社会の合意形成に
野外試験推進が不可欠
◆大量輸入の現状指摘
提言は学術会議の基礎生物学委員会、統合生物学委員会、農学委員会合同で構成した植物科学分科会(委員長:福田裕穂東大大学院理学研究科教授)の審議をもとにまとめた。
国内の遺伝子組換え植物(以下、GMO)の栽培・流通の現状は09年に「青いバラ」が商業栽培されているものの、食用GMOの栽培実績はない。
提言では、日本の食料自給率は40%で、トウモロコシ、ナタネは国内消費量のほぼすべて、大豆は95%を輸入に頼っているが、これらの輸出国である米国、カナダ、アルゼンチン、ブラジルなどは栽培面積の6〜7割がGMOであり、しかも特別の契約がなければ非GMOと区別されずに出荷されていることを指摘。 そのため日本国内で流通しているトウモロコシ、ナタネなどの6〜7割はGMOと推定されるとし、こうした現状について、国内法で安全性を確認したGMOを国内では栽培せず海外から大量輸入し飼料や加工食品に利用する「極めてアンバランスな状況」だと強調している。
(写真)日本学術会議 事務局
◆イラン、パキスタン、南ア、 日本凌ぐ技術力
世界では現在、25か国でGMOを商業栽培し作付け面積は1億3400万haと日本の農地の約29倍となっている(図)。
提言では各国の状況を分析しているが、中国、インド、ブラジル、アルゼンチンなどの新興国では、自国の食料確保のためだけではなく輸出産業にするため独自で多様なGMO開発を推進しているという。
とくに中国では大学や研究機関に年間数億円の研究開発投資をしている例が増えており、GMイネ、GMトウモロコシは中国国内での栽培が承認された。GMイネについては世界に先駆けて中国が商業化するだろうという見方が強い、とこの提言は指摘する。
また、イラン、パキスタン、南アフリカ共和国でも農業・食料だけでなく、バイオ燃料や環境問題などの解決のために自国でGMO研究を推進、「試験栽培に関する知見や技術力は日本をしのぎつつある」という。南アフリカでは栄養不足改善のためGMソルガムの温室栽培試験を開始した。
提言は、このように世界では研究開発を積極的に推進しているのが現状であり、開発されつつあるGMOはいずれも特許対象産物であることから、「今後の日本の農業・産業政策に重要な影響を与える可能性がある」と指摘している。
◆農家にメリットある開発も課題
一方、日本もイネのゲノム(ある生物の持つすべての遺伝情報)解析などGMへ応用できる研究も進んでおり、いもち病に強いなどの耐病性イネ、スギ花粉症緩和や血圧抑制などの機能を持つ健康機能性イネなどが開発されている。しかし、社会の合意形成ができておらず商業栽培化は進んでいない。
学術会議はその要因に科学教育の問題も挙げた。
専門教育だけでなく一般教育でも「先端技術の社会的受容に対する適切な判断を養うための教育は、科学技術立国を標榜する日本が最も力をいれるべき課題のひとつ」と強調している。
また、制度面からも、環境への安全性を確認するための野外環境試験が容易に行えない過剰規制になっていることも指摘したほか、日本の自然環境や農業環境に適した作物を育てるなど、農家にメリットがある品種を開発する視点がこれまでになかったことも課題だとした。
こうした現状をふまえて、具体的な提言としては、国民の不安を払拭しコンセンサスを得るためにも、GM農産物の安全性を確認する野外ほ場試験地を整備し、データを集めることができるようにすべきだとしている。
とくに日本のような小規模農業に適し、また地域特性に応じたオーダーメードの品種開発には、各地の自然環境のなかで試験栽培することが必要だとしている。
◆合意形成、情報が鍵
社会的な受容に向けての課題では、国内でも厚労省や農水省、環境省などの研究機関によって「既存の作物と比較して健康に対する影響の違いは認められない。また、適切に管理された条件では環境、生態系への影響はない」とする結果が得られているが、その情報にだれでも簡単に接することができるようになっていないと指摘した。
そのうえで、研究成果に自由にアクセスし政府、生産者、消費者、マスコミなどが共通の情報に基づいて合意形成をする体制を整えるべきだと提言している。
そのほか研究者の育成とともに、成果を応用分野や社会に橋渡しする人材の育成も求められるとした。
08年のG8サミットではGMOの重要性が言及された。学術会議の今回の提言はそのことにも触れ、各国リーダーの発言も念頭に置けば、食料や環境問題などを解決し、社会の持続的発展の鍵となる技術としてGM研究を「国策として現実問題に対処すべき」と強調している。