現地ルポ
キーワードは「交流」と「学び」
◆「関心」が農業を支える
管内の農地は約700ha。5市の総人口73万人のうち、農業者は1800人とわずか0.025%を占めるに過ぎないが、農業者は地域住民との「交流」をキーワードに生産を続けている。
三鷹市の星野直治さんは就農して50年。大産地に負けず市場で高く評価されている高品質のナスをはじめ、トマト、キュウリなどを作る。東京伝統野菜の「寺島ナス」を復活させるなど、都内の野菜栽培農家の第一人者だ。
その星野農園には毎週土日、おおぜいの「ふれあい援農ボランティア」がやってくる。この制度は東京都農林水産振興財団と三鷹市、そしてJAが行っているもので、年10回の農業研修というかたちをとる。
しかし、星野農園には研修を終了しても続けて来る人も多い。そもそもこの制度には関係なく手伝いにくる地域住民や六本木、横浜など遠方から来る人もいる。都営アパートで暮らす81歳の女性は「週に1回、土に触れることができて、作業後はみなさんと交流もできて楽しいです」と話す。
定年後は田舎で農業をしたいと技術を教わりにくる人もいる。「労働力は足りないので誰でもどうぞ、と受け入れています」と星野さん。もっとも必ず星野さんが農場にいるわけではないが、そんなときは「長年、援農に来ているベテランが講師を務めてくれます」。
星野さんは「農家の手伝いをしてさまざまな体験をしたいという仲間がいるのは都市農業ならでは」と話す。 「関心」と「理解」が農業を支えている。
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上:JA東京むさしのマスコット「ムーちゃん」
下:ボランティアに指導する星野さん(左)
◆農園を地域づくりの核に
小平市にある「みのり村」は粕谷英雄さんの学習・体験農園だ。
農業高校の教諭だった粕谷さんは、家族や親戚とともに農業生産を続けてきたが、体験農園のプランを温め8年前に退職、2年間準備してオープンした。
面積は20aほど、用意したのは80区画だがすべて埋まっていて、粕谷さんの指導のもと、草一本なくきれいに作物が育っていた。会員数は約90人。種子や肥料などは農園が用意する。
ただし、粕谷さんは、この農園は単に栽培技術を学び農業体験をするだけが目的ではない、と強調する。ビニールハウスは机がぎっしり並ぶ「教室」になっているが、座学で学ぶのは農業だけではなく「たとえば、現代の食の問題。遺伝子組み換え食品についての報道など、新聞も教材にします」という。また、地域防災と農地の役割を考えたり、農園内にビオトープを作る活動なども行っている。
「いろいろな問題を学びたいという人が来ています。農業を一つの手段として地域振興に活かしていきたいというのがこの農園のめざすものです」。オープン時、看板は“レジャー農園”としたが、「会員から、レジャーじゃない、勉強しに来ているんです!、と評判が悪くて」と粕谷さんは苦笑する。地域に向けた発信をこの農園から拡大していきたいという。
「学ぶ」住民の意欲が農地を守っている。
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「みのり村」は農を地域づくりの手段とした「教室」だ
◆JAにしかできないことを
新小金井街道沿いにある「BENS FARM」は観光農園をうたう。広さは約1ha。深谷勉さんが父親から経営を引き継いだ10年前に始めた。
それまでは野菜の市場出荷が中心。「なんかおもしろくなくて…。人が集まる農業をしようと大きく発想を変えました」と話す。
ブルーベリーの木を植え、花と野菜を栽培する。これを農園を訪れる人たちに自ら収穫してもらう。そのほか援農ボランティアや行政が実施している精神的な障害を抱える人を対象にした社会適応訓練の場も引き受けるなど、地域社会に開かれた農業経営になっている。
市民農園として農地の貸し出しもしているが、素人ながらニンニクやズッキーニなどの栽培にチャレンジするのを見て、プロの深谷さんも刺激を受け経営品目に取り入れるなど、「いろいろな人の話を聞けるのが楽しい。やはり情報が入らないと」。農場には年間1万人も訪れるようになったという。
JAは深谷さんをはじめとする管内のブルーベリー農家と連携し収穫体験特典付き「ブルーベリー積金」を提供している。定期積金をすればブルーベリーの収穫体験ができると好評だ。
須藤正敏組合長は「銀行と農協が違うところは、私たちは畑を持っているということ。これを前面に出さなければという発想です」と語る。こうしたJA事業との「連携」も農業者を支援し都市農業を守っていくことになる。
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「BENS FARM」の深谷さん(右)左側がブルーベリー園
◆将来のリーダーを育てる
こうした創意工夫ある農業を続ける農業者を支援するJAとしては、「農業振興と資産管理事業を車の両輪のごとく展開する体制が必要」だと須藤組合長はいう。都市農業にとって世代交代は相続税問題の発生を意味する。農業生産が継続できれば農地は残る。そのためにも販売の支援が課題となる。
その一環として直売所の整備にも力を入れる。管内の農業生産額約30億円の3分の1はJAの直売所で販売する目標を平成28年までの長期基本計画に盛り込んだ。
その長期基本計画づくりは「10年後、15年後にこの地域で農協が必要とされるためには何をしなければいけないか」の視点で検討したという。なかでも重視したのが将来のリーダーを育てていくこと。「畑のない農協なんて意味がない」と須藤組合長は強調するが、その運営の理念を引き継ぐ人材を若い組合員から育てていこうと「組合員大学」も始めた。
先進的なJAに学んだというが、同JAの組合員大学は組合員が中心となったワーキングチームでその講義内容を練り上げたというのが注目される。
メンバーは青壮年部や女性部、生産組合などの代表経験者に声をかけた。話を持ちかけると「それなら一枚加わるよ」と集まったという。
カリキュラムには食育、健康や福祉といった内容にとどまらず、JAの事業説明や都市農業の課題、JA役員経験者との懇談などのテーマも含まれる。
「何を学べばみんなが農協を向くのか、それを組合員さん自らが考えてくれた。これをやっていけばリーダーは出てくる。やはり組織は人づくりだと思っています」と須藤組合長は話している。
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JA東京むさし本店。建物の日よけ(ルーバー)は「背負いかご」をイメージ
須藤正敏組合長に聞く
この東京でこそ、農業と農協の存在を発信する
「コミュニティの核には農家がいます」
◆柱は「農業振興」と次世代対策
今村 このシリーズで都市地域のJAを訪問するのは初めてです。JA東京むさしは何をめざしてきましたか。
須藤 私たちは平成10年に合併しました。
経営理念として「地域の人々とともに、自然環境を守り、健康で豊かな『農』を基にしたまちづくりをめざします」と宣言しています。やはり農業を常に経営の柱に据えていくということですね。
今村 この新しい本店はユニークなデザインですが、これもその思いが込められていると?
須藤 敷地のなかには小さいけれど体験農園ができるような農地をつくりました。
建物の特徴はやはり環境をしっかり考えていこうということです。なるべく電気の消費量を抑えようと、南側にはルーバー、日よけですね、これを設置しました。鳥かごのような形に見えるかもしれませんが、昔、このあたりでは冬になると平地林の落ち葉を集めて腐葉土をつくりトマトやナスなどの苗床の土にしたんです。その落ち葉を集める背負いかごをイメージしたデザインなんですよ。
ですから地域の伝統をしっかり守るということと、次世代のためにしっかり環境を守っていこうという、そういう大きな狙いを持った本店なんです。
今、農協に求められていることは昭和ヒトケタ世代から、いかに平成の人たちにつなげるか、ですね。この建物の雰囲気も若い人たちが、ちょっと行ってみたいな、というデザインしようと、総ガラス張りにしました。
外からも中が見えるようにしていますが、これは経営的な視点からいえば、隠し事はしません、すべてガラス張りの透明な経営をします、というメッセージでもあります。開かれた農協でいきたいと思っています。
◆役員も食育ソムリエに
今村 都市農業の維持・継続は大切な課題です。どう力を入れていますか。
須藤 農業を家業として維持していくために、とにかくしっかりと農業生産をして売上げを伸ばして下さい、ということですね。
相続税納税猶予制度によって税金も猶予されているんだから、それに見合う貢献とは、新鮮で安全な農産物を地域の人たちにしっかり提供していく、それは農業者の義務でもあり、それをしっかりお手伝いするのが農協の仕事だというのが根本的な考え方です。
それをみんなに分かりやすく伝えるため、1年間に農協の直売所に100万人の人に来てもらいましょう、客単価1000円で計10億円、これぐらいはJA東京むさしで売り上げよう、と話しています。
農村部からみれば笑われる目標かもしれませんが、このJA管内の農業生産額は33億円ほど。ですから3分の1ぐらいは農協の直売所で販売しようということなんです。これを平成28年までには実現しようという目標を立てています。
今村 先ほど訪問した国分寺支店にある直売所にはかなり若い女性も買い物にきていましたね。品物は武蔵野産、雰囲気は青山や原宿、でした(笑)。
須藤 国分寺支店の直売所「ムーちゃん広場」は店長制にしました。先進JAの直売所に3週間ぐらい研修に行ってもらって、いろいろなルールやノウハウを学んできてもらった。とくに売る人は売り子さんに徹しろということで、JC総研が講習をやっている食育ソムリエ講座を受講してもらうことにしました。最初の受講では10人ぐらい資格を取ったんですが、実は私も副組合長も専務も資格をとっているんです。
だって、組合長は号令かけているだけで全然勉強してないじゃないか、といわれたのでは悔しいから(笑)。最近は、職員に向かって、おい、アレルギー食品を挙げてみろ、なんて言っています(笑)。
つまり、農協の職員はせめて食育ソムリエ的なことぐらいは知っているという農協にしたいと思っているということです。
たとえば、金融渉外の職員が組合員を訪問したとき、農業や食のことを話題にできないようではしょうがない。やはり農協の人は食や農に詳しいね、というイメージを持ってもらえるような職員づくりを進めていこうと考えています。
◆組合員が運営する組合員大学
今村 人づくり、組合員教育に非常に熱心ですね。組合員大学も開校しているそうですが都市のJAでここまでの取り組みはあまり聞いたことがありません。
須藤 私も役員になって、旧JAの地区ごとにいろいろな面での違いや温度差があること感じたわけです。たとえば、JAの利用率も全然違う。合併効果を出すためにも、やはりJAは私たちのものだ、という気持ちをどうやって植え付けるかということが大事です。
ですが、私たち役員がいろいろな集会で組合員に向かって、みなさんが出資し利用し参画するのがJAなんです、なんて言うだけではダメで、根本的に勉強する風土をつくっていかなければと考えました。
私自身も青年部という組織のなかで育ててもらったわけで、もちろんこれからも青壮年部や女性部は組織としてしっかり育成していくけれども、それに加えて将来のリーダーになってくれそうな人はこちらからきちんと計画的、戦略的に育てていかなければ、ということです。
農協は地域では他の金融機関や保険会社と比べられるし、販売物でもディスカウントショップと競合しているわけです。でもそのなかでもやはり農協だよな、という気持ちを持ってもらうにはやはり根本から考えてもらうようにしなければなりません。その考えが組合員大学につながったということです。
しかも、この組合員大学はわれわれ役員が中身を考えたのではなく、組合員が自主的に骨身を惜しまずカリキュラムを考えてくれたんです。一方的に農協からこれをやろうというのではなくて、組合員自身が何を学べばみんな農協を向くかを考えてくれたということです。現在は2期生が学んでいます。
やはり組織は人づくりです。これをきちんとやっていけばどんな時代になってもリーダーが出てきて農協が存在し続けることができるのではないかと思っています。
◆農地を維持するための資産管理事業
今村 直売所や体験農園などの活動は市民と手を結んで都市農業を持続させていこうということだと思います。今後の取り組みとしてほかにどんな具体策がありますか。
須藤 管内人口のうち農業者は、わずか0.025%です。
ですから、徹底的に農家と農協の存在をアピールしていこうということです。
たとえば、地域住民に農協の存在を理解してもらうために、2か月に1回ですが、20万部の広報誌を新聞折り込みで配布しています。それからホームページの更新にも力を入れ、武蔵野の旬の野菜はこれです、などと発信していますが、この地域にいかに農業、農協があるかをPRしていくことが極めて大事です。広報担当も専任職員が3人います。
一方で、組合員の大きなニーズは相続税をいかにクリアするかなんです。それは専門的な知識を持った職員をしっかり養成してくだいさい、という要望になる。
ですから、農業振興と資産管理、これを本当に車の両輪のごとく動かし、営農指導担当と販売担当、そして日頃の税金や相続税、これにきちんと相談できる資産管理担当職員をつくっておかないと農協は相手にされなくなってしまう。資産管理担当の職員は昨年も3人、不動産会社等で10年ぐらい経験した人を採用しました。専門知識のある職員を育成することで、農協に行けばきちんと答えてくれるという信頼につながる。
◆思いを次代につなぐ
実際、組合員のところにはさまざまな資産活用の話が持ちかけられているわけです。だから、私たちは、組合員がそういうところに相談する必要がないという体制をつくっていくことが大事で、それによって相続を切り抜けられれば、農地は残っていくといういい循環になる。これが都市に農地を持っている農協としてあるべき姿だと考えています。
今村 結局、その取り組みは町づくりにもつながっていくということですね。
須藤 そのとおりです。これだけ都市化した東京でもやはり地域コミュニティの核には農家がいるんですよ。たとえば、町内会の運営でも、あそこのおじさんがやっているから間違いないね、ということです。新しく引っ越してきた人にとって、ここの神社のお祭りはあの農家の人たちが守ってきたんだ、という意識が住民の根っこにあると思います。
JA東京むさしのマスコットはカワセミの「ムーちゃん」です。カワセミは自然環境のいいところじゃないと住めない鳥で、私たちはこの環境を守っていきますということを地域住民に訴えていますが、これを見える化したシンボルが「ムーちゃん」なんです。
近所の子どもたちもみんな知っていますよ。こういうイメージづけも大事だと考えています。昨年は女性部が開く盆踊り大会のためにムーちゃんをあしらった浴衣まで作りました。 実は、このムーちゃんも3歳になったので、そろそろ彼女がほしいだろうと、彼女をつくり、今名前を募集中です。これは妹ではだめなんです、結婚できないから。さらに3年後には子どものマスコットもつくり、その次は孫、とサザエさんの家みたいにJA東京むさしのカワセミ一家にしようと思っているんです(笑)。
今村 まさに「次代につなぐ」です。
須藤 そうですね。それから、東京むさし音頭もつくったんです。カラオケで「東京むさし音頭」と入れると出てきますよ(笑)。まあ、いろいろなことをやって元気を発信していこうということです。
全力をあげて農地を守る
東大名誉教授・今村奈良臣
都市農協の向うべき道を示す
農業を失った都市は墓地を訪ねたようなものだと私には思えてくる。きらめくようなビルが並んでいても、それは墓石が林立しているようにしか見えない。
新装成ったJA東京むさしの国分寺支店をまず訪ねてみた時、私は釘付けになった。
二連棟に分かれた近代的ビルの一棟の一階の一番目立つ所が、農産物直売所「ムーちゃん広場」になっている。その直売所は都心の赤坂か青山にありそうな店構えだ。その店内には、組合員が精魂込めて作ったトマトやウドやホウレン草など旬の野菜が所せましと並んでいるし、米の売り場には東日本大震災を機に支援と連携を強めているJAいわて花巻のお米や佐渡のトキの成長を願う「ときの舞」などが置かれていた。それを求めている主婦の皆さんは篭一杯次々と買っていた。売り場の職員との会話もはずんでいた。
また、国分寺支店のビルの屋上は300坪を超えるような庭園になっており、地域の樹木や花の植え込みがあり、美しい板張りの広場は子どもたちの遊び場には打ってつけであった(写真右)。
八代将軍吉宗の時代に掘削された玉川上水は両岸の樹木がうっそうと茂り今なお健全で、JA東京むさしの中心部を貫流している。その玉川上水のそばに立地する二つの農園を訪ねた。
粕谷英雄さんの運営する「みのり村」は教育農場か農業塾とも言ってよい。希望した定員35人の老若男女の塾生たちが、ハウスの中の教室で講義を聞き、区割りされた畑で多彩な作物を作っていた。草一本ない見事な実習農場になっており、近隣のみならず遠くからの農業実習希望者が後を絶たないと言う。
ついで深谷勉さんの“BENS FARM”を訪ねた。ブルーベリー園を中心にスモモ園、スイートコーンやスイカ、そして多彩な花園などがあり、基本は来訪者により摘み取りを通して農業に親しんでもらおうというのを、その経営の基本においており、年間一万人を超える市民が訪ねてくるという。
昨年、農協人文化賞を受賞された星野直治さんの農場も訪ねた。
樹齢300年を超えるというケヤキのある農場に、江戸時代から伝わる伝統のある寺島ナスと現代的新品種のナスが大きく二区画されて整然と植えられ、あと一カ月もすると出荷最盛期になるような姿であった。この星野さんの農場には特に若い女性達が援農を兼ねて、多数やって来るという。
JA東京むさしの須藤正敏組合長も管内三鷹市で農業をされているが訪ねるいとまはなかったが、全力をあげて農地を守り、農業を守ることを通じて、市民・消費者の支援の中で、はじめてJAは存在・発展できるのだと強調されていた。
わずかの時間で垣間見たにすぎなかったが、JA東京むさしの活動は都市農業と都市農協の向かうべき道を間違いなく指し示しているように思われた。
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上:新装オープンした国分寺支店の直売所「ムーちゃん広場」
下:国分寺支店の屋上は、植え木の町、国分寺らしく庭園にして地域住民に開放している