シリーズ

産地は今・・・

一覧に戻る

【緊急ルポ 口蹄疫】「涙がポロポロ出る日々です」でも、絶対に再生させる  宮崎県

「私たちの農業を、町を見つめ続けてほしい」
・地域からすべて牛、豚が消える
・生活支援で食材宅配
・打撃は園芸、米にも
・夢をなくすのが怖い

 まさかこんな形で再訪することになるとは思わなかった・・・・。口蹄疫の発生が集中している宮崎県川南町と都農町はJA尾鈴管内。本紙は08年10月特集号で「大胆不敵な農人たちが作り出す協同運動」と題して畜産、園芸、耕種と多彩な農業生産とそれを支える協同活動組織のパワーに注目し現地レポートを行った(08年10月10日第2053号)。
 しかし、今、畜産はもちろん、地域で築き上げてきた循環型農業そのものが壊滅しかねない危機に直面している。
 口蹄疫発生から1カ月となる5月20日、重い気持ちでJAを訪ねた。現地では「まさに生き地獄」、「どれだけの農家が経営を再開できるのか・・・」と悲痛な叫びが聞かれる一方、「畜産農家からはJAの支援に感謝の声も出てきた」、「またやっぞ! という若者もいる。畜産を核に絶対に再生したい。私たちの取り組みを見続けてほしい」との前を見つめる声も聞かれた。現地の実態を緊急にレポートする。

循環型農業が危機に
これからどうすれば…?

懸命の防疫措置が続く現地(写真)懸命の防疫措置が続く現地

 

 「喪が明けた農家がやってきて、『なにもいない畜舎を見ると寂しい……。組合長、オレはこれから何をすればいいんだ?』と言う。涙がポロポロ出てきて。本当に生き地獄のような1カ月だった。職員も平静を装っていますが内心は動揺しています」。JA尾鈴の黒木友徳組合長は悄然とした様子だった。「どうだ?がんばれるか」。隣席では河野康弘副組合長が組合員からの電話に大声で応じていた。
 「喪が明けた」とは、いうまでもなく殺処分と埋却、消毒が終わったということ。身内を送ったも同然の農家の心情を察して余りある言葉だ。
 だが、殺処分が終わっていない牛と豚は5月20日現在、JA管内で5万6800頭もいる。埋却地が見つからないのが理由だ。かりに近隣の土地所有者に同意が得られても、その隣の農地所有者が難色を示し処理が進まないケースも出ているという。埋却のためには4メートルの掘り下げが必要だが、水が出れば土地選定は振り出しにもどってしまう。5月20日時点で7日発生の農家がまだ処理できていなかった。


◆地域からすべて牛、豚が消える

家畜の埋却が終了した農地 JAは4月20日の第1例発生後、組合長を本部長に口蹄疫対策本部を立ち上げた。
 JAの本支店では職員が訪れる車両への消毒作業を続けている。5月の連休も返上して作業にあたった。畜産部の職員には飼料の手当てと配送の仕事がある。口蹄疫発生後、飼料配送を依頼していた業者が手を引いたためだという。
 「殺処分が決まったら、逆にそれまではいっぱいエサをやりたいというのが農家。代金未収は覚悟で配送してきました」(黒木組合長)。
黒木友徳 組合長 殺処分と埋却には一般職員も応援している。しかし、現場では処理される豚の鳴き声、暴れる牛などその光景は生々しい。「夢に出てきた」とうなだれる職員もいる。
 JA管内には、養豚農家が38戸(8万5000頭)繁殖牛農家が390戸、肥育農家が20戸(4000頭)、酪農家が24戸(1300頭)いる。農家数は約470戸だ。
 取材した時点では頭数にして7割が疑似患畜となっていた。自分の農場で発生させないよう夫婦で畜舎のそばで車に泊まり込み、ろくに睡眠もとらずに消毒作業を続けてきた農家もいる。
 しかし、移動制限区域内ではワクチン接種による全頭殺処分を政府が決めたため「拡大させないよう一生懸命やってきたが、もうそれもむなしい。管内からすべての牛と豚がいなくなるということです」と畜産部の松浦寿勝部長は語気を強めた。自身も繁殖農家。08年のレポートでは地域内で初めて水田放牧をしている先進事例として紹介した。その牛もいずれ殺処分されることになった。

(写真)
上:家畜の埋却が終了した農地
下:黒木友徳 組合長


◆生活支援で食材宅配

河野康弘 副組合長 「飼料高騰の高止まりと枝肉価格の低迷で口蹄疫被害がなくても、ぎりぎりの経営だった」と河野副組合長は語る。
 JAは21年度に養豚農家を対象に3000万円の価格対策を講じ、特別欠損金として処理する予定だった。「JAの措置に養豚農家は喜んで、またがんばろうと言ってくれた。その矢先にこんなことに」。
 22年度事業では生産コストを5%削減し生産量を5%アップさせることで農業所得を10%上げる「ゴー・ゴー・テン」運動を掲げた。だが、JAの販売事業の柱である約60億円の畜産部門は口蹄疫被害で「ゼロ」になる。
 ただ、今は農家の生活支援が急務だ。
JAは消毒への協力を呼びかけている JAは発生農家に一律30万円の見舞金の支払いを決めた。また、発生農家はウイルスをまん延させないよう外出を控えなければならないから買い物にも出られず、食事にも困る人が出てきた。親類から消毒ポイントを何カ所も通って届けてもらっている人もいるが、JAも中央会、県経済連、鹿児島経済連などから提供されたレトルト食品などを配布している。
 「農家には国の対策の遅れに対する不平不満、いらだちがつのっているが、食材の提供には感謝の言葉が返ってきます」と松浦部長は話す。
 殺処分を終えた農家のなかには廃業を決めたと語る人もいる。従業員を抱えた農場では雇用対策も大問題だ。立ち直りに何年かかるか。どれだけの農家が畜産を再開するのか、まだまったく見えない。それだけではない。畜産の壊滅は園芸や水田農業にも大きな影響を与えることになりそうだ。

(写真)
上:河野康弘 副組合長
下:JAは消毒への協力を呼びかけている

5月26日には218例となった(農水省HPより)5月26日には218例となった(農水省HPより)

 

 

私たちの農業を、
町を見つめ続けてほしい

◆打撃は園芸、米にも

日高昭彦さん JA尾鈴には理事会の諮問機関であるJA運営審議会がある。地域農業の将来やJA像を考えるのが役割だ。その審議会の会長でバラ農家の日高昭彦さんは、この地域で畜産が壊滅的になることについて「エースとクリーンアップなしで試合に臨むようなものだ」とたとえる。
 それは生産額など数字だけではない。日高さんの親類にも畜産農家がいるという。運送業者、農場の従業員まで考えれば関係者は多い。「この町で畜産に関係がないという人はいないんじゃないか」。
 また、若者が中心となって商店街で農産物直売などを毎月行ってきた軽トラ市も4月からは中止。県の非常事態宣言もあって外出をみな控えているため商店街も打撃を受けている。
 農業だけ考えても、耕種部門にも大きな影響がある。JA尾鈴は県がエコブランドとして認定している農産物が県内でもっとも多い。その要となる土づくりに欠かせないたい肥づくりは、畜産が消滅すればどうなるのか。
 また、地域内で飼料用米を使った畜産にも取り組もうと米農家は飼料用米生産の拡大を計画していた。戸別所得補償モデル対策で10a8万円の助成が措置されたこともある。耕作放棄地解消にもつなげるつもりだった。しかし、この助成は需要との結びつきが前提だ。その需要が地域からなくなる。飼料用米の作付けへの助成はあるのかどうか。
 JAは4月から戸別所得補償モデル対策の申請受け付けをスタートさせようとしたがこの事態でストップしてしまった。
 まさに循環型農業が危機に直面している。

(写真)日高昭彦さん


◆夢をなくすのが怖い

 畜産農家をはじめこの地域には後継者が多い。しかも、仕事以外にJAや町のさまざまな組織の役を担っており「町を支えてくれていたのが農家の若者たちです。彼らが夢と意欲をなくすのが怖い」と日高さんは心配する。異業種から新規就農し畜産を始めた若者もいるという。「町に残ってくれるのだろうか」。
 青年部や女性部ももっと仲間の支援に動こうとしているが、そもそも人が集まることを控えなければならない状況で、具体策を話し合うこともままならないという。集まれないなか、どう「協同」すればいいのか・・・・。
 ただ、重苦しい日々のなかでも改めて見えてきたこともあるという。
 「最初は発生農家には気の毒で電話することもためらわれました。でも、発生農家からすると電話もかかってこないと地域から見捨てられたのではないか、と本当に孤立感を持つという。だから電話ぐらいはして励まさなければいけないんだなと」。
 JAによると若い畜産農家や後継者からは「またやっぞ!」という前向きな声も出てきたという。 日高さんは「畜産を核になんとしても農業を再生させたい。私たちの地域と農業を見つめ続けてほしい」と話していた。

  町内はいたるところが通行止となっていた。  宮崎市内でも対策協力を呼びかけている。
(写真)町内はいたるところが通行止となっていた。宮崎市内でも対策協力を呼びかけている。

◇   ◇

JA児湯 金田清夫組合長 今回はJA尾鈴を緊急に取材したが、もちろん近隣JA、県内外JAにもワクチン接種、出荷・移動制限、家畜市場閉鎖などによって大打撃を受けている。政府の対応の遅れへの批判も強く、現地ではJA児湯の金田清夫組合長(写真)にも会うことができたが「組合員の納得が得られる支援策が求められる」と強調していた。
 まずは一刻も早く終息させることが最重要課題だが、その後の再生に向けた政策が問われていることはいうまでもない。

(写真)JA児湯 金田清夫組合長

(2010.05.28)