最初に2つの文章を紹介しておきたい。いずれも農政が“重点事項”としている「米政策改革推進対策」に関する大臣官房予算課作成の予算説明資料中の文章である。
A 「平成20年度農林水産予算概算要求の概要」(平成19年8月)から
対策のポイント
米政策改革を更に推進するための対策を構築します。
これにより、19年産からスタートした新たな米の需給調整システムの定着を図ります。また、需要に応じた米づくりと水田農業の構造改革を進めます。
(米づくりの本来あるべき姿とは)
・担い手が、市場を通じて需要動向を鋭敏に感じとり、需要に応じた米づくりを行うことを基本として、米の安定的供給が行われていく「消費者重視・市場重視の米づくり」の姿を、平成22年度に実現することを目指しています。
(新たな米の需給調整システムとは)
・この「米づくりの本来あるべき姿」の実現に向け、農業者・農業者団体が国・都道府県から提供される需給に関する情報や市場のシグナルを基に、自らの販売戦略に即して生産を実行していく「農業者・農業者団体の主体的な需給調整システム」に、19年産から移行しております。
B 「平成20年度農林水産予算の概要」(平成20年1月)から
対策のポイント
水田では、米の消費の減少、輸入に多くを依存している麦、大豆、飼料穀物等の国際需給・価格動向等を踏まえ、米の生産調整を確実に実行し、自給率向上が必要な麦、大豆、飼料作物などや、飼料用米、バイオエタノール米等の非主食用米の生産を着実に定着させる取組を推進します。
(背景)
・平成19年産の米価は、米の消費量が年々減少する中で、生産調整の実効性が確保できていないこと等から、大幅に下落する異常事態となっています。
・このため、平成20年産以降の米の生産調整を確実に実行し、水田において自給率向上が必要な麦、大豆、飼料作物などや、飼料用米、バイオエタノール米等の非主食用米の生産を着実に定着させることが必要です。
◆位置づけ変わったコメの新システム
「予算」確定後の説明Bが、「概算要求」段階の説明Aと全くちがう文章に入れ変わったのは、いうまでもなく「概算要求」後に大きな政策見直し・変更があったからである。07年7月の参院選で、農村票を民主党に取られて大敗を喫した“自民党による「政治主導」”(07・12・28付日本農業新聞「出直し農政改革」)で行われた品目横断的経営安定対策及び米政策改革推進対策の見直し・変更がそれだが、その内容については、ここで取り上げる必要はないだろう。見直し・変更が明らかになった時点で、私もかなり長い“検証”を07・12・25付本紙に書かせてもらったので、必要があれば同紙を参照していただくこととして、ここでどうしても取り上げておきたいのは、そのときも指摘しておいたことだが、見直し・変更を本当に実のある変更にするためには食糧法改正にまで行く必要があるということについてである。“検証”の中では、07・10・26「自民党コメ緊急対策」が、“国・都道府県・市町村”の“講ずる”措置として生産調整目標の設定、目標の配分・取組状況の把握・指導等々をあげていることに関連して、
“目標の設定”“目標の配分”も国・都道府県・市町村が“講ずる措置”になるとすると、“農業者・農業者団体が、“国・都道府県から提供された…情報や市場のシグナルを基に、自らの販売戦略に即して生産を実行していく「農業者・農業者団体の主体的な需給調整システム」を著しく変質させることになろう。私はその変質を歓迎する。 自民党としてそう考えているのだとするなら、食糧法第5条第6条の改正をいうべきだろう。”
と書いておいたのだが、同一施策の説明として全く違ったことをいっているAB2つの文章が、食糧法改正にまで行く必要があることを一層はっきりさせたとしていいだろう。
◆「生産調整」の目的明確に
生産調整を「農業者・農業者団体の主体的な需給調整システム」だとするAの文章は、「米政策改革大綱」以来、改革理念を凝縮させるべく練りあげてきた文章であり、その理念に基づく生産調整がスタートしたのが07年だった。その実施初年度に、7万haを超える過剰作付が発生、そして米価暴落が起き、施策見直し・変更となったのだが、その要因を“JAグループの米の集荷率は、生産量の4割程度。しかし、農業者・農業者団体が「主体」という言葉が独り歩きし、手を引く市町村も出た”(前掲「日本農業新聞」)せいだなどとする見方は、皮相に過ぎよう。
“いわゆる純粋な原子状競争の市場に於いては企業間の協定の可能性は極めて小さく…少なくとも協定推進の核となりうる大企業が現れることが、カルテル形成の基本的前提である”(岩波書店「経済学辞典」第二版176ページ)のに、100万を超える生産者が生産に従事している米について「農業者・農業者団体の主体的な需給調整システム」を言ったこと自体が無理だったのである。農政の“需要に応じた米づくり”の強調が、自らの判断による米生産を当然視させたといってよい。
見直し・変更後のBの文章には“需要に応じた米づくり”も「農業者・農業者団体の主体的な需給調整システム」も出てこない。かわって強調されているのは、このところ農政当局があまり口にしなくなっていった“自給率の向上”である。
“その向上を図ることを旨として”“食料自給率の目標”を“定めなければならない”とする基本法(第15条第2項、第3項)に従い、カロリー自給率を45%に引き上げる目標を基本計画で定めてから7年たつ。が、一向に引き上がる萌しも見られなかったところ06年には逆に39%に下がってしまったのが自給率のこれまでの推移だった。39%に低下したことが発表された直後、当時、兼任農水相だった若林農水相が自給率引き上げ策を“危機感を持って早急に検討”すべきことを事務当局に指示したことを第13回の本欄(07・10・20)でも取り上げたが、生産調整施策に関してはAでは兼任農水相指示の反映など皆無だったことは見た通りだが、Bの段階で、まさしく生産調整施策の政策目的そのものに自給率引き上げは据えられた、ということである。大きな変更、といわなければならない。
◆総合食糧政策の視点持て
ここで古い話、そして本紙でもずいぶん前に(02・11・10)紹介したことのある話だが、水田利用再編政策実施初年度の1978年度の転作目標面積の都道府県別発表に際しての当時の鈴木善幸農相談話を紹介しておきたい。こうだった。
“政府は、将来にわたり国民食糧の安定的供給を確保するため…総合的な食糧自給力を強化することを基本に総合食糧政策を実施してきたところである。
…総合食糧政策は、本来、…供給面において自給力向上の主力となる作目に思い切って重点を傾斜する農政の展開を意図するものである。したがって、今日の事態は、単に米の減産を目的とする後向きの緊急避難的なものでなく、…自給力向上の主力となる作物を中心に農業生産の再編成を図ることを通じてこそ克服されるべきものと考える”(拙著「小泉『構造改革農政』への危惧」(農林統計協会、06年刊112ページ)。
自給率引き上げ政策の重要な一環に生産調整施策が復帰したことをBの文章は意味する。歓迎すべきことである。当然食糧法第2条第2項、第4条、第5条の改正に着手すべきであることを再度強調しておきたい。
【著者】梶井 功東京農工大学名誉教授