水稲の種子伝染性病害
水稲には糸状菌によるいもち病、ごま葉枯病、ばか苗病や、細菌による褐条病、もみ枯細菌病、苗立枯細菌病およびシンガレセンチュウ病などの種子伝染性の病害がある。これらの病害虫を防除し、育苗期や本田での発病を抑えるためにも種子消毒が重要である。
[1]いもち病
いもち病菌は、籾の護頴、内外頴、時には玄米にまで侵入し、出芽後に感染し苗いもちが発生する。これは、本田での発生時期を早め、多発生を招く。種子消毒を行うことにより、本田での発生時期を遅くすることができ、かつ、発病程度も低く抑えることができる。
[2]ごま葉枯病
ごま葉枯病菌は、いもち病と同様に籾の内外頴や玄米表面に菌糸や分生子で存在している。育苗期の葉では黒褐色の条斑が生じ、葉がねじれる。苗が褐変する「苗焼け」が生じることもある。
[3]ばか苗病
ばか苗病菌は、内外頴の内と外、玄米の果皮、種皮、糊粉層に菌糸で存在している。病原菌は、浸種、催芽中に健全籾に付着したり、罹病苗の基部や籾にかびが生えて拡がる。
本病に感染すると苗は黄化・徒長する。罹病株、汚染株を本田に移植すると、本田でも本病が発生するが、その後枯死する。枯死した罹病株上に形成された分生子は、出穂後の籾に付着・侵入し、玄米を侵害する。この籾が次年度の感染源となる。
(写真)ばか苗病発病苗
[4]褐条病
本病原菌は種子での存在部位は明らかにされていないが、内外頴の内側や玄米の外側に存在するものと考えられる。本病は苗以外では病徴を示さないため、外観で籾の保菌を見分けることはできない。本病は、育苗箱内に比較的均一に分散して発生し、また、上位葉での発病が少ないため、苗を掻き分けて見ないと発病を見落とすことが多い。
(写真)褐条病発病苗
[5]もみ枯細菌病
本病原細菌は籾内部の鱗皮表面、頴の内部表皮表面で多く、玄米では表面に多い。本病原菌は、浸種、催芽、出芽、緑化期のどの時期でも保菌種子から健全種子へ伝染が起き、苗腐敗が発生する。
本病は、本田では籾枯れ症を発生させるので、本田での発病が見られたほ場からは採種をしない。
(写真)もみ枯細菌病
[6]苗立枯細菌病
本病原菌は籾の内外頴の下表皮直下の柔組織の細胞間隙に存在する。本病原菌は、催芽時以降に急増し、健全籾に感染し蔓延する。
本病も褐条病と同様に、苗以外では病徴を示さないため、外観で籾の保菌を見分けることはできない。
(写真)苗立枯細菌病発病苗
[7]シンガレセンチュウ病
本病原線虫は、内外頴の内壁に付着しており、玄米表面や種籾表面からは検出されない。外観で籾の保虫を判別することは不可能である。ただし、前年のほ場での線虫寄生密度が高く、かつ黒点米の含有比率が高い場合は、籾を水に浸すと内部の玄米の黒変状況を外から窺うことができる。
◆塩水選で重度感染種籾を除去
以上の種子伝染性病害に重度に感染している籾は比重が軽いので、種子消毒を行う前に、必ず比重1.13で塩水選を実施し、重度に感染した種籾を除去する必要がある。
種子消毒のポイント
種子消毒には、化学農薬による化学的防除法、温湯による物理的防除法、生物農薬による生物的防除法がある。
[1]化学農薬による種子消毒
化学農薬による種子消毒を行う場合は、地域における薬剤耐性菌の発生状況を勘案する必要がある。これまでに、カスミン剤およびスターナ剤に耐性を持つもみ枯細菌病菌と褐条病菌の存在が確認されている。
ベンレート剤やホーマイ剤に耐性を持つばか苗病菌も確認されている。これらの耐性菌が発生している地域では、これら以外の剤での種子消毒が必要となる。
また、化学農薬を用いた低濃度浸漬消毒を行う場合は、浴比を1:1(薬液:種籾、容量比)以上の薬液に浸漬し、液温を10℃以上に保つ必要がある。液量が少ない場合や、温度が低い場合は消毒の効果が落ちるので、浴比と温度は厳守する。高濃度浸漬処理や、粉衣処理の場合は、浸種中に薬剤の効果が生じるので、急激な水の交換を避けることが重要である。
[2]温湯による種子消毒
近年、温湯による種子消毒が急激に増加してきた。温湯による種子消毒を行う場合はいくつかの注意点を守る必要がある。
○古い種籾や割籾率が高い品種、モチ品種などは、温度の影響を受けやすく、発芽率が低下しやすいので、温湯消毒は行わない。
○種籾の水分が高いと高温の影響を受けやすく、発芽率の低下を招くので、水分が15%以下の種籾を用いる。
○種籾の量が多いと温度が速やかに上昇せず効果不足のため、病害の発生が懸念されるので、種籾の量は機種に合った量を守り、決してそれ以上は入れない。
○処理温度が高いと発芽率が低下し、低いと効果不足になるため、60℃10分(地域により若干異なる)を厳守する。
○処理後、直ちに温度を低下させないと種袋の中央で高温状態が続き、発芽率の低下を招くので、消毒終了後は直ちに流水中で冷却する。
[3]生物農薬による種子消毒
水稲に登録のある生物農薬(殺菌剤)は、トリコデルマ・アトロビリデ(エコホープ)、タラロマイセス・フラバス(タフブロック、モミキーパー)およびバチルス・シンプレクス(モミホープ)の3菌である。
この中で、褐条病に登録があるのはエコホープDJとタフブロックの2剤だけである。また、モミホープはもみ枯細菌病と苗立枯細菌病にのみ登録がある。
これらの生物農薬は、病原菌と競合することによって相手の増殖を抑える効果がある。そのため、剤の微生物が増殖するのに適した環境を整える必要がある。
具体的には、催芽や出芽時は必ず加温し、微生物の増殖を助ける。時に、微生物農薬を用いながら無加温で育苗する事例が見られるが、微生物が十分に増殖せず病気が発病してしまうので、必ず加温を行う。
環境にやさしい種子消毒の留意点
温湯消毒や生物農薬など、環境に優しい防除法が急激に増加する中、これらの防除法は病原菌による汚染程度の高い種子では十分な効果が得られない。
特に、ばか苗病や褐条病に対しては効果が劣る場合があるので、ばか苗病では温湯消毒と生物農薬の併用、褐条病では食酢液中での催芽を行うことにより、効果不足を補う必要がある。
おわりに
健苗を育成するには、充実の良い病害のない種籾を使用するのが基本である。
しかし、自然界で生産された種籾には、様々な病原菌が付着している。このため、種子消毒は省略することのできない重要な作業である。種子消毒をしっかり行い、健苗を育成し、秋の実りが得られるよう指導願いたい。