地域を巻き込み、地域をつくる
都市型JAの「農業復権」への挑戦
現地ルポ
◆歌を忘れたカナリアにはならない
全国各地のJAがファーマーズ・マーケットの開設・運営に続々と取り組んできたことを考えれば、「平成21年オープン」などは後発組、決して珍しい「ニュース」ではない。
しかし、JAあつぎにとってこの『夢未市』は、地域農業とJAの新たな動きを告げる、まさに「ニュース」だった。しかも、そのトップに掲げられたニュースの大見出しは「協同組合の原点に戻る」である。
「信用・共済と資産管理事業がJAの中心事業となるなか、その利用の多くを占める組合員は高齢化、しかし、次世代とJAとの関係はできていない…。将来はどうなるのかという思いから、やはり本来の原点、農業協同組合のあるべき姿に戻ろうと考えました」と井萱修己代表理事組合長は話す。
新宿から約50分の都市化が進んできたこの管内では正組合員約4600人のうち専業農家は200軒ほど。ほとんどが小規模な兼業農家だが、井萱組合長は「農業をベースに総合事業を展開するのがJA。農業に力を入れなければ、歌を忘れたカナリアだ」と改めて考えたという。まさに農業の復権である。
そのうえで、この都市型農業を維持していくには少量多品種の直販をやっていくしかなく、そのためには「ファマーズ・マーケットが絶対に必要だと考えました」。
平成21年12月の開設から今年9月末に来店者は100万人を超えた。初年度の売上高は5億円、3年目となる平成24年度は7億円という計画の達成をめざしている。
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上:9月末に来店者は100万人を超えた
下:井萱修己代表理事組合長
◆都市型農業の営農指導とは?
夢未市への出荷者登録者は680人(24年4月現在)。9時半からの開店を前に出荷に来た生産者が丹精込めた農畜産物を店内に並べていた。
出荷者の一人、石川和男さんは40代の半ばに脱サラで農業専業に。集落内の先輩格の農家に学び、6年ほど前に独立。自宅の田畑のほか、今では地域の農地も借りて田60a、畑70aほどで栽培している。米はJA出荷し、野菜は毎日、夢未市に出荷しているという。
「スタッフから消費者の好みなどのアドバイスをもらえますし、夢未市ができてありがたいです。目標はいいものをつくることです」と語る。
井萱組合長も地産地消を旗印にした直売事業を農業復権の中心に据えるとしても「それが支持されるためには、いかにいいものを作るかに特化しなければいけない」と語る。
その方策のひとつが営農指導員の育成だ。信用・共済事業にJA事業の力点が置かれるうちに弱体化した営農指導事業を再び強化しようと営農技術顧問を増員して新たに育成を図った。
そのめざす姿は「出向く体制」。担当課長を含め地区別・作物別に営農指導員9名(ほか営農技術顧問2名)を配置し、「組合員が何を必要としているかを吸収してくる」ことを重視している。
その活動のなかで事業化されたのが野菜苗の供給である。耕地面積も人手も限られている都市農業だが、ファーマーズ・マーケットによる直売で手取り向上をめざすのなら、は種からの育苗という手間を省くバックアップをJAが行えばいいとの考えからだ。それによって多様な品目と安定した量を出荷してもらう。また、果樹の出荷も増やすため、かんきつ類の整枝やせん定の講習会の実施にも力を入れている。
「営農指導員も農家とともにどう農業を持続させていくかを考えることが大事だと考えています」と井萱組合長は話す。
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上:開店直前の「夢未市」。生産者のみなさんが自慢の品を並べていた
下:夢未市には加工室も設置した
◆将来の担い手づくりと住民への情報発信
農業復権を図るため平成19年には「農業塾」も開講した。注目されるのはこの塾を卒業すれば新規就農者になれる仕組みを考えたことだ。農業委員会と協議し2段階めの「就農コース」を卒業し申請すれば農地の借り手になることができるようにした。
就農コースはこれまで70名以上が受講し10人が新規就農者となっている。24年度からは出荷・販売コースも加わり農業経営者へとレベルアップできる内容も備えた。
農業塾は定年後に家の農地で野菜づくりを続けてきた人などがファーマーズ・マーケットへの出荷をめざして技術を学ぶという場でもあるが、まったく農業に縁のなかった人を新規就農者として育成する場となった。しかも「夢未市」という販売先、すなわちいずれは自分の農畜産物を供給すべき人々の顔が見える環境のなかで研修に励むこともできる。次代の農業者にとっても「夢未市」は地域農業の情報発信基地であり、「農業塾」は将来の地域の担い手をも育成する取り組みともなっているといえるだろう。
一方では、地域住民への食農教育にも力を入れている。
夢未市のなかには研修交流室もつくった。ここでは年間100日ほど料理教室などを開いている。また、近隣にある「夢未Kidsスクール水田」、「ゆめみちゃん農園」では従来からの農業体験だけでなく、通年型食農教育事業にも取り組んでいる。夢未市からはこの「夢未Kidsスクール」などに参加する子どもたちが田植えや収穫などを体験する光景も見られる。
また、行政と連携した大人向けの講座「夢未塾」も実施している。この講座は収穫体験のほか、全農パールライス工場や県の農業施設などの見学も通じて地域の農業と食に理解を深めてもらおうという取り組みで、子育てに一段落した女性から定年退職した男性まで幅広い人たちが参加している。
特徴は参加者にこれらの体験をインターネット上のサイトに投稿してもらっていることだ。これは農業やJAの活動について地域に向かって第三者の目から情報発信するもの。サイト上では参加者の体験談に対し住民からさまざまなコメントが寄せられている。「最初はどんなことになるのか想像もできませんでしたが、JAの広報ではできないことだと感じています」という。
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上:将来の担い手をつくる「農業塾」
下:地域住民が参加する「おぎの体験農園」
◆支所を基盤に地区運営委員会
こうした本所主導の事業や教育文化活動の充実を図ると同時に、同JAでは支所店を軸にした取り組みも重視している。
荻野支所の大矢和人支所長は「本所主導で仕事をすれば確かに早い。しかし、やらされ感もあり、これは自分の仕事なんだという認識も薄くなってしまうのでは」とJA職員の気持ちを率直に語る。 それに代わる支所店が中心となった運営とは「支所店職員が組合員と一緒になって事業や活動を考えるということだと思います」と話す。たとえば、女性部活動でも参加メンバーから「楽しかったよ」と声をかけられると「自分たちの農協だ」と実感できる。それは日頃から“やらされ感”ではなく組合員とともに活動を考えたからだ、ということだろう。
そんな支所店のあり方を追求し実現するため、JAあつぎ管内全域を網羅する9地区で今年度から地区運営委員会を新たに立ち上げた。
支所店(地区)にはJAの総代選出の基盤となる生産組合の代表者である生産組合長や青壮年部、女性部、品目ごとの生産部会などのさまざまな組織で協同活動推進委員会を構成している。本来であればこの組織が支所店運営に意見を反映させていければいいのだが、構成員が多くそれは難しいと判断。荻野支所では生産組合長組織と青壮年部、女性部の代表、さらに地区のJA理事、支所長ら職員で「地区運営委員会」を構成することにした。
目的は教育文化活動などの組合員活動の協議だけでなく、支所店運営そのものに、各組合員組織や地域住民の意見を反映させていくこと。さまざまな地域の課題解決策を探り、各組織との連携でその実現をめざすとともに、この委員会活動そのものがJAの活性化に寄与することも狙う。
6月に開いた一回目の会議では、支所の前にある直売所で地場農産物をもっとPRするためレシピ集を女性部が配布することや料理講習会を開くことなどが提案されただけでなく、それまでは互いに話し合う場もなかったことから生産組合長組織と青壮年部、女性部が意見交換していくことも確認された。
実際、その必要性が感じられたのは女性部から料理教室を提案すると「男の料理教室もやってくれんか」と話が弾んだからである。男性だけの集まりではなかなか出てこない発想で、年齢、性別を超えて各組織の横のつながりが地域にとって大切なことと再認識された。
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荻野支店・大矢和人支店長
◆「農地の人口密度を上げる」体験農園
地区運営委員会で今年度から実施を合意されたもうひとつは、地域住民を対象にした農業体験講座を開くことである。
荻野地区に限らないことだが、山間地域ではサルやシカによる農作物への被害が深刻で耕作放棄の原因にもなっている。広域防護柵も設置されているがその内側に入り込んで繁殖した有害鳥獣は容易に山には戻らない。
地域住民に地場農産物を供給するといっても鳥獣被害の克服も大きな課題となる。そこで農業への理解を深めてもらうことにとどまらず、多様な担い手の確保と鳥獣被害対策も目的に支所近くの遊休農地を活用して開設したのが「おぎの体験農園」である。
参加したのはこの地区に住む15人。7月に大豆や大根の種まきからスタート。大豆は津久井在来大豆でこの普及を進めている生産部会のメンバーが指導をしている。
このほかに鳥獣被害を受けにくいニンニクと茎レタスも栽培している。これが鳥獣被害を受けないかどうかは県と市、JAで構成する「新たな鳥獣被害対策チーム」が協力して実証し、効果が実証できれば他のほ場でも作付けを推奨していくことも視野に入れている。
また農園には青壮年部の協力で景観を彩る花も移植された。今後は収穫した大豆による味噌づくりや大根、白菜を使った料理教室も予定している。
農園の広さは5aと小規模だが、在来品種の維持や伝統食の継承、さらに鳥獣害対策、地域住民の農業参加など目的は多彩で志は高い。大矢支所長は「何よりも農地を農地として保全していくことが大切で、この農園は農地の人口密度を上げる取り組みです」と話す。また、生産組合長会の会長を務める野口政夫・地区運営委員会委員長は「生産者や業種を超えた地域住民が交流することで、人と人とのつながりが生まれる。住みよい環境を作り出すための一端を担うことができたらうれしい」と話した。
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上:小規模な農園でも「志」は高い
下:生産組合長会・野口政夫会長
◆「夢未市」がJA発展の拠点に
地域では鳥獣被害対策に効果がある作物としてショウガも作付けてきた。
では、これをどう売るのか? もちろん直売所でそのままでも売れるのだが、ここでもまた農産物の「出口」を用意しているのが夢未市なのである。それが夢未市オリジナル商品の「ゆめみちゃんドレッシング」、「おむすび生姜」、「生姜の田舎漬け」だ。「ゆめみちゃんドレッシング」はショウガのほか複数の野菜をつかって製造、瓶詰めして店頭で販売するとたちまち評判になった。ニンニクなどもいずれ栽培が普及すればそれもこの加工事業の対象にしていこうとの考えもある。
この取り組みはそれこそ農業の6次産業化といえるが、単に付加価値を高めるというよりも、鳥獣被害という地域が抱える切実な課題を解決し、地域農業を持続させるための手段ともいえるのではないか。それが「夢未市」によって実現しつつある。
「極端な言い方をすれば、われわれのJAがこれから存続できるかどうかは、夢未市が機能を発揮できるかどうかにかかっている、私はそれぐらいの気持ちでいます」と井萱組合長は話している。
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夢未市オリジナル商品の「ゆめみちゃんドレッシング」
井萱修己・代表理事組合長に聞く
「ために」よりも「ともに」がJAの姿
聞き手:今村奈良臣 東大名誉教授
今村 JAあつぎの組合理念は「夢ある未来へ 人とともに 街とともに 大地とともに」だそうですが、この理念に対する思いを聞かせてください。
井萱 これがつくられたのは平成4年のことで、当時、私はJAにいたわけではありませんが、聞けば職員が話し合ってつくったといいます。私自身は平成18年に専務になってからさまざまな方と話すと、すばらしい基本理念じゃないですか、と言われる機会があった。確かに組合員と地域と一緒になって農業、地域、環境を守っていこうというのは素晴らしいと改めて思いました。ところが職員にはそれがあまり理解されないままだったんですね。そこで私も改めて折あるごとに強調するようになって、今ではずいぶんと浸透してきたと思います。
今村 その理念のもとに「夢未市」をはじめとして地域の農業をもう一度、重視する具体的な取り組みを進めることになったわけですね。
井萱 これは都市型農業としては当然の方向で10年早く取り組むべきだったという思いもありましたが、今からでもやらなくてはいけない、と。それから地域農業の振興に向けた取り組みとして地域農業対策課を新設し、次世代の農業後継者のために農業塾を開いたり、遊休農地・不耕作地の解消対策として利用集積にともなう農地の仲介や農作業受委託、有害鳥獣被害対策および営農指導員を中心とした営農指導事業の強化に取り組んでいます。
まずは今までやっていなかったことに力を入れていこうということでした。同時に教育文化活動にも理解を深め、この活動をしっかりやっていかないとJAは組合員、まして地域にも認められないとの考えです。
今村 それにしても、夢未市のほかに夢未塾、夢未Kidsスクールなどなど、ずいぶんたくさん組合員や地域住民が参加する場をつくりましたね。
井萱 私からこの“夢未”を統一的な名称に使おうと指示したことはありませんが、ある部署が何かの事業や活動を立ち上げたいと提案するときにこれを使ったことがほかにも次々と伝播していったということです。
この反応の背景にはやはり職員にも危機感があったからだと思っています。私は常勤役員になったとき、10年後はどうなってしまうのだろうと思いました。青壮年部との話合いでは、JAは何もしてくれないじゃないか、とけんか腰だったほどです。そこで農業再建や教育文化活動に力を入れようと旗を振ったわけですが、危機感は職員も持っていたから即座に反応が出てきたということだと思います。
今村 結局、組合員に限らず住民も含めて地域づくりに巻き込んでしまおうということですか。
井萱 確かにそれはあります。JA自体は組合員によって作られているものですが、事業や運動を展開するには地域との協働(協同)が不可欠だということです。ただしJAが地域づくりに貢献するというとき、それは組合員や地域と一緒になって、ということだと今は根底から思っています。
今いちばん意識をしているのは「○○とともに」ということです。「○○のために」という言い方はあまり使わないようにしているんです。
今村 では、第26回大会決議には何をお感じになっていますか。 井萱 いちばん共感を覚えたのは、やはり支所店を拠点にして地域の暮らしをつくっていくという部分です。まさに私たちもこれに向けてしっかりやっていかなくてはならないと思っています。
もう1点は地域の農業構想をつくろう、いわゆる地域営農ビジョン策定の取り組みです。ただし、各地域によって農業のあり方は違いますから、その点で私たちの地域は集落営農はそぐわないのではないかと思います。ではどう将来を描くのかと言われれば、直売を事業の中心にするにしても、それが支持されるにはいかにいい農産物をつくるか、ということに特化しなければいけない。しっかりとここに目を据えていきたいという思いです。
対談を終えて
「明日の農協」への方向を示す
かねてより私は、「農業は生命総合産業であり、農村はその創造の場である」と説いてきた。JAあつぎは、まさにこの私の提言を、都市化の進展という逆風を乗り越えて、多彩なかたちで着実に実践している。次代を支える人材育成の農業塾、食農教育の拠点としての夢未塾、子ども教育の場としての夢未Kidsスクール、そして現場重視の支所店活動の充実、地域住民による体験農園の開設等々。
これらの多彩な活動を結集する拠点としての農産物直売所、夢未市。18年前、私は農業の6次産業化を全国に提起し、「1×2×3=6」と定式化して運動を進めてきた。しかし、近年の動きをみていると「3×2×1=6」と販売優先の活動に堕落しつつある直売所が多いのではないかと危惧している。
しかし、夢未市は違う。JAあつぎは違う。基本である地域農業の多彩な展開を基盤に組合員、地域住民、市民と固く結びついて目を見張る活動を展開している。「明日の農協」の姿を見せてくれている。
(今村奈良臣)