◆自給力向上を目標に政策選択を
5月9日、衆院本会議で民主党提案の「農業者戸別所得補償法案」は自民・公明の反対で否決され、廃案になった。残念に思う。
実をいうと、私は法案を審議していた衆院農水委員会に、1カ月前の4月8日参考人として出席、意見を述べる機会を与えられたのだが、その際、“今、日本の農政が最大のポイントを置いて取り組まなきゃいけない課題というのは…食料自給力をいかに強化するか、食料自給率をいかに引き上げるか”にあるが、民主党のこの法案には“今の最大の日本農政の課題にこたえるためにやるんだということが明確に書かれている。その点で、まず第一に私がこの法案に賛意を表する次第なんです”と述べた上で、次のように要望しておいた。
“…自民党の先生方の方で、昨年暮れ、10月以降見直しについて随分御議論されて、出されているいろいろな改革の方向を漏れ承りますと、どうも民主党の案に随分近づいているような気がいたしました。…それで、どうもこの近づいた中身からいいますと、戸別所得補償法案の実質を自民党も否定しがたくなっているということではなかろうか。そういった意味で、実態認識といいますか、とるべき政策の方向の認識というのが随分近寄ってきているんじゃなかろうかという印象を、私、米政策改革の変化なんかを見まして持ちました。
そういう点からいいますと、あれがいかぬ、これが変だという形でけなし合うんじゃなくて、この法案のいいところをぜひ取り上げて、それを法律としてやっていただく、実体化していただく、それをお願いしておきたいと思うんです。参考人の意見としては変な意見ですけれども、まず冒頭そのことを申し上げておきたい。修正すべきところもそれはあるでしょうけれども”。
◆構造改革農政のもたらした現実とは?
衆院採決に先立つ5月3日、現首相、官房長官、そして農水大臣の出身派閥であり、自民党の最大派閥である町村派が、“非常時に食料輸入が全面的に止まっても、国内農産物だけで全国民に必要な最低限のカロリーを供給できる体制づくりに向けて「食料安全保障基本法(仮称)」の制定を柱とする農政提言をまとめた”ことを日本農業新聞が報道した。
そして7日、首相を本部長とし、全閣僚が委員になっている食料・農業・農村政策推進本部が、政府の当面の農政の基本方向を示す「21世紀新農政2008」が決定するが、その真っ先に据えられた柱は、「国際的な食料事情を踏まえた食料安全保障の確保」だった。
食料・農業・農村基本法が、その第2条第4項で、“国民が最低限度必要とする食料は、凶作、輸入の途絶等の不測の要因により、国内における需給が相当の期間著しくひっ迫し、又はひっ迫するおそれがある場合においても…供給の確保が図られなければならない”と規定していることは、農政を論ずる人で知らない人はないであろう。
そして、この基本法第2条第4項を補完するために「食料安全保障マニュアル」もつくられており、それには“国民が最低限度必要とする熱量の供給が困難となるおそれのある極めて深刻な…レベル2”の段階では“生産から消費に至る広範な分野にわたり法律に基づく規制等を強化”すると書かれていることも、「食料安全保障基本法(仮称)」案の作成にあたった町村派の方々はよく御存知のことだろう。
しかし、前回もふれたように、その基本法に基づいて、カロリー自給率を45%に引き上げる目標をたて、その実践に向けての施策を始めて7年にもなるのに一向に上昇の萌しもなく、06年には逆に39%に低下したというのが「構造改革」農政のもたらした現実だった。
その現実を、穀物自給率109%の国の首相(ブラウン英首相)すらが来るべき洞爺湖サミットで問題として取り上げるべきといわなければならなくなっている世界的な食料危機に直面することになっては、反省せざるを得なかったからだろう、とこの一連の与党そして政府の“食料安全保障確保”提案の動きを私などは受け止め、本物なら歓迎すべき動きと見ていた。そして、民主党の農業者戸別所得補償法案も、この動きのなかでは、“この法案のいいところをぜひ取り上げて…実体化していただ”けるようになるか、と期待もした。が、そうはならなかった。
自民党の方針は、“いいところ”を取り上げる気などは全くなく、同法案の“問題点を徹底的に攻撃”(5・10付日本農業新聞)して廃案にすることだけだったようであり、そうなってしまった。
◆求められる大胆な支援策と国際対応
“生産から消費に至る広範な分野にわたり法律に基づく規制措置を強化する”とマニュアルには書いても、頼りになる法律はどれだといったら、迷わざるを得ない。食糧法には確かに“緊急時の措置”が第2章第2節として置かれているが、ここに書かれている“販売の事業を行う者に対する命令”(第38条)も“生産者に対する命令”(第39条)、そして“割当て又は配給等”(第40条)も、すべて“米穀”に関することであって、米以外の“食糧”については一言も言及されていない。ようやく飼料用米等非主食用米の生産拡大に乗り出すことになったが、その政策見直しが発表された時点で本紙“検証”(07・12・25)で問題にしていたように“10a7.5万円になったことのある発酵飼料用稲作なみの助成が必要”なのに、産地づくり交付金は据え置きのままである。
もっと問題にしなければならないのは、いざというときに頼りにしなければならない耕地面積と現実に農業生産を担っている人の動きである。気になる数字を掲げておこう。耕地の方は、減少率の低い耕地統計でも00年〜05年の5年間で3%の減だが、センサスになると倍の6%を上回る減少になっている。
耕地統計面積で、2015年に450万haを確保できれば、“不測時”でも食糧不足を言われた1950年前後なみの食料供給を可能というのが現行「食料・農業・農村基本計画」の数字だが、450万ha確保を可能にするであろう耕地減少年率は年率0.4%だった。00〜05年の減少年率は耕地統計でも0.6%だったのだから、耕地保全に特段の政策努力が必要だったのだが、05年以降も0.5%近い年率での耕地減少が耕地面積統計でも見られる。
私は、実態はセンサスの示す減少率に近いのではないかと思うのであるが、米作付面積についてすら農水省統計と都府県集計の食い違いを問題にしなければならなくなっている昨今の状況からいって、最も重要な耕地面積の動きについてのセンサスと耕地統計の数字の大きな落差(そしてセンサスは減少率が高まっているのに耕地統計は減少率が低下しているという食い違いもある)を埋める努力が必要だろう。統計情報部縮小が政策判断の基礎になる現実把握力を弱めているとしたら問題だろう。
農業就業人口については、あえて総務省の労働力調査の数字を掲げておいた。「基本計画」が想定しているように、“不測時”には“熱効率優先の供給へ作付けを転換”“水田のうち湿田以外の2分の1にいも類を作付け”るといったことも、やってくれる人がいなければどうしようもない。「社長島耕作」の漫画で有名な弘兼氏もいっているように、“若い新規就農者”を増やすには“国は「サラリーマンよりちょっと有利な収入だ」と思わせるくらいの大胆な支援が必要”(08・5・13付日本農業新聞)なのである。
洞爺湖サミットで食料危機を取り上げるのだとしたら、食料援助の議論も必要だが、ぜひとも今次WTO交渉の最初に“多様な農業の共存”をわが国が主張したことの意義を強調してほしいと思う。そしてMA米の強制などは“各国の農業が破壊されることなく共存していける公平で公正なルール”といえないことを強く主張してほしいと思う。
東京農工大学名誉教授