◆モデル対策加入状況を読む
去る8月20日、モデル対策の加入申請状況が公表された。政権交代による農政転換への農民の対応を評価する上で最も重要な指標となるものだが、口蹄疫の影響で宮崎県は9月末、熊本・鹿児島・大分県は8月末まで申請期限が延長されたので、今のところ全体像を正確に把握することは困難である。
米モデル事業は最終的には75%程度の参加面積率となり、5%程度増加することから米過剰作付面積は1.1万ha程度の減少が見込まれるが、いまだに需給緩和と米価低落是正の見通しは立っていない。
これに対し水田利活用自給力向上事業では大きな転換が起きた。すなわち、交付金単価が低下した麦・大豆は水田・畑作経営安定対策ベースで作付面積が961ha(0.4%)、6299ha(5.4%)減少したが、10a当たり8万円の交付金となった新規需要米は飼料用米が3516haから1万3379ha(3.8倍)へ、米粉用米が2258haから4804ha(2.1倍)へ、WCS用稲が5724haから8450ha(1.5倍)へと激増したのを始めとして、これ以外の全ての作物で作付面積が増加したからである(九州4県を除く)。
◆水田利活用事業で飼料用米を後押し
たしかに、二毛作助成などについてのデータが与えられていないから、耕地利用率の向上を通じた自給率向上への寄与がどの程度あるのかといった点の厳密な検討は他日に委ねざるをえない。しかし、飼料用米を中心とした新規需要米の激増は極めて大きな意味を有している。そこに従来の水田転作政策の単なる延長ではない水田利活用事業の意義が存在しているからである。
第1に、今回の飼料用米の導入は緊急対策ではなく、わが国で初めての本格的な飼料穀物政策の導入を意味している。WCS用稲は飼料作物の一種であり、政策的にも思想的にも受入が容易な性格をもっていたが、水田作の米を飼料に回すことは超古米やMA米を除いてはタブーであった。飼料用米の本格的導入はこうした状況に変革を迫るものであった。
第2に、政権交代前の農水省の食料自給率工程表では2020年に米粉用米8万ha、飼料用米4万haとされていた目標作付面積は、新基本計画ではそれぞれ7.7万ha、8.8万haに変更され、飼料用米をより重視する方向に転換した。自給率問題の一つの焦点が飼料穀物にあることに正当に光をあてたことになる。
同時に、第3に、米粉用米重視は粒食を基本としたこれまでの米食=生食偏重に対し、粉食=加工食の意義を認めたものであり(小麦の地位に接近した)、飼料用米重視と車の両輪になって水田農業における米の意義の拡大に貢献するものに他ならない。
だから、第4に、本来は米ではないWCS用稲を飼料用米などと一緒にして「新規需要米」と呼び続けることは止めるべきであろう。
◆飼料用米作付激増の意味
ところで2009年産でみるとWCS用稲作付の43.9%が九州4県に集中しているため、今回のモデル対策によるWCS用稲作付の最終的な動向を論ずることはできない。しかし、これ以外の地域での飼料用米の作付激増、大豆の作付減少は極めて明瞭な傾向であり、こうした生産者の対応をどう理解すべきであろうか。
同じく交付金単価が低下した麦と大豆で作付減少率はかなり異なった。大豆は水田での作付が表作にあたるため、一方では降水量の多い時期の栽培となること、他方では栽培に不適な湿田での作付を余儀なくされている現実があり、単収の不安定と実需者との結びつきの弱さが大豆作を敬遠し、湿田での栽培をものともしない飼料用米への傾斜を促したと考えられる。
これに対して、麦は一作であっても水田の裏作の位置にあり、冬期の乾田状態での土地利用となることから大豆よりも栽培が容易な地域が多い上に、実需者との結びつきを前提として栽培されていることが作付減少に抑制的に働いたのではないか。
また、米粉用米は小麦との代替関係を想定して自給率向上に寄与する位置づけを与えられているのだが、食用米との代替の役割ももちうることが生産者にとっては将来の食用米の需給に影響を与える懸念があることが、飼料用米ほど作付が増加していない背景にあるのではないか。
◆取り組みに地域的な差
そこで、飼料用米の取り組み状況についてみておこう。
表は2008年産について実証試験を行った全国49地区(飼料用米利用地区協議会などで、この作付面積は全国の9割以上を占めている)の対象畜種を示したものである。これによれば、第1に、取り組みは県レベルでも地区レベルでも東日本に集中していること(水田農業地帯で受け入れられ始めている)、第2に、全体では用途は豚と鶏が拮抗し、牛にも適用されていること(対象畜種に広がりが見られ始めている)、第3に、東日本では豚、西日本では鶏への適用に相対的な重点があることが明らかである(取り組みには地域差がある)。こうした助走の上に水田利活用事業が展開したことになる。
その様子を図に示した。ここでは2010年の飼料用米の作付面積が200ha以上・未満の都道府県に分けて、WCS用稲と飼料用米の作付面積の相関を2009〜10年の変化として示した。これによれば以下の諸点が明らかとなる。
第1に、2010年の飼料用米作付が200ha以上の19道県のうち15道県が東日本に属しているのに対し、200ha未満の24都府県のうち15府県が西日本に属していることに示されるように、飼料用米の作付は圧倒的に東日本に傾斜している(水田農業地帯)。
第2に、200ha以上の地域では2009年には飼料用米よりもWCS用稲の作付が多かった宮城・秋田などでも飼料用米を急激に伸ばし、ほとんどの地域で飼料用米の比率を急速に高める方向での作付選択が行われている(飼料用米の重視)。
第3に、これとは対照的に200ha未満の地域では徳島と石川を例外としてほとんどの地域がWCS用稲の割合が相対的に高いまま、飼料用米とWCS用稲の並進的な増加の傾向を取っている。
以上の事実は、大局的にみれば東日本では飼料用米、西日本ではWCS用稲に重点をおきながら、多くの地域で両者の適切な組み合わせの下に食用米以外の飼料利用に米・稲の活用場面を見出しはじめたことを示している。 いうまでもなく、多くの問題を抱えながらの出発ではあるが、飼料用米が日本の水田農業に新しい風を吹かせつつあるといってよい。2011年度は麦・大豆での作付拡大を達成しながら、飼料用米が一層躍進することが求められるであろう。
【著者】谷口信和
東京大学大学院農学生命科学研究科教授