シリーズ

米先物取引、問題点を考える

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農業経営の安定に求められていることは?

・米はなくても「売り」ができる
・非当業者が7、8割
・少ない資金で利益狙う?
・損失回避が米価下落に

 先物取引は、あらかじめ決めた価格で販売することができるので、将来、現物価格が値下がりしてもその損失を回避することができる、いわば価格変動リスクに対する保険の役割を果たす、だから農業経営の安定に寄与する......と説明されている。 では、本当にそうなのか、ここで改めて先物取引の仕組みを整理しておきたい。

◆米はなくても「売り」ができる

 先物取引は、あらかじめ決めた価格で販売することができるので、将来、現物価格が値下がりしてもその損失を回避することができる、いわば価格変動リスクに対する保険の役割を果たす、だから農業経営の安定に寄与する……と説明されている。 では、本当にそうなのか、ここで改めて先物取引の仕組みを整理しておきたい。

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 先物取引が行われるのは商品取引所という「場所」である。今回、米先物取引の試験上場が認可されたのは東京穀物商品取引所と関西商品取引所の2か所である。
 そのうえで取引の対象とする商品は認可された取引所が決める。これが標準品取引といわれるもので、東穀は「関東コシヒカリ」、関西は「北陸コシヒカリ」とされた。関東コシヒカリは茨城、千葉、栃木、北陸コシヒカリは石川、福井のそれぞれコシヒカリを指定してはいるが、関東コシ、北陸コシとはいうまでもなく現実にある産地銘柄ではない。標準品取引とはあくまで観念的な取引である。
 先物取引はこの標準品について、1か月先から6か月先までの各月を取引期限として、取引参加者が売り買いを行って価格を決める。
 そして契約期限が来たら決済をすることになるが、決済の方法には(1)現物受渡決済と(2)差金決済(差額決済)がある。
 このうち差金決済とは、「売り」契約をした場合は「買い」注文をし、「買い」契約であれば「売り」注文をし、この取引が成立したときの価格差を利益として受け取るか、損失として支払って決済を終了させるというものだ。
 これは「反対売買」と言われ、この売買によって最初の「売り契約」に基づく「現物を渡す義務」と、その後の「買い契約」による「現物を受け取る権利」とが相殺されて取引を終わらせることができるというルールである。
 しかもこの差金決済は契約期限が来る前ならいつでも行うことができる。すなわち、米を持っていなくても先物取引では、お金(証拠金)さえあれば、「売る」ことができるということになる。
 ただし、この仕組みがあるために生産者や卸業者といった当業者(当該商品取扱業者)だけなく、投資家を含めた多くの市場参加者が取引に参加できるようになり、大量の取引と効率的な価格形成が行われ、これを利用すれば生産者にとっても価格変動のリスク回避ができる、というのが商品取引所の説明だ。


◆非当業者が7、8割

 しかし、このシリーズの第2回では、日本の商品先物取引市場はそもそも当業者の割合が非常に少なく、投機目的の個人投資家が圧倒的に多く9割を占めると言われていることを指摘した。ちなみに米国のシカゴ商品取引所のトウモロコシや大豆の場合は当業者が4割程度で、ロンドン金属取引所は当業者・機関投資家が9割以上を占めることも紹介した。
 では、今回の米先物取引の試験上場では参加者はどんな構成になっているのだろうか。
 農林水産省が昨年12月に公表した「米先物取引の試験上場に関するシーズンレポート」によれば、昨年11月30日現在、東穀では非当業者が86.9%、関西では74.3%を占めている。
 そして現物を持たない非当業者が大多数を占めるということは、差金決済が圧倒的であり現物受渡決済はほんのわずかということが想定されるが、事実、これまでの試験上場で現物受渡されたのは11月に決済日を迎えた11月限のうち、東穀で108t(玄米)、関西が42t(同)である。11月限の出来高のうち東穀では7%、関西では0.2%に過ぎない。
 やはり当初から想定されていたように先物取引の市場参加者は、相場の乱高下を利用して利益を追求するスペキュレーション取引を目的とする参加者が多くを占めているといえるのではないか。
 商品取引所などが出している先物取引についての解説パンフレットには「値上がり益を狙うなら買って売るべし。値下がり益を狙うなら売って買うべし」などと心得を記している。


◆少ない資金で利益狙う?

 この心得は具体的には米の価格が値上がりしそうだと予測した場合は、「買い」注文を入れるべし、というアドバイスだ。たとえば60kg1万4000円で買い契約が成立したとし、その後、予想どおり1万5000円に先物相場が値上がりしたとすれば、その時点で先に触れた反対売買(転売)で契約が成立すれば「安く買って、高く売る」の原則どおり、差額の1000円が利益となる差金決済で取引を終えることができる。
 逆に価格が値下がりすると予想した場合は「売り」から取引に参加して、予想どおり値下がりした場合は、「買い」注文を出して売り契約の時の価格(たとえば60kg1万5000円)よりも安く(たとえば同1万4000円)買い戻せばその差額(同1000円)が利益となる……。「安く買って高く売る。高く売って安く買う」が先物取引の基本、と説明されている。
 つまり、投機家は米という現物を手に入れて利益を得ようと思っているわけではなく、まさに相場の変動から利益を確保しようという行動を取るだけであり、商品取引所も先に触れたアドバイスをみればそのような市場参加者を呼び込もうとしているといえる。
 もちろん市場に参加するためには前述のように証拠金が必要になるが、今回の試験上場で東穀は1枚(100俵=6t)の取引で証拠金を最低6万円とした。100俵の米の取引を行うのにたったの6万円で済むということだが、先物取引では手持ち資金より大きな取引ができるということである。 まさに少ない資金であってもここに解説したような相場展開となれば利益を得られるということだが、ただし、最初に取引が成立した時点での価格と、その取引の期間中(11月限なら11月の納会日まで)に変動する先物相場との間に損失が発生した場合は、日々、証拠金から精算することになっている。したがって、相場の動向によっては最初に商品取引所に預託した証拠金に追加した追証拠金が求められる可能性もある。この点は当業者、非当業者に関わらず参加者に共通するリスクであるといえる。


◆損失回避が米価下落に

 さらに市場参加者に投機家が多いとなると、決まった期日に取引を決済しなければならないという先物取引のルール自体が相場に悪影響を与えかねない。
 たとえば、相場の値上がりを見込んで「買い」から入った市場参加者にとって、想定したほどには価格が上昇せず、しかも一方では約束の取引期限が迫ってくれば、100俵もの米をその時点で買い取ることになる、という現実にも直面する。しかし実際はそもそも現物受渡で買い取るつもりはないのだから、損失は出ても仕方がない、とにかく反対売買で取引を終わらせてしまおう、という行動に出ないか。つまり、こうした市場参加者は取引決済期日が近づくにつれ現物(=米)の引き取りを恐れ「安くてもいいから反対売買をして取引をおしまいにしよう」という心理になるだろう。しかし、そんな思惑で形成された先物価格が指標となって、現物価格の下落を招きかねないのではないかと懸念される。
 あるいは「安く買って高く売る」ことで利益を得ようと考える投機的な市場参加者が多い取引に対して、そもそも生産費をふまえこれだけの価格で販売し収益を確保したい、と考える生産者の望みどおりの売り契約が成立するかどうか。希望する価格よりも値下げしなければ取引が成立しないことも十分あり得る。先物取引には価格変動のリスクヘッジ機能があるというが、価格の乱高下を利用して利益を得ようとする市場参加者が多数いる世界が、再生産可能な価格の実現など農業経営の安定に役立つのか改めて考える必要がある。

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現物受渡しが行われた東京穀物商品取引所の指定倉庫 農産物の先物取引の先進国とされる米国でも、生産者に対しては、最低価格をサポートする融資制度(ローン・レート)があるほか、近年では価格変動による所得損失を補う制度が導入されている。市場に無防備に放り出され自己責任で経営リスクを負えということにはなっていない。
 このシリーズでも繰り返し強調してきたのは米については価格と需給安定のため計画生産の徹底に努力しており、実際、現在の戸別所得補償制度は国による生産数量目標にしたがった生産者にメリット措置を講じるかたちで、これを誘導する仕組みになっていることである。農業経営の安定のために今何が求められているのか問い直す必要がある。


(写真)
現物受渡しが行われた東京穀物商品取引所の指定倉庫

           第5回

(2012.01.26)