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原発事故を考える

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【原発事故を考える 】第4回 放射能汚染にどう対応するか  小山良太 福島大学経済経営学類・准教授

・正確な実態の調査なしに効果的な復旧・復興計画は立てられない
・農地1枚ごとに汚染状況は異なっている
・最大の矛盾は正確な汚染状況が分らないこと

 東京電力福島第一原発事故が発生して早くも1年が経った。しかし、いまだに放射性物質による汚染状況を正確に知ることができない。今年の農作業が始まる春はもうそこまで来ているのにだ。この放射能汚染に私たちはどう対応したらよいのだろうか。チェルノブイリ事故の現場であるベラルーシやウクライナでの調査にも参加し、詳細な汚染マップに基づいた対策が必要だと説く小山良太准教授に執筆していただいた。

正確な実態の調査なしに
効果的な復旧・復興計画は立てられない


◆初期対策をしない国
    「水俣病」を繰り返すのか?

小山良太 福島大学経済経営学類・准教授 2012年2月、東日本大震災・東電福島第一原発事故から11カ月が経ってようやく復興庁が設置された。福島県にはいわき市、相馬市に福島復興局が設置され、震災と原子力災害を同時に措置することが目指されている。
 しかし、その規模は宮城県・岩手県と同様の30名体制であり、原子力災害という見通しの立たない、長期間継続する課題を区分することなく、東日本大震災という枠組みの中で処理するという点にこの問題の根深さがある。
 原子力災害に関しては、政府としての体系立てた対応方針がない。各自治体が有効な資料もデータの提供もない中、暗中模索しながら復興計画策定を進めるという丸投げ状態が続いている。国は初期対応をしない、そのことが後の損害を拡大させていくという水俣病の経験と同様の過程が再度行われようとしている。
 放射能汚染の広がりを測定する詳細な汚染マップなしで効果的な除染が進められるであろうか。
 汚染状況の把握なしで、食の安全検査体制は構築できるだろうか。
 体系立てた健康調査なしで生活設計ができるであろうか、住民の安心無くして復興計画の策定や実践が可能であろうか。
 原子力災害の本質は、取るべき対策を取らず放射性物質をまき散らした電力事業者とその監督責任機関に第一義の責任がある。その後の有効な対策を措置せず現状の損害調査、汚染状況の確認を行わない政府にも大きな責任がある。
 風評被害の広がりは事故後の対応でかなりの部分は克服できた。少なくとも拡大は防げたものと思われる。放射能汚染の損害調査を詳細に行っていれば、稲わら、牛肉、米、コンクリートの問題は事前に防ぐことが可能であった。現地では事前に指摘されていた問題なのである。

 

農地の汚染と検査体制

農地1枚ごとに汚染状況は異なっている


◆サンプル調査という検査体制が問題

 福島県では、2011年10月に米の安全宣言を出した後に暫定規制値500ベクレル/kgを超える米の検出が相次ぐという問題が発生した。これは安全と安心を考える上では最悪の事象である。
 この結果、規制値超えの米が検出される前には全量の契約が決まっていたケースでも、米の出荷が完全に滞ってしまった。規制値よりかなり低い水準であり、ほとんどが検出限界以下であった会津地方でも米の販売は困難になっている。
 農林水産省と福島県による米の放射性物質緊急調査では500ベクレル/kgを超えるものは全体の0.3%、新基準値となる100ベクレル/kgを超えるものは全体の2.3%に過ぎない。にもかかわらず、全ての福島県産米の流通がストップしてしまっている。
 これは検査体制の問題であると言わざるを得ない。原子力災害初年度の検査の方法は、農地に含まれるセシウムが5000ベクレル/kg以下であれば、基本的に自由に作付が可能である。農作物が出来た段階で、サンプル調査を行い、規制値以下であれば出荷可能となり、サンプルが規制値を超えた場合はその産地(最初は市町村、今は旧町村レベル)の出荷が制限される。
 つまり、(1)自由に作って構わない、(2)できたものを測定し出荷の可否を決める、(3)その検査対象は旧市町村から1検体程度のサンプル調査である、という検査体制を組んできた。ここに大きな問題がある。


◆詳細な汚染状況の把握から始まる

 放射性物質の拡散・汚染状況は、大きく分散していることが判明してきている。これはチェルノブイリ事故の調査からも既に判明している結果であり、福島の対策においても当初から想定すべき課題であった。農地1枚ごと、圃場ごとに放射性物質の汚染度は異なっている。サンプル調査における検体の選定は、無作為抽出である。
 サンプリング検査の結果を全体の中で意味を持たせるためには、農地に含まれる放射性物質が正規分布していることが前提である。しかし、汚染状況は平均的ではなく、分散している。実際の汚染マップをみるとモザイク状の汚染状況となっているのである。
 このような状況から現行の検査体制には検査漏れの農産物が流通してしまうという構造的な欠陥が指摘できる。検査機械が限られている現状では、出荷前の本検査はサンプル検査にならざるを得ない。今後は、サンプルの精度を上げる取り組みが必要である。
 それには、ベラルーシ共和国が実践している放射能汚染対策と同様に詳細な汚染マップを作成し、生産段階でのゾーニングを前提に、高濃度地区、中濃度地区、低濃度地区に分け、汚染度に合わせたサンプル選定を行うことで、サンプル調査の精度が上げる必要がある。ここでも汚染の現状を把握することの重要性が良くわかると思う。

 

 

福島県における地域の現状と矛盾の構図

最大の矛盾は正確な汚染状況が分らないこと


◆放射性物質の広がりに境界はない

 福島県内には様々な研究機関や企業が入り込み、調査研究や技術開発を行っている。
 主なものは除染技術であり、開発した技術が国や自治体に選定されれば、大きな除染ビジネスとなる。
 2012年度の除染に関わる国の予算は約4536億円(環境省が一括して要求)であり、内閣府計上分も含めると2011〜13年の3カ年で1兆1482億円の規模となる。
 除染技術そのものにも問題はあるが、最大の問題は各機関・地域がバラバラに技術開発・検討を行い、除染計画も各自治体に任されている点である。放射性物質の広がりは、自治体を跨いでいる。行政区分は関係ないのである。その意味で、福島県という区分を強調することにも意味はない。栃木県、茨城県、宮城県などにも「ホットエリア」は存在する。


◆急がれる研究拠点の設置と情報の一元化

 今必要なのは、様々な技術情報を共有し、その情報をデータベース化するといった総合的な研究・情報センター機能の設置である。各大学・機関・企業がそれぞれ競争しながら技術開発を行うといった「ビジネス」モデルではなく、災害復興のための研究体制の構築こそが求められている。
 放射能汚染地域のニーズはこの一点に尽きる。既に原発事故から1年が経とうとしているが、研究拠点の設置や情報の一元化については具体的な動きはない。復興庁及び福島復興局に求められる役割のうち、最も必要な機能はこれであろう。
 ではなぜ福島県からもっと声を上げないのか不思議に思われるかもしれない。実は、ここに現地の抱える矛盾の構図がある。


◆福島が抱える最大の問題は何か?

 福島では観光客の誘致、福島県農産物の販売促進、福島応援イベントなど「安全性」を前面に打ち出し、復旧・復興に向けた取り組みを盛んに行っている。つまり、「福島に来てください。福島のものを食べてください」は「福島の放射能汚染度合いは危険なレベルではない」ということが前提になる。
 それは「原子力災害の損害はそんなに大きくない」に繋がり、損害を過小評価する方向に向かう。一方で、現実に自主避難者は増えており、地域経済・産業の停滞など実害は大きい。それを政府や東電にどのように要求するのか。国からすれば、自ら安全宣言を出しているのに、なぜ本格的な除染が必要なのか、確かに迷惑はかけているから迷惑料分は措置するというロジックに繋がるのである。
イメージ:昨年、出荷停止されたキャベツ畑 現地を責めることは出来ない。なぜなら早く復旧したい、元通りの生活をしたいという欲求は、もし原子力災害にあったとしたら他の地域でも同様に発生するものだと考えられる。
 問題は、早期の復旧を望む声が損害を過小評価することに繋がり、それは加害者側の利益と一致してしまうという構図にある。現状分析、実態把握なしに安全性を打ち出すと真の損害が分からない。そのため効果的な復旧・復興計画が立てられないし、実践もできない。本来、安全であるかどうかは、現状分析とそれに基づく正確な情報を基に議論しなけなければ言及できないのである。
 セシウムについてはある程度の情報公開(2kmメッシュの汚染マップなど)がなされているが、プルトニウム、ストロンチウムに関しては、可視化された汚染の拡散状況が公開されておらず、体系立てた検査・モニタリング体制が確立していない。
 国の政策は、この実態把握の段階を飛ばして、唐突に100mSv/年以下は安全だとか、20mSvまでは許容せよといったことを押し付けてくる。科学的な根拠の問題の前に社会的に受け入れることが出来る基準なのかが問題なのである。
 安全宣言を出したいという気持ちと実際の汚染状況がわからないという不安、これが現地の抱える最大の矛盾であるといえる。


(写真はイメージ:昨年、出荷停止されたキャベツ畑)

(2012.03.26)