◆座談会で徹底説明
JAあきた北央は平成11年、阿仁郡の4JA(JA合川町、JA森吉町、JA阿仁町、JA上小阿仁村)が合併して誕生した。
管内の水田面積は2987ha。水田が農地の74%を占める。JAの農産物販売高のうち約7割が米の売上高だ。
しかし、管内は県内でも高齢化率が高く、農地を委託する希望が増えはじめていた。そこで合併前の平成8年に旧JA合川町が農地保有合理化法人の資格を取得し、同事業を開始した。これが合併後のJAあきた北央の農地利用集積事業(農地保有合理化事業)につながっている。
この農地保有合理化事業を始めるにあたって、JAが考えたのは農地の出し手には「JAに白紙委任」をしてもらうこと。農地の貸出先や賃借料はすべてJAに任せるという仕組みであり、JAは受け手(担い手)との調整や、書類作成まで一切を行うが、その取扱手数料は徴収しないことにした。
それまでは高齢化などの理由で耕作が続けられない農地は個々人で集落内外の農家に委託し、小作料についても個々に決めてきた。
しかし、担い手にとっては借り入れ農地が分散することも多く効率的な規模拡大にならないほか、地縁・血縁による受委託では納得のいかない条件でも引き受けざるを得ないという実態もあった。このままでは受け手不足から出し手の農地が耕作放棄地化することも懸念された。
こうした点をJAでは集落座談会で徹底説明し、新たな白紙委任方式による農地利用集積事業がいかに地域農業の将来と農地の出し手にとってメリットがあるか訴えたという。
同JAの田中安規専務によれば「この事業は手数料を一切とらないためJAにとってメリットがあるのかという不安も最初はあった。しかし、今では安心して任せられる仕組みだとJAに対する農家の信頼が高まった」という。
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疋田俊一郎 代表理事組合長
◆受託部会を設立
同時に、JAは白紙委任された農地の「受け手」として「受託部会」を設立した。認定農業者を中心に組織し、部会員は現在147人。地域農業の担い手とし
て期待されている。当初は4地区(旧JA管内)で設立されたが2010年12月に1部会として統合した。
JAは農家に「農地委託申し込み書」を毎年配布、ほぼ1月から3月までを申し込み期間として、原則年1回でまとめて希望を集約する。その委託希望の農地情報を受託部会が利用調整をし、集落内の担い手に面的集積する形で配分する。
委託希望の農地が出てくるたびに利用調整を行うのではなく、年に1回、計画的に利用集積するのが大きな特徴だ。
また、賃借料は農業委員会が定める標準小作料とは別に、JAが独自に10段階のきめ細かい料金を定めている。賃借料の算定は、農地条件はもちろんだが、米を作付けた場合の単価と転作作物を作付けた場合の単価を示し、それに地域の転作率を乗じて算定している。
たとえば米の作付地評価額が10a2万500円の農地の場合、転作地の単価は一律2000円としており、作付率(62.87%)と転作率(37.13%)をそれぞれに乗じて1万3631円という小作料に設定している(22年度)。
したがって、委託された農地の基本的な小作料の評価ランクが設定されれば、毎年検討する作付地単価と転作率によって小作料が変わる仕組みとなっている。このような算定根拠を盛り込んだ料金表を提示することで「JAに任せれば手間も係らず、仕組みも透明だ」と農家の信頼につながっている。
◆集落営農も全地区で組織化
一方、平成19年には全集落に集落営農組織を立ち上げた。目的は集落の水田農業を守るためだ。
当時は品目横断的経営安定対策への転換期で、一定規模以上の農家は支援対象となる条件だったことから、受託部会の部員である担い手は集落営農組織に加入する必要はないという意見もあった。「しかし、受託部会の部員は地域のリーダーになって、水田の守り手になってほしいと全員参加を了承してもらいました」と同JAの杉渕忠寿営農部長は話す。
農地利用集積事業で規模拡大が実現したものの、残念ながら今度はその農家が予期せぬ理由でリタイアし、大規模な再委託農地が発生するという事態も出てきた。また、中山間地域ではそもそも条件の厳しい農地を今後引き受けていかなければならなくなるという状況もある。
「その地域、集落をどう守っていくか。担い手個々がバラバラに対応するのではなく、自分たちで決めていくという取り組みが大事になっています」と杉渕部長。こうしたことからいわゆる担い手も含めた「ぐるみ型」の集落営農を組織化した。
これによって委託希望の農地を集落で計画的に引き受けることができているという。経営規模拡大の意向のあるすべての担い手に集落内の農地利用を集積させることができるようになるほか、担い手が受けきれないほどの委託希望農地が出てきてもそれは集落営農組織で対応する、という具合だ。「農地保有合理化事業と集落営農の組織化がうまく結びつき始めています」という。
◆最後の受け手としてのJA出資法人
JAによる農地利用集積事業の実績は、平成22度までで合計483.6haとなった。22年度だけで55haの農地委託希望があった。管内の水田面積に占める比率は約15%までになっている。農地委託を希望する農家は年に100戸程度だという。
それだけのペースで離農が進んできたことになるが、かりにこの事業がなかったかとすれば、かなりの耕作放棄地が発生したとも想定される。
こうした増える委託希望農地に対応するために平成16年にJAが60%出資した生産法人、有限会社「アグリほくおう」を立ち上げた。 先に触れた受託部会には同社も加入しており、委託希望農地の配分については[1]委託希望農地に隣接した農地を持つ担い手や集落営農、[2]隣接した集落の担い手、が優先順位となっているが、それでも受け手を確保できない場合は「アグリほくおう」が引き受ける。つまり、「最後の受け手」である。同社設立によって農家から委託希望があるすべての農地を引き受け、耕作放棄地化を防ぐことにもつながっている。
現在、役員2名、正社員4名、臨時、パート職員がそれぞれ1名の計8名がそれぞれの仕事に従事している。
21年度は、米と転作大豆などの生産・販売事業約40ha、水稲作業受託事業約676ha、大豆作業受託約515haなどとなっている。そのほか、JAが加工事業として力を入れている比内鶏事業にも携わっておりヒナ供給約5万1000羽、肉鶏供給約7700羽の実績も上げている。
同社は農地の最後の受け手ではあるが、その経営を成り立たせるためにJAの加工事業である比内地鶏(JAの販売実績約7億円、21年度)の飼育も取り入れ、通年雇用の確保とともに、委託農地の耕種部門を支える経営基盤としている。
また、作業受託部門については、JAが所有していた機械銀行で備えていた装備を活用したほか、それまで機械銀行が担っていた転作団地の作業用部分も引き受けて事業を立ち上げるという工夫もあった。
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上:(有)アグリほくおう 大野重夫代表取締役
下:(有)アグリほくおう 佐藤英二取締役参事
◆全集落の支え手として
ただし、耕種部門を、生産販売事業、作業受託事業などと計画的に区分けして事業を展開しているわけではない。
JA職員で法人立ち上げとともに役員に就任した大野重夫代表取締役は「地域の希望に応じてすべての集落で何らかの作業をして関わっているのが実態です。それが私たちに求められていることでもありますから」と話す。大豆、そばの刈り取り作業だけで250haにもなる。その際はオペレーターとして集落の農家も雇用する役割も果たす。
社員4名の年齢は20〜30歳代と若い。就農の場の確保とともに、これまでに1名が独立しており農業者育成の機能も果たしてきた。
最近では集落営農組織からも作業受託等の依頼を引き受けるなど、集落の水田農業の維持のため多様な連携が経営実績に反映されている。しかし、管内の全集落の作業を受託しているため、移動における作業効率は悪く「時期によってはほ場への移動だけで事務所から1時間かかることもある」という。そのほか飼料価格高騰で経営基盤を支える比内地鶏事業が厳しい状況にあるという課題もある。
ただ、同法人への期待は高い。同JAの疋田俊一郎代表理事組合長も「地域の農地を荒らさない役割がアグリほくおうに期待されている」と話す。
白紙委任方式による農地保有合理化事業と受け手組織の受託部会の設立、そして全地区での集落営農の組織化とJA出資法人の立ち上げ、といった重層的なJAあきた北央の実践。それが農地の出し手に安心と信頼を生み、次代の担い手づくりに着実につながっているようだ。
「受け手の仕組みづくりも重要」
東京大学院・安藤光義准教授の話
農地の集約化・団地化を図るため、出し手は白紙委任とする一方、出てきた農地の行き場に困らないよう受託部会を整備し、集落営農も組織して十分なバックアップ体制を整えている点を高く評価したい――。今は農地を吐き出させることばかりに関心が高まっているが、受け手を組織化しつつ、農地の利用調整を図るJAの組織づくりも重要だ。
白紙委任の意義は、これまでの人間関係優先の貸し借りから脱却し、効率重視に舵を切ったこと。長期的にはこれが農地を守り担い手をつくることにつながる。JAはこの点を組合員に周知徹底したというが、その結果、危機意識が地域で共有されたのではないか。
さらに注目したいのは小作料の10段階設定。ここまで細かく区分したのは、農地を巡る競争がまだある状況の下では農地条件によって小作料に適正な差をつける必要があったからだろう。こうしたきめ細かな小作料の設定は地域にとって公正な指標であり、共倒れ的な競争を防止する意味合いがある。JAが小作料をコントロールするのは大変なことだが、標準小作料制度がなくなった今、透明性のある小作料水準が示されることに対する大規模農家のニーズは高まっている。ここでJAの地域での信用力が発揮されるのが望ましい。
JA出資法人の取り組みのポイントは比内地鶏振興のためのヒナの供給だ。地域振興の視点から、農地の受け手にとどまらず、地域の所得が増えるよう積極的な取り組みを展開している。JA出資法人が地域農業戦略を策定すると同時に実践部隊のもなっている。
また、法人から若い担い手が独立しており、新規就農者を育てる役割も果たしている。農地の受け手として地域の農地を守りながら、新たな担い手を創出していくこともJA出資法人に期待されている役割である。