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美味しい農産物と土づくり――土壌診断にもとづく土づくりと効率的な施肥

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【最終回】第13回 人が土を守れば、土は人を守る

・「売上げの5%を土に戻そう」
・土づくり運動が今年40周年を迎えた
・柔らかくふわふわが土の原点
・連載の終わりにあたって

 古い話であるが、平成8年10月15日付「庄内日報」の一日一題の欄に「土の日は一日か」という記事が掲載された。内容は10月2〜3日、銀座のお米ギャラリーで開催した全農の「『土の日』ウィーク」が盛会であったことを評価しつつ、農民を上農・中農・下農の3ランクに分けた古い農書の中から、下農は雑草を、中農はイネを、「上農は土をつくる」とする「作人上田」という諺を例に示し、上等の田畑にするためには、人間が立派でなければならない。施肥量、施肥時期、使う肥料の種類を選ぶことも大切だが、その前に土を良くすることが最も重要であることを紹介し、土は、農業生産にとって土台をなす部分だと訴えた・・・。

◆「売上げの5%を土に戻そう」

 古い話であるが、平成8年10月15日付「庄内日報」の一日一題の欄に「土の日は一日か」という記事が掲載された。内容は10月2〜3日、銀座のお米ギャラリーで開催した全農の「『土の日』ウィーク」が盛会であったことを評価しつつ、農民を上農・中農・下農の3ランクに分けた古い農書の中から、下農は雑草を、中農はイネを、「上農は土をつくる」とする「作人上田」という諺を例に示し、上等の田畑にするためには、人間が立派でなければならない。施肥量、施肥時期、使う肥料の種類を選ぶことも大切だが、その前に土を良くすることが最も重要であることを紹介し、土は、農業生産にとって土台をなす部分だと訴えた。
 そして最後に、「土づくりは極めて地味で、手間暇・労力を必要とするため、敬遠されがちであった。基本的な技術は一年手を抜いただけですぐには現れない。それがいつしか、庄内の米の一部に品質と食味の低下となって、表面化してきている。『土の日』」は、十月第一土曜日に限らず常に取り組まなければならないこと。基本のかん養は、勉強にも、人生にも通じるものがある」と結んだ。その記事は今もとってある。
 JAちばみどりの坂尾清志氏が銚子農協の営農指導員の時、筆者らとキャベツ畑の土壌断面を調査し土壌診断をすすめ、有機物(青刈り作物)の施用と深耕に取り組んだ。その後も坂尾氏は「売り上げの5%を土に戻そう(還元しよう)」と提唱し土づくりを積極的に推進した。生産者にとって圃場は資本であり、土づくりは農業経営からみて投資であると考えており、土づくりの重要性が生産者に浸透したことで現在でも大きな産地を維持していると思っている。奇しくも全農の上野正夫技術主管も同様に「売り上げの5%説」を訴えており、筆者も全く同感である。

◆土づくり運動が今年40周年を迎えた

 この連載記事を書いている間に、大正5年に発行された「通俗 肥料経済鑑 全」に出合う幸運に恵まれたことは前に述べたが、著者の江幡辰三郎氏は肥料の定義を「肥料とは作物を佳良ならしむるを目的とし、地力を維持増進し、且つ直接間接的に植物養料を供給する為、人工により土地に施す物質をいふ」としている。自給肥料が多い時代とはいえ、「地力を維持増進」するものを肥料の定義にしており、「地力を維持増進」のための不断の努力を肝要としている。「土づくり」は日本特有の考え方といわれるが、この書の中から先人の息吹をうかがうことができ、今に伝承されていることをあらため考えさせられた。
 JAグループの土づくり運動は、昭和45年(1970年)にスタートし今年で40周年を迎える。一貫して「土づくり」を農業生産の基本として位置づけ、土壌診断による土づくり、特に堆肥などの有機物施用と化学性の改良を組み合わせた「調和のとれた土づくり」を提唱してきた。
 昭和47年には「土の日」を設定し、48年には農協大会で「土づくり運動大綱」が決議されている。その後55年に「地力・施肥管理強化運動」、59年に「活力ある土づくり運動」、63年「健康な土づくりと施肥改善運動」と変遷し今日に至っている。
 昭和45年以降、土づくり運動を普及するため毎年ポスターを行政、業界、全農が協力して作成している。昭和45年の「土 ゆたかな生命」からはじまったが、その中で50・51年の「人が土を守れば、土は人を守る」、52年の「土はあたたかい(守ろう土の健康、すすめよう土壌診断)」、58年の「土の恵み」が筆者の好きなポスターである。「健康な土からの贈り物」、「すすめよう環境にやさしい土づくり」などとつづき、ポスターの変遷をみれば時代背景がうかがえるが、時代は変わっても「Soil 土 原点は不変」なのである。

◆柔らかくふわふわが土の原点

 土壌の壌は、もともと「壤」で、「襄」という字は饅頭のように柔らかくふわふわしたものをいう。なんとなく餅をつくときに使う蒸籠の形に見える。女片を付けるとお孃さんとなるのもうなずける。すなわち土壤の「壤」は柔らかくふわふわした土のことであり、これが土の原点である。今は「土壌」であり、まして中国では土壌を土坑と書き、柔らかい餡子(あんこ)が無くなり、ふわふわしていない土を想像する。筆者は、土づくりとは、「坑」を「壌」に、更に「壤」にすることであると講演会など機会あることに話している。
 現在JAグループでは高速土壌養分自動分析装置を配備し、全国土壌分析センターと8カ所の広域土壌分析センターを設置することで、これまで以上に土壌分析の機会が増え施肥指導が強化されることになる。筆者は全農在職中に、全農型土壌分析器や土壌診断処方箋システムの開発、施肥診断技術者の育成にたずさわってきた思いもあり、農業、肥料事業を取り巻く環境は変わっているが、今後も「土壌診断による土づくりと適正施肥」の基本は変わらないと確信している。さらに最近、温室効果ガス発生抑制と肥培管理(土づくり、施肥)に関心を持っており、環境保全の面からもこれまで以上に土壌診断事業の活躍の場が期待でき積極的に活用すべきと考えている。

◆連載の終わりにあたって

 今回、「美味しい農産物と土づくり」をテーマとして連載してきたが、「土づくり」という地味なテーマであるため基本的なところに触れざるを得ないのと、一方で紙面が限られためテーマを絞らざるを得なかった点もあるが(読者の期待に応えられたか内心忸怩たるものがあるが)、これまでの経験を踏まえ土壌診断と土づくりの基本的なことや実践的な事例を紹介しながら筆者の考えの一旦を述べてきた。特に現場で「売れる農産物づくり」を目指している営農担当者の一助となれば幸いである。
 最後になりましたが、執筆にあたり、主に全農発行の「施肥診断技術者ハンドブック」、「施肥診断技術者養成講習会テキスト」、「土壌診断なるほど!ガイド」、土づくり肥料推進協議会発行の「土づくり肥料Q&A」、農文協発行の「土壌診断生育診断大辞典」、農林水産省作成の「今後の環境保全型農業に関する検討会」報告書、「土壌管理のあり方に関する意見交換会」報告書、米生産費調査、(財)農林統計協会発行のポケット肥料要覧等を参考にしました。感謝申し上げます
 また、長期間の連載となりましたが、このような機会を与えてくださった農業協同新聞(JAcom)の編集者の皆さんに感謝申し上げる。

【著者】吉田吉明
           コープケミカル(株)参与 技術士

(2010.07.27)