役職員には求められそうだ。

 

地域・作物等の実態を踏まえたビジョン策定単位(エリア)の検討

 ビジョン策定のエリアの設定も今回の運動の課題となる(上の表)。全中は以下のような考え方を提示している。▽土地利用型作物主体の地域:水系を勘案し集落を基本とした単位での設定から検討し、中核となる担い手が十分確保できない場合は複数集落、学校区、JA支所単位でも検討。▽中山間地域:一つの集落、複数集落でも担い手の確保が難しい場合は地域全体で検討。▽果樹・野菜等の地域:集荷基準の設定や技術向上に取り組んでいる生産部会や選果場、集出荷施設等を単位として検討。


◆JA組織基盤の再構築

 今回の報告者はいずれもJA職員ではなく農業者やリーダーとして地域農業の最前線を引っ張る人たち。ビジョン実践にあたってJAへの期待も語られた。
 笹間地区でビジョン実践を進めている鳥喰生産協業の大和章利組合長は「行政が主導しJAは待ちの姿勢、となれば下請けになってしまい地域農業づくりにならない。JAは支店を取り組みを徹底すべき」と参加者に呼びかけた。また、集落ごとにJAの支援担当者がいないと現実的なビジョンにならない実態にあることも指摘した。
 広島県の吉弘氏は集落法人の立ち上げの相談からJAと関わってきた。「ともに汗を流す。JAと集落法人は車の両輪」と指摘、具体的には経理や経営分析などへのJAの支援を期待すると話した。
地域営農ビジョン実践交流研究会 コメンテーターのJC総研・小林元主任研究員はビジョン運動を集落から積み上げることについて「これはJAの基礎組織づくりでもある。JAづくり全体に関わる運動でもあるという認識が必要だ」と強調したように、この地域営農ビジョンづくりは、主役である集落の農家組合員とともにこれからのJAをどう構想するのかに取り組む運動でもある。(事例報告要旨は以下)


 講演 
地域営農ビジョン全国運動への期待

谷口信和・東京農大教授

◆地域全体の農地活用を

谷口信和・東京農大教授 政府が市町村で策定を進めるよう求めている「人・農地プラン」は、▽中心となる経営体への農地集積、▽青年就農者への給付金、▽農地の出し手に対する農地集積協力金の給付などが中身だ。
 しかし、谷口教授は「地域農業の具体的な姿なしに、人と農地だけで問題が解決するか」と提起。課題は「何を作りどう売るのか」といった「販売を起点とした営農活動」をどう描くのかではないかと強調した。
 その際、「地域の農業構造がどう動いているのか」を把握することが重要になる。人・農地プランでは中心的な担い手への農地集積が強調されているが、畜産や果樹、施設園芸が中心の産地や、直売所出荷を経営の柱にしようという生産者などを考えると「すべてが農地集積を必要としているわけではない」。
 一方、農政の大目標として自給率向上を掲げていることをふまえれば、「耕作放棄地も視野に入れ地域の農地全体の活用」を考えた地域農業計画が必要になる、と谷口教授は強調した。


◆担い手の受け皿づくりも

 その一方、地域の農業全体を担うために設立された集落営農組織の近年の変化にも注視する必要があると警鐘を鳴らした。
 集落営農自体は05年の約1万組織から12年の1万4000組織超へと増え、法人化率も6.4%から17.5%へと増加した。
 しかし、非法人や特定農業団体の集落営農組織は谷口教授の分析では3年前から対前年比で減少局面に入っているという。なかでも1集落を基礎とした組織が減少し、複数集落での統合を余儀なくされていることも予測されるなど、「集落営農でも農業労働力の確保が困難になっている」こともうかがわれる。
 これに対してJA出資法人の設立は相次いでいる。しかし、最近の事業内容で増えているのが6次産業化などへの取り組みよりも「担い手育成・新規就農研修」であり、谷口教授は「やはりこれは担い手問題の危機の反映。JA出資法人も地域農業の守り手として位置づけられていることの表れ」と指摘した。


◆飽きるまで話し合う

 こうした状況を整理したうえで地域の農業の重要課題の柱は▽あらゆる農地・機械・施設、さらに人的資源の活用が不可欠なこと、▽これまでの家族経営や法人経営の枠を超えた担い手の受け皿づくり、ではないかと提起。
 これらを実現するための地域営農ビジョンの策定には▽人を軸にして地域を組織する、▽徹底して話し合う(話し合いに飽きて行動したくなるまで)、▽10年後ではなく30年後を考えて話し合う(大部分が引退するので平等に話せる)、▽誰かに任せて農業から撤退するのではなく全員がどのような農業に従事できるかを考える、などのポイントを挙げ、「今生きている人たちがどう次の時代につなげていくかが大切」などと強調した。

 

地域営農ビジョン実践交流研究会 事例報告(要旨)

 事例報告1 

地域農業の再生は全戸参加のビジョンから
―水田平場地帯(岩手)
鳥喰生産協業・大和章利組合長(JAいわて花巻理事)


seri1208160404.jpg JAいわて花巻管内の笹間地区では22年末に水田農業再生ビジョンを作成するため営農再生対策会議を立ち上げた。22年産米の概算金が大きく引き下げられ農家に不安の声が広がったことがきっかけとなった。
 水田面積は1500haで集落数は7。現状では50代から60代の定年帰農者が増えているが、10〜20年後には高齢農業者も減少する見通しとなった。ただ、一方で農家へのアンケート調査では個人での営農を望む声も2割程度あった。
 こうした結果と経営試算をふまえ、個人経営は2戸で30ha以上、集落営農組織は30ha以上を目標とし3年間で経営規模30ha以上が大宗を占める構造をめざしている。
 集落営農では農地所有者が水管理や草刈りなどに携わってもらい、労賃として収入を得る。一方、中心的な担い手を2人として月収20万〜30万円を実現する計画。法人化と園芸加工販売等への導入もめざす。
 こうしたビジョンづくりはJAの支店を拠点に行われ、JAも事務局役として担当職員を配置していることが特徴だ。
 ビジョンづくりは集落から積み上げていくが、それを実践する主体が農家組合であり営農、生活両面の協同活動を行う自主的な組織で、JAは農家組合活動に対して予算を措置して支援をしてきている。大和氏はJAのビジョンづくりにあたっての課題について「支店長が司令塔になるべき」と強調した。
 


 事例報告2 

地域の農地をひとつの農場として多様な活動
―中山間地帯(広島)
農事組合法人ファームおだ・吉弘昌昭組合長理事

 

seri1208160405.jpg JA広島中央管内の東広島市河内町小田地区に平成15年、住民の自治組織である「共和の郷・おだ」が設立された。「平成の大合併」で保育所や診療所の統合という地域存続の危機の高まりから、自分たちの地域は自分たちで守ろうという「むらづくり」運動として活動を始めた。
 地域は戸数230戸、人口600人あまりで農地は127ha。住みたい、働きたいと思える地域づくりを実践するため集落アンケートを実施したところ、10年後には6割を超す農家で農業ができなくなるという結果に。そこで地域農業の維持のために小学校区を1つの農場としてまとめて運営する農事組合法人を設立した。
 基本方針は農地と労働力など農業生産資源を最大に活用した売れる米づくりや大豆、そば、野菜などの安定生産を図り、組合員の利益を増進することなど。農家128戸が個別に米づくりをしていた頃は農機代だけで7億円を超え10aあたり6万円以上の赤字に。それが協業化することで機械代は10分の1以下に削減され、農作業の出役代も含めて米づくりで1戸あたり50万円程度の利益が上がるようになった。
 直売所での販売、米粉パン店オープンによる若年層の雇用確保など地域の活性化も図られている。JAは集落法人の設立に最初から関わり、米の集荷や技術や経理で支援。買い取り販売方式も実現の見込みだという。吉弘組合長理事は「JAと集落法人の関係は車の両輪。切磋琢磨する関係が重要」と話した。

 

 事例報告3 

みかん園地を守り人を育てる
―果樹地帯(愛媛)

俵津農地ヘルパー組合(株)・宇都宮凡平取締役

seri1208160406.jpg 愛媛県西伊予市に平成20年に設立された俵津農地ヘルパー組合は地元農業者やJAが出資、6名の従業員でみかん園地を守っている。設立のきっかけは耕作者の死去で作り手の見つからない園地が発生したこと。ただ、急傾斜地とはいえ地区には多目的スプリンクラーが設置され130ha以上の園地に散水や薬剤散布ができる体制も整っていた。
 そこで農作業の受託組織を立ち上げたことが現在の組織づくりにつながった。農作業受託のほか、みかんの生産販売、ジュースなど加工品の販売、さらに地域住民の生活維持のための活動も請け負っている。たとえば、高齢化で手が回らなくなった自家用の柿の防除や、地域を離れた住民の墓地の管理など、宇都宮氏は「まちの何でも屋」だという。
 一方、組合は「みかんづくりの登竜門」となり、技術を習得した若者が独立するなど、みかん経営者を生み出し地域の園地を守る将来世代づくりの役割も果たしている。
 農政の方向として農地集積ばかり強調されるが、「みかんの適正規模は1人1ha」と強調し、いかに人を育てるかが課題などと産地の特性に合わせた課題を提起。同組合の経営受託面積には2haの苗木の園地もあり、「育てば収入が得られる」と若い従業員が意欲を持って仕事に取り組んでいることなどを紹介した。

           第3回

(2012.08.16)