当時、「1億総中流」と言われた時代、美味しい物には少しお金を掛けてでも食べたいと皆が考えていた時に、甘くて旨い革命的なトマトが市場に出回りました。消費者は買い求めマスコミにも取り上げられて、トマトでは初めて品種名で青果が販売されました。販売単価が2?3割程度高値で取引され、生産者もこぞって栽培しました。本当に衝撃的な『桃太郎』トマトの誕生でした。
しかし、高い商品価値とは裏腹に栽培性に関しては難点の多い品種でした。チッソ肥料に敏感で栽培初期に過繁茂にすると最悪、果実がならないこともありました。実際、葉ばかりさん(茎葉ばかりで全く着果していない)トマトの写真を研究農場に送り付けられた苦い経験もありました。そんな品種でしたが、研究熱心な全国のトマト生産者の皆さんのご努力によって難点を克服していただき全国に広まって行きました。その4年後には、1年中美味しい桃太郎を食べたいとの要望から、冬春栽培用の『ハウス桃太郎』がリリースされて、『桃太郎』トマトが一挙に全国のどの作型にも普及しました。この『ハウス桃太郎』登場のタイミングも絶妙であったと思います。
作り難い『桃太郎』の品種改良は急ピッチに進められ、耐病性・収量性に優れた『桃太郎8』が1993年に開発され、急速に置き換えられてゆきました。その後、17年間というトマトでは異例の長期政権を維持しています。
しかし、『桃太郎8』も地球温暖化の影響から全国の産地で葉カビ病が発生するようになり、2007年発表の葉カビ病耐病性の『桃太郎サニー』『桃太郎ギフト』に徐々にその場を譲りつつあります。
この様に時代の要望に応えるように『桃太郎』トマトは進化してきていますが、今後もニーズにあった品種を開発し、普及していくことが私達の使命です。
(写真上・ハウス桃太郎 右・桃太郎サニー)
【著者】羽毛田智明タキイ種苗(株)研究農場次長