これからが水稲の病害に快適な季節
しっかりと防除を組み立てよう
水稲本田に発生する病害
◆蒸し蒸しが大好きないもち病の胞子
水田に発生する病害で最も大きな被害を発生させるのは、いもち病である。
糸状菌(かび)が引き起こす病害で、25℃〜28℃の温度を好み、しとしと雨が長時間続くときに多く発生する。これは、稲の表面に付着したいもち病の胞子(病原菌の種みたいなもの)は、水滴があれば発芽して稲に侵入するが、水滴が無ければほとんど発芽しないためである。それに、この病害は、病斑に大量の胞子を作り、それを飛散させて蔓延していくのだが、胞子が飛散するのにも90%以上の高湿度が必要だ。つまり、蒸し蒸しの状態が大好きな病害なのである。
この性格は、この病害の防除を考えるとき十分に考慮しなければならない点である。
(写真)
左:いもち病(「ずりこみ」症状)
右:いもち病(葉いもち(左)と穂いもち)
◆いつ発生してもイネに被害を起こす
この病害は、稲の生育期間を通じて発生し、その発生する場所によって、「苗いもち」とか、「葉いもち」とか、「穂いもち」などと呼び分けられている。
被害はどの段階も大きい。苗いもちの場合、初期生育が悪くなって収量が減ったり、葉いもちの伝染源になって病害の蔓延の原因となったりする。
葉いもちの場合、たくさんの病斑に葉がやられて生育が抑制され、ひどい場合は新しい葉も出すくみ状態となり、いわゆる“ずりこみ”状態となる。この状態になると、もはや収穫も望めなくなる。
穂いもちの場合、穂首や籾に病斑ができるが、穂首に病斑ができると、首から先の穂に栄養が届かなくなり、籾が入らない白穂になるし、籾に病斑ができると稔実不良となったり、着色米の原因ともなる。
つまり、いつ発生しても何らかの被害を起こす厄介な病害である。
(写真)
左:紋枯病(上位進展した罹病株)
右:紋枯病(初期症状)
◆水際の茎葉部に雲形の病斑をつくる紋枯病
いもち病の次に問題となるのが「紋枯病」である。この病害も糸状菌(かび)が起こすが、いもち病とは違う種類のかびである。
イネの水際の茎葉部に、雲形で中央が灰白色の病斑をつくり、それから、だんだんと上位に病斑が伸びていき、止葉まで達することがある。そこまで行くと、減収の被害が出る。
また、念実が悪くなったり、茎葉が病斑によって弱まって倒伏しやすくなるので、コシヒカリなど背の高い品種は要注意である。
この病害は、菌核と呼ばれるゴキブリの糞みたいな形状をしたものが、田面水の上を浮遊し、稲株の水際に付着して、発芽・侵入して起きる。
株間の湿度が高いと発病が多くなるので、茎数が多い品種はもちろん、窒素過多による過繁茂などは、発病が多くなる要因となるので注意したい。
なお、紋枯病によく似た症状を示す「擬似紋枯症」(褐色紋枯病、赤色菌核病、褐色菌核病の3種)も発生するが、病斑で区別するのはとても難しい。
しかし、発生時期が紋枯病より遅い時期から発生し、被害も紋枯病よりずっと小さいので、紋枯病の防除がしっかりできていれば問題になることはない。
◆籾の品質を悪くする「稲こうじ病」
その他、近年発生が多くなっている病害に「稲こうじ病」がある。
乳熟期を過ぎたころから籾がふくらみ、ねずみの糞状に見える濃い緑色の塊ができる病害である。
籾の品質を悪くしたり、不念籾の増加、籾重の減少が起こる。豊作の年によく発生していたので豊年病と呼ばれてきたが、豊作以外でも発生しており、近年ではあまり呼ばれなくなっている。
以上、主な病害を紹介したが、これらの他、かびが起こす「ごま葉枯病」、細菌が引き起こす「白葉枯病」、「もみ枯細菌病」などがあるが、気候や地域によって発生状況が一概ではなく、ここでは説明を省くのでご容赦願いたい。
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予防が最も効率良い防除
近年は気候変動が激しく、病害の発生も年次変動が大きいので、発生に応じた適切な防除が難しくなっている。加えて、特別栽培米の作付面積が増加してきており、農薬の使用回数が制限される場合が多くなっているため、使用回数が少なく、効果の上がる防除対策が望まれている。これらを実現する防除対策について具体的に考えてみよう。
(写真)
左から赤色菌核病、褐色紋枯病、褐色菌核病
◆発病していなくても感染している可能性も
最も効率的な防除は何かと問うた時、「病害が発生した時に必要な農薬を必要な量だけ散布することだ」という意見もある。
また、防除暦で決まりどおり農薬を使うのは大変効率が悪く、出もしない病害に防除に農薬を使うのはナンセンスだという意見もある。本当にそうだろうか?
一般的には病斑が見つかった時に病害が発生したと判断されるが、病害には、感染してから発病するまで症状が出ない期間(潜伏期間)があるので、目の前の病斑以外にも、発病はしていないがすでに感染しているものがある可能性が高い。
つまり、病気が見つかった時に見つかった部分だけ防除してしまった場合、実は隠れた病害を取りこぼしてしまうこともありうるということだ。
そのため、潜伏していた病害が病斑として出現した時、再び農薬を撒かなければならなくなる。農薬の使用回数は圃場に対してカウントされるので、このような防除を行っていれば、農薬の使用回数はあっという間に回数上限に達してしまうだろう。
(写真)
上:稲こうじ病
下:もみ枯病(圃場の発病状況)
◆病害が飛んでくる前に効果が持続する農薬を
また、すでに発病している病害を防除するには、イネの体内まで浸透していって中にいる病原菌を撲滅できる能力のある農薬でないと防除は難しいが、そのような能力を持つ農薬の数は、実は少なく、また繰り返し使っていると耐性菌が発生する恐れがあるために使用回数が制限されていることも多い。
このため、現実には稲体内への浸透力のある農薬を使い続けることは不可能である。
もちろん、イネの表面を保護する、いわゆる保護剤を使うことによっても新たな感染を防ぐことはできるが、既に潜伏している病害には効果がないため、防ぎきることができない場合もあり、効果を持続させるためには、繰り返し散布しなければならないことも多い。
ということは、病害が飛んで来る前に、長期に効果が持続する農薬を使用することが、一番少ない回数で、安定した防除が得られる防除法だといえるのではないか。もちろん、地域単位で全く出ない病害には防除の必要はないが、地域で毎年発生する病害に対しては、長期に持続する農薬で、確実に防除する方が得策だといえる。
(写真)
もみ枯病(籾、葉、および節の病徴)
育苗箱処理剤を防除の中心に
◆穂いもち防除を1回省略できることも
長期に効果が持続する農薬の代表は、長期持続型の有効成分を含む育苗箱処理剤であろう。
その有効成分とは、いもち病防除剤では、ストロビルリン系のオリサストロビン(商品名:嵐)、抵抗性誘導剤のプロベナゾール(商品名:Dr.オリゼ等)、イソチアニル(商品名:ルーチン、スタウト、ツインターボ等)がある。
これらは、育苗箱に処理することで長期に効果が持続し、いもち病の発生状況によっては、穂いもち防除を1回省略できることもあるほどの持続期間を誇る。
いずれも、苗から葉いもちの時期を十分にカバーできるため、病害の発生密度を低く抑えるため、いもち病の蔓延を抑えることができる。
(写真)
上:白葉枯病
下:心枯線虫病(葉一面にゴマ粒状の病斑)
◆いもち病と紋枯病の両方に効果ある剤も
このうち、オリサストロビンは、1成分でもう一つの重要病害である紋枯病も防除することができるので、いもち病と紋枯病の両方に悩まされている産地であれば、オリサストロビンを選択すると効率的な防除ができる。
また、プロベナゾールやイソチアニルは、抵抗誘導型で、耐性菌の発生する恐れがなく、細菌病にも効果があるため、細菌病が発生するような地域であれば、これらの剤を選ぶと効率的である。
このように、育苗箱処理剤を中心にすえれば、少ない防除回数で安定した防除効果を得ることができやすいので、お勧めできる方法だ。
ただし、最近の育苗箱処理剤は、殺虫剤との混合剤を使用するのが一般的なので、農薬の具体的な選び方は次回殺虫剤編でご紹介する。
(写真)
上:心枯線虫病(黒褐色の病斑)
下:白葉枯病(葉の病斑)