JAは「自分たちこそ地域」を誇りに
◆農地制度改正の背景とは?
――最初に今回の農地制度改正の背景について解説していただけますか。
安藤 農地制度改正の背景には2つの流れがあると思います。
1つは、生産法人要件を緩和してどんどん企業参入を進めようとしてきた流れです。これは昭和30年代の農地法改正で農業生産法人制度ができて以来のことで、ずっと間口を広げる方向で来ました。
もう1つは、この流れを大きく転換させたもので小泉構造改革で導入された特区制度とさらにリース方式による企業参入の全国展開です。
後者はこれまでの議論とは別ルートから新規参入促進を図るもので、一言でいえば企業を入れないと農業の構造改革はできない、という考え方があったと思います。こちらが勢いを増して農地制度が改正されて企業の農業参入が原則自由化されることになりました。
しかし、どうして特区やリース制度が出てきたのかを考えれば、やはり担い手不足、耕作放棄地の増加がその背景にあります。
農地は貸し手市場から全国的に借り手市場に転換しはじめた。こうした情勢を受けて、農地をなんとかしなければいけない、その受け皿が必要だという錦の御旗を掲げられれば企業の農業参入を断ることはできない。新しい血を入れることで地域振興や新たな特産品開発を進める起爆剤にする、ということから企業の参入が推進されるようになったのだと思います。
◆農地利用の最大化をどう実現するか?
――では、改正農地法をふまえたJAの担い手・農地対策に求められる基本的視点は何でしょうか。
安藤 JAが農地を守るということは、組合員の要望に応えることであり、地域を守ることでもあります。農地保全は居住環境の維持という点でも必要です。したがって、地域社会と密接不可分の関係にあるJAにとっては、農地利用の最大化に取り組まなければならないわけですね。
しかし、今の最大の問題は担い手そのものがいないこと。農地の流動化を図れば何とかなった時代ではなく、担い手を育成して地域農業の方向を新たに切り拓くこととセットで取り組まなければ問題は解決しないということです。
逆に言えば、だから企業参入ができるよう農地制度改正を、という話にもなったわけですね。
ただ、企業参入にしても上から落下傘のように降りてくるのを指をくわえて眺めているのではなく、地域の条件に合うように着地させることが求められます。地域社会のなかで参入企業の着地点を探り、地域が免疫不全を起こさないようにする役割がJAには求められている、こういう認識も必要でしょう。
◆地域の特徴を十分に把握
安藤 ただし、農地保全がJAにとって非常に大事になるとはいえ、地域によって事情は全然違います。
統計から分析すると、この間、農地の貸し付けが増えた地域は耕作放棄地が少なく、農地の貸し借りがない地域では耕作放棄地が増えている。ですから、農地の出し手と借り手の間をつなぐ役割がないと農地はどんどん荒れていってしまいます。
そこで全JAが農地利用ビジョンを策定することになったのだと思いますが、これが解決策だという万能薬はないというのが実情です。課題は都道府県、市町村によって違うばかりか、同じ市町村のなかでも、平場と中山間地域では状況が違いますから。
――そうなると自分の地域がどんな地域かをまずは十分に把握することが必要ですね。
安藤 たとえば、担い手が大勢いて、それぞれが規模拡大しているという地域もありますね。
そういう地域での担い手の悩みは、規模拡大はしたものの経営耕地が分散しているということです。ある事例では、JAが大規模農家の意向を調整し、借地交換をして農地の集約化を図っています。大規模農家とJAは疎遠である、さらには対立しているなどといわれており、この場合も農地の利用調整がJAにとってメリットがあるわけでもありません。しかし、組合員の財産である農地を守るために敢えてJAは調整役を担っているわけです。
ただ、こうした借地交換という調整機能を発揮するにはそれ相応のタイミングがあることを頭に入れておく必要があります。担い手がみな大規模で経営耕地分散が共通の悩みとなっている段階であれば別ですが、農地の団地化よりもまだまだ規模拡大していきたいという担い手がいる段階では、話を持ちかけてもうまくいきません。同じ担い手でも直面している問題が違っていては合意は成立しません。
そういう意味では、農地の利用調整といっても毎年毎年実績を上げる必要はないということかもしれません。むしろ地域のなかで問題が浮上してきたタイミングをうまくつかまえて利用調整をすることこそが、JAに期待されているということになるわけです。
◆JA出資法人の役割をどう考えるか?
安藤 もう1つ例をあげましょう。
同じ平場地帯でも、担い手が経営の複合化を図り、たとえば果樹経営に熱心に取り組んだりしていると、彼らには農地を借りて規模拡大する余力はあまりありません。また、そうした地域の担い手は稲作+果樹で自己完結した経営となっているので、集落営農を組織して水田の大規模経営をつくろうとしてもうまくいくとは限りません。それよりも機械利用組合のような組織をつくって個々の経営の稲作の省力化とコストダウンを図る方が有効かもしれません。
一方、水稲単作のオール兼業地帯では、集落営農を組織してそこにすべてを集積した方がはるかにいい経営ができる。つまり、担い手がいる、いない、あるいは複合化が進んでいるかいないかで取り組む課題が違ってくるわけです。
もう一つ重要なことは、担い手だけですべての農地を守ることはできませんから、担い手以外の農家との関係や彼らの役割も考えなくてはならないことです。まさに将来の農業の姿を描きながら土地利用調整を行うことになるわけですが、高齢者、女性、直売所出荷者なども盛り立てて、そういう農業者にも農地を守ってもらうという仕組みも必要だと思います。
――ただ、どうしても担い手がいない地域ではJAが出資法人をつくる、あるいは改正農地法で認められたJAの農業経営も必要だとされていますが、これについてはどう考えればいいでしょうか。
安藤 担い手がいないところはまずは集落営農の構築を基本にするのがよいと思います。もちろん、JA出資法人をつくって農地を守らざるを得ない地域もあるでしょう。
その場合でも出資法人ですべてを担うことはできませんから、出資法人を立ち上げると同時に、集落営農も設立してもらうことが大切だと思います。つまり、集落や旧村が対応できないときにはじめてJA出資法人が対応する。その意味でJA出資法人や直接経営は最後の切り札なのです。
地域社会があって初めて農業経営が存続できるというのが基本的な認識です。この地域社会を支えていく人を育ていくことがJAの仕事ではないでしょうか。原則としてJA出資法人は黒子に徹するべきだと思います。その観点から言えば、JA出資法人を新規就農者のトレーニングの場として活用することも大事だと思いますね。
例えば園芸地帯では、新規就農の促進は農地を守るだけではなく産地の維持にも繋がります。高齢化で生産者の数が減ればロットが小さくなって産地としての競争力が落ちますから、新規就農者の確保は重要な課題となるわけです。
こうした問題を考えてみても、農地流動化と担い手育成はセットで取り組む必要があることが分かるかと思います。
◆問われる支所のネットワーク力
――具体的に実践するためのJAの体制はどう考えればいいでしょうか?
安藤 今日、お話した農地利用調整の場ですが、JAの支所を考えるのが妥当なように思います。そうした拠点が大事だと思います。そうなると支所がどれだけ地域に根を張っているかが問われることになります。支所を人的ネットワークの拠点とすることも考慮に入れながら、地域の農地をどう守っていくかを考えていくべきだと思いますね。
そうなると支所長のリーダーシップも問われることになりますし、職員の力、アイデアを引き出す場をつくり、それを集約する取り組みが重要になります。そうした意見交換の場には地域の主要な農業者や青年、女性も加わって考えを出して、話し合うことも大事だと思います。
「行き場を失った農地」はJAに持ち込まれることになるでしょう。しかし、事態がそこまで進んでしまってから対応するのでは地域に対する責任は果たせません。そうなる前に対応することが大切です。
◆JAへの信用が農地を動かす
安藤 現場では、JAという信用がバックにあることによって初めて農地が動くと思います。実際、農地は小作料の高い低いで動いているわけではないことが、これまでの研究でも明らかになっています。問題は小作料が高いか安いかではなく、農地を借りる人に信用があるかないかであり、それが現実の農村での農地の動きを決めているのです。
例えば丁寧に農作業をしている人ほど地域から信用を集め、その信用をバックに農地がどんどん集まるとか、集落内の強い人間関係を使って農地を集めているといった事例が報告されています。経済的な要因よりも社会的な信用が農地の貸借の規定要因となっているというのが実際のところではないでしょうか。
そうだとするとJAが農地利用調整の役割を担うことの意義は大きいと思います。JAには「自分たちこそ地域である」という誇りを持って、担い手育成や農地対策に取り組むことが期待されていると思います。
【略歴】
あんどう・みつよし
1966年神奈川県生まれ。89年東大農学部農業経済学科卒。94年同大大学院農学系研究科博士課程修了。同年茨城大農学部助手、97年同助教授、06年より現職。