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21世紀日本農業の担い手をどうするか-常識の呪縛を超えて-

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第5回 新計画は自給率向上の羅針盤か

・農政転換のリトマス紙
・飼料穀物を重視
・新規需要米も重点
・野菜・果実の課題は?
・畜産に生産奨励策を
・自給率工程表と新計画の違い
・自給率向上は誰が担うのか

 3月30日に決定された新計画は水田利活用自給力向上事業を出発点とした自給率向上に向けた今後5年間の政策羅針盤であり(目標は10年後の2020年度)、新政権の農政転換の意義を確認するリトマス試験紙の位置を占める。表1を利用しながら、その特徴を整理してみよう。

◆農政転換のリトマス紙
 
 3月30日に決定された新計画は水田利活用自給力向上事業を出発点とした自給率向上に向けた今後5年間の政策羅針盤であり(目標は10年後の2020年度)、新政権の農政転換の意義を確認するリトマス試験紙の位置を占める。表1を利用しながら、その特徴を整理してみよう。

工程表と基本計画による自給率向上計画の差違 

◆飼料穀物を重視
 
 2020年度の総合食料自給率を供給熱量ベースで41%から50%に引き上げるという高い目標は、逼迫が予想される穀物を軸として実現するとした。この点は食用小麦(品目別自給率14%→34%へ)等と飼料用米(作付面積0.2万ha→8.8万haへ)の生産拡大による穀物自給率の飛躍的上昇に示されている。水田を活用した本格的飼料穀物政策に初めて舵を切ったわけであり、積年の課題に挑戦するものとして高く評価される。
 
◆新規需要米も重点
 
 水田を軸とした生産資源の最大限の活用が重視され、一方では畑作物の増産(そば22%、飼料作物21%、大豆11%、ばれいしょ8%の自給率向上)と、他方では米粉用米(作付7.7万ha)などの新規需要米の開発・普及に重点をおいた。しかし、水田転作による畑作物増産には水田利活用事業による政策的支援の道が拓かれたが、普通畑作物増産には対応する政策が示されておらず、現段階では単なる構想に止まっている。
 
◆野菜・果実の課題は?
 
 野菜・果実は生産額ベースの品目別自給率向上が重視され、より付加価値の高い生産への特化が目指される反面、重量ベースでの自給率向上は強く志向されてはいない(後者の目標は野菜+3%、果実±0%)。しかし、野菜や果実は一方で、新鮮かつ低価格での供給をバネとして直売所などの隆盛がみられ、米+野菜(果実)の小規模複合経営が地域農業維持・発展の最後の拠り所になっており、他方で、外食・中食への半加工農産物供給へのニーズが高い中で、一定の品質とロットでの大規模生産=供給が求められていることからみれば、重量ベースでのより高い自給率目標設定が必要ではないか。
 
◆畜産に生産奨励策を
 
 畜産物は表2のように、重量ベースでの自給率向上は強く志向されておらず(生乳+1%、肉類+3%、鶏卵±0%)、飼料自給率向上を通じた供給熱量ベースでの自給率向上が意識的に追求されている(生乳+17%、肉類+6%、鶏卵+7%)。しかし、後者が可能となるためには国産飼料に根ざした畜産物の付加価値増大を通じた生産増加による畜産経営自体の生産奨励策が必要なのではないかと思われる。また、同じく飼料穀物に依存する畜産物でありながら、豚肉(+4%)、鶏肉(+6%)、鶏卵(+7%)で自給率引き上げに微妙な差違が存在する点など、数値目標の理解は決して容易ではない。

基本計画の畜産物自給率向上計画
 
◆自給率工程表と新計画の違い
 
 ところで、表1には旧政権下の2008年12月2日に公表された農水省の「食料自給力・自給率工程表」の数字が記載されている(2020A)。これと新計画(2020B)との異同を検討すると以下の諸点が指摘できる。
 第1に、耕地面積・耕地利用率・作付面積が縮小しているにもかかわらず、自給率目標が同じ50%となっており、これらを整合的に理解することは必ずしも容易ではない。
 第2に、飼料作物の作付面積は110万haから105万haに縮小していながら、自給率100%目標は同じであり、新計画では単収の飛躍的拡大が見通されている。短期間にそれだけの単収増を見込むことができる条件が生まれたのかどうかは定かではない。
 第3に、生乳・乳製品の生産量は928万トンから800万トンにまで縮小しているにもかかわらず、重量ベースの品目別自給率は70%から71%へ上昇している。しかも飼料作物の作付面積縮小の下で単収増大を見込み、1頭当たり搾乳量の増大をも同時達成するような緊張度の高い経営を酪農に求めることがどこまで現実的だろうか。
 第4に、野菜は作付面積が54万haから44万haへと大幅な縮小が見込まれ、生産量が1422万トンから1308万トンに引き下げられているにもかかわらず、自給率は3%も上昇することになっているが、このような生産・消費構造を思い描くことはかなり難しい。
 
◆自給率向上は誰が担うのか
 
 また、自給率の向上はいうまでもなく農業生産の担い手の展望と密接不可分の関係にある。
 新計画における農業構造の展望では、集落営農と法人経営の農地シェアの拡大(2005年から2020年の農地シェアの推移は集落営農が7.5%→18.0%へ、法人経営が2.6%→10.0%へと展望されている)を通じて実現する構造再編が見通されている。集落営農重視の方向は二毛作による小麦作付を重視した穀物自給率向上政策とある程度整合的であり(転作作物作付における集落営農の高い比重をみられたい)、北関東以西の水田二毛作地帯で集落営農を軸とした構造再編を展望していることにつながっているとみることができる。
 しかし、これらの地帯は担い手不足が相当深刻化しており、集落営農の一層の組織化は容易ではないということもできる。また、構造政策の全体をみても集落営農を特別に重視した政策は見あたらない。このように自給率向上戦略と担い手政策を始め、農地政策(耕作放棄地対策)、6次産業化政策など、他の政策体系との整合性という点においても基本計画は依然として未完成の状態にあるというべきであろう。
 以上の考察をまとめてみれば、新計画は自給率問題に関する農政思想の総括と転換は実現したものの、政策構想の総括は不十分であり、政策転換に踏み出したが、一層の具体化と政策体系における整合性の点では大きな問題を残しているということになろう。

 

)本稿は、谷口信和「自給率向上への思想転換から政策転換へ―新基本計画の課題」『農村と都市をむすぶ』2010年6月号を部分的に整理し、表を追加したものである。

【著者】谷口信和
           東京大学大学院農学生命科学研究科教授

(2010.05.27)