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対談シリーズ 加藤一郎と、その素晴らしき仲間たち

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【対談】21世紀は植物の時代  古在豊樹 NPO植物工場研究会理事長(前千葉大学学長)・加藤一郎 ジュリス・キャタリスト代表

・専門家の科学から市民の科学へ
・「育む」こと「引き出す」ことが共通のテーマに
・中国でも不足する良質な薬用植物
・野生植物は一斉には発芽しない
・「領域横断型」人間が次の社会をリードする
・21世紀は植物を循環利用する時代

 古在豊樹名誉教授は、農業環境工学などさまざまな分野について「園芸生産に役立つ研究を専門分野に拘らずに」研究され、多くの研究成果をあげてこられた。最近は、薬用植物の研究や植物工場の研究でその先頭にたたれている。加藤一郎氏も最近、富山市の環境未来都市構想での"薬都の復活"を目指し薬用植物の事業化に関わっておられる。お二人の共通の話題である薬用植物から縦割り社会の弊害、これからの農業などについて、学問の縦割りを廃した千葉大学の「柏の葉キャンバス」で話し合っていただいた。

生産を楽しみながら豊かな時間を過ごす社会に


◆専門家の科学から市民の科学へ

 加藤 日本の社会は、行政も学問も企業組織も効率化・専門化の視点から「縦割り」社会が進みましたが、その弊害がいろいろな面ででています。そんなときに教授が千葉大学の園芸学部長あるいは学長として「柏の葉キャンバス」を、園芸学部だけではなく、医学部、薬学部、教育学部、工学部等の学問の縦割りを廃して「環境健康フィールド科学センター」の設置と運営に貢献してきました。この発想はどうして生まれたのですか。
古在豊樹 NPO植物工場研究会理事長(前千葉大学学長) 古在 二つの側面があります。一つは、私は、現実の問題解決のために専門分野にあまりとらわれずにさまざまな研究をしてきましたが、そのたびにそれぞれの専門研究者から「それは俺の領分だ」といわれることがあり、縦割りでは伸び伸びと研究ができないということを感じていました。
 一方では、このセンターの構想は私が園芸学部長のときにでてきたのですが、大学の法人化にともなって、特徴ある研究をずることが求められる状況だったこと。そして「つくばEXPRESS」新線の開通で、千葉大学の園芸学部付属農場が駅前になり、駅周辺の街づくりが始まったので、“地域のまちづくり”に貢献する研究センターにしたいと願ったこと。そのために「領域横断型」で、地元住民から愛され、当事者として街づくりに参加する研究センター所にしたいと初代センター長として考えました。
 その活動の中から、縦割りの「専門家の科学」に対して「市民科学」という構想がでてきました。農学は農業生産に貢献することに一所懸命ですが、一方では家庭園芸も広がってきており、市民のための農学・園芸学はなくてもいいのかという疑問ももっていました。医学部の先生は先端医療の研究を進めているが、患者を医療サービスを必要とする当事者とする「患者学」が必要ではないか。農学とか園芸学も普通の市民が当事者として園芸や農業にどう接したら良いかを示す学問を構築する必要があるのではないか。そういうことをひっくるめて「市民科学」と呼び、この研究センターで構築を試みたいという気持ちがありました。

PROFILE
こざい・とよき  1943年東京都生まれ。1967年千葉大学園芸学部園芸学科卒業。1972年東京大学大学院農学系研究科博士課程修了。その後、オランダ政府奨学生としてオランダに留学。1990年千葉大学園芸学部教授。2002年紫綬褒章受章。2005年千葉大学学長に就任。2008年学長を退任。現在、NPO植物工場研究会理事長。農業環境工学などの専門分野で数多くの業績をあげる。


◆「育む」こと「引き出す」ことが共通のテーマに

加藤一郎 ジュリス・キャタリスト代表 加藤 学部の縦割りを廃すると、例えば薬学部では薬用植物の栽培方法には専門家がいないので、園芸の人が薬用植物を栽培すれば早く良いものができる。
工学部は温室の設計に園芸学部にないノウハウがあり、医学部は園芸療法を研究できるなど、縦割りではできないテーマが学部間連携で実現できるということですね。
 古在 このセンターが設置される前に関係者が集まって、半年間ほど、何を研究するか喧々諤々論議しました。最初のうちはお互いに日本語を話しているとは思えないほど、話が通じませんでした。それでも議論を続けるうちに「育む、育てる」、そして「本来持っている良い資質を引き出す」ことが、教育学、園芸学、医学、看護学、都市計画学などの共通したテーマになるとの合意が得られました。そのことをいろいろな学問分野がまったく異なった用語で話していたわけです。時間がかかりましたが、いまは成果が出始め、領域横断研究その意義が証明されつつあります。


◆中国でも不足する良質な薬用植物

 加藤 古在さんは「日本経済新聞」夕刊のコラム「あすへの話題」で、「薬用植物の未来」として「健康志向と高齢化社会を背景として薬用植物の利用が社会的に増えている。その栽培方法は伝統的であり、園芸植物の一般栽培とは大差がある。伝統医学としての漢方を発展させるためには良質な薬用植物の十分な確保が必須である。それには遺伝的性質の維持と改良を行いつつ最新の栽培法の導入が求められている」と書かれました。薬用植物がいまどういう状況かをお聞かせください。
 古在 日本は漢方薬の原料となる薬用植物の約85%を中国から輸入していますが、それがどんどん足りなくなっています。私は漢方薬が好きで中国に行くと探すわけです。そうすると中国の人が、「市場に出ているものには偽ものがかなりありますよ。良質の本物は市場平均価格の10倍以上するものがあります」といいます。つまり中国でも良質な漢方薬は足りない。良質な薬用植物はこれからも価格が高騰していきます。
 一方、我が国では薬用植物の栽培法を研究する人が少なく、学問的にも発展する可能性が高いので、私たちのグループは10年ほど前から薬用植物の人工光環境下での栽培の研究を始めました。


◆野生植物は一斉には発芽しない

 古在 加藤さんも富山で薬用植物の事業化に取り組みを始めていますね。
 加藤 私は全農を退職した後、ジュリス・キャタリストから縁があって中部通商の顧問に就任し、“薬都富山”の復活を目指して、富山市、富山県行政組織、富山市内の五つのJA、富山県中央会、富山県の大手の製造会社、大手の生薬製造販売会社と「富山市生薬栽培流通研究会」を立ち上げ、その座長を務めております。富山大学、千葉大学にも大変お世話になりました。縦割り社会を打破した産官学、農商工連携そのものだと考えます。薬用植物の植物工場による苗生産と耕作放棄地を利用した圃場生産の連携がキーになると思います。
 古在 どんなご苦労がありましたか。
 加藤 ジャレド・ダイヤモンド著の「銃・病原菌・鉄」に食料生産の起源の謎として「野生種の種を保存するため発芽時期を分散をする本能」をどう栽培種化するかが書かれています。オタネニンジン(朝鮮人参)を見ているとまさにその通りで、原種に近いのか栽培種と比べ発芽が難しく、発芽にバラツキがあります。
 古在 一粒一粒の種子に遺伝的なバラツキがあるのが野生植物の共通する特徴です。トマト、ナス、キュウリも100年前はそうだったのです。急速な育種技術開発で、種子の遺伝的性質が揃ってきたのはここ50年位前くらいからです。そのための基本になる技術は4〜5つですので、その技術をオタネニンジンに適用すれば、発芽率はあがると思います。さらにそのなかから良質な個体を選抜して揃えていくことは、品種育成技術をきちんと身に付けている人ならそんなには時間がかからないと思います。
 加藤 チャレンジングですね。
 古在 長い歴史を持つ、歌舞伎とか能とかの古典芸能だって、技術革新がなければみんな滅びているはずです。漢方も社会に受け入れられるためには、最新技術も受け入れる気持ちにならないといけないです。


◆「領域横断型」人間が次の社会をリードする

千葉大学「柏の葉キャンパス」。奥にみえるハウスが植物工場 加藤 古在さんは「数百年前、農業と密接な関係にあった商工業は、その後、独自の論理と倫理を有する巨大産業に成長した。今後の社会をより安定的にし、また人びとの人生の質を高めるには、農の論理と倫理の良い部分、すなわち、いのちの輪廻的な持続性、多様性に関わる概念、風習、文化への理解を社会全般に取り入れていく」必要性を説かれていますね。
 古在 どんな人でも内心はそう思っていると思います。しかし、企業人になったとたんに、利益優先になり、内心の気持ちを抑える社会的な風潮とか制度や文化があると思います。
 これに対して、農は、先祖からの田んぼや伝統的な方法や地方の文化を大事にしてきましたが、伝統を守るには革新が必要だという点で、少し足りなかった点があると思います。
 最近は、金融や工業の人たちが「農は大事だ」と考え、農の論理はどうなっているのかを少し考えようという気持ちになってきています。このチャンスを私たちは、活かさないといけません。そして「領域横断型」とか「全人間的な」気持ちになった人が、次の社会をリードしていくわけです。

(写真)
千葉大学「柏の葉キャンパス」。奥にみえるハウスが植物工場


◆21世紀は植物を循環利用する時代

 古在 人間には豊かな時間を過ごしたいという希望があります。これにはいろいろな形がありますが、私はこれからの高齢社会では、「生産を楽しみながら豊かな時間を過ごすこと」だと思います。これは農業そのものですし、これからのモデルだと思いますし、日本が発信しうる「次の文化」ではないですか。
 加藤 教授は「20世紀の石油と植物を消耗品とした時代から、21世紀は植物を再生可能資源として循環利用する時代」であり、そこに新たな植物再生産システムの構築が求められているといわれていますが、植物工場の将来ついては…。
 古在 私は、食料生産は多様であるべきだと考えています。つまり、「畑でなければいけない」と決め付けるなど、「こうあるべきだ」と一色に染める考えは、食料生産の持続性という観点からも危険だということです。適度に田んぼがあり、適度に畑があり、適度に施設園芸の農場があり、適度に植物工場があるという社会…。植物工場の場合は街中にもあり、小さな子どもが、は種から収穫までを実感できる場にもなることが大事だと思います。
 加藤 最後に農家やJAグループへのメッセージをお願いします。
 古在 最近、農学系の学部へ進学する人が増えているといわれており、大変嬉しく思っていますが、農にやりがいがあるというモデルをJAや私たち大学が示していく必要があると思います。
 加藤 お話を伺って『植物が不動のエース』になる時代がそこまできているように思いました。ありがとうございました。

 

対談を終えて

【対談】21世紀は植物の時代 古在豊樹氏は父に哲学者の古在由重氏、叔父に人工衛星の軌道を割り出す天文力学の世界的権威の古在由秀氏、叔母には作家の古在紫琴氏、親類に衆議院議長の幣原喜重郎氏をもつ血筋でおられる。氏の柔軟な領域横断型の発想の原点は、この多彩な血筋から来ているのではないかと思う。学長退任後も、新たな分野である植物工場研究で我が国の第一人者であり、農業分野だけでなく、あらゆる分野の専門家が氏のもとに集まってくる。産官学連携・農商工連携とは氏の存在そのものである。
 農業環境工学分野の中でも薬用植物は新分野である。これまで薬用植物は農水省と厚労省の狭間にあった。欧米では生薬関連事業は十兆円市場と云われる。予防医学、西洋医学と東洋医学の統合医療が脚光を浴びる時代。そこには良質な薬用植物が求められる。今後、中国は輸出規制に傾く可能性がある。JAグループとして本格的に薬用植物栽培に取り組む必要があると考える。そのなかで氏の存在はますます大きくなると思う。
ジュリス・キャタリスト代表取締役 加藤一郎

(2012.05.31)