◆異例の追加?「農業」が柱に
国際的な農産物価格の高騰等を踏まえ、食料安全保障を確立するため、食料供給力を強化する。食料自給率の向上に向け、水田を最大限に活用するため、主食用米の需要拡大や「米粉」等の新たな米利用の本格化、麦、大豆等の生産拡大等を行う。国産ニーズの高い野菜等の供給体制整備や食料需給情報の収集分析の強化を行う。世界の食料需給安定化に向け、緊急的な食料支援、中長期的な農業技術支援を実施する。
適正な食品表示の徹底や輸入食品の監視強化、生産現場での工程管理手法の導入促進など、食品の安全と消費者の信頼の確保を図る。地域の暮らしを守る鳥獣害対策を展開する。
当面する農政上の重要課題が適確に、そして簡潔に要約・表現されている。農業関係者、いや消費者も含めて、今の世界的な食料危機のなかで、わが国はどうするんだと思い悩んでいる者にとって、“これだ!”と言わせる文章としていい。この文章は6月17日の財政諮問会議に提出された「基本方針2008(素案)」――これからの経済財政政策の基本的枠組みとなるいわゆる「骨太の方針2008(素案)」の第5章「安心できる社会保障制度、質の高い国民生活の構築」のなかで「5、食料」として書き込まれていた文章である。
農業政策については、この章に先立つ第2章「成長力の強化」のなかの「2、地域活性化」の「(2)農林水産業」のところで“国際的な食料事情を巡る潮目の変化を「強い農業構造」に転換するチャンスとして、高い付加価値を生み出す農林水産業、食料供給力の強化を目指す”として、“平成20年内に農業改革プランの成案を得て制度改革を行う”ことが書かれている。6月10日に持たれた経済諮問会議に提出された「基本方針2008骨子案」の段階では、この第2章の「農林水産業」の記述しかなかったのだが、骨子案が素案になる1週間の間に第5章がつけ加えられたのだった。“異例のこと”といっていいかもしれない。
◆生活者目線で予算編成を
6月3〜5日、ローマで開かれた国連食料サミットに福田首相が出席、“最大の食料純輸入国である我が国としても、自ら国内の農業改革を進め、食料自給率の向上を通じて、世界の食料需給の安定化に貢献できるようにあらゆる努力を払います”と世界の国々に公約したことが、この第5章の「5、食料」の文章を書かせたのではあろうけれど、それも与党農林族の強力な働きかけがあってのことであったようだ。6・21付日本農業新聞は“食料問題への対応を柱に据えるよう政府に迫った自民党の農林幹部は、「異例のこと。今後の大きな足がかりになる」と胸を張る”と解説していた。
“食料自給率の向上”のためには、“米粉等の新たな米利用の本格化”ひとつとっても相当の財政投入を必要とすること、改めていうまでもないだろう。せっかく「骨太の方針」の柱の1つとして立てられたからには、是非とも09年度予算からなどと言わず、08年度中にも食料自給力強化のための予算手当をしっかりやってもらいたいもの、と思う。
が、「骨太の方針2008素案」は、他方で“06・07骨太方針にのっとり、引き続き最大限の歳出削減を行う”ことを主要な柱に据えている。この基本方針のもとで、自給率引き上げのための農業予算の拡充は期待できるのだろうか。そういえば「骨太の方針2008素案」を報道した朝日新聞も読売新聞も(ともに6・18付)、「食料」が柱の1つになったことなど、一言もふれていなかった。“医療対策に別枠予算 首相方針抑制目標は維持”が朝日新聞の見出しだったし、“道路財源医療医師不足対策に 骨太の方針歳出削減路線は堅持”が読売新聞の見出しだった。道路特定財源を一般財源化する方針も「骨太の方針2008素案」の目玉だが、それに関して会議の場で“福田首相は「地方の発展に欠かせない道路を造ると同時に、生活者の目線で使い方を見直す。09年度予算では、医師不足問題や救急医療などの重点課題に充てる”と語った。”(朝日新聞)そうだ。“生活者の目線で”の“使い方”のなかに食料問題は入っていないと朝日新聞などは判断したのであろう。そうなのだろうか。
国連食料サミットの「宣言」には“農業への投資を拡大”するという一句も入っていた。自らが参加してその「宣言」を決めたのだということを、総理はお忘れのはずはないと私は思う。“生活者の目線”のなかには食料問題は当然入っていると信じたい。
◆農産物価格の低下は意欲減退招く
「基本方針2008素案」の第2章の2の「(2)農林水産業」で問題にしている“制度改革”の中心は農地制度改革であり、“「所有」と「利用」を分離し…農地の集積を進める”“農地リース事業の在り方(市町村による地域指定など)を含め農地の利用に関する規制を見直し、地域に応じた多様な新規参入を促進する”といったことが書かれている。
“所有と利用を分離”する考えをベースにしての“平成の農地改革”の危険性については、2・20の本欄で論じたことだし、“リース方針の活用によって企業の参入を促進し、農業の活性化を図ることは重要であるが、農地や家畜という自然を相手とする産業としての特色から、農業の中心的担い手は、あくまでも家族経営である。このことは、生産性の高い大規模経営を営む米国においても、98%程度の農業経営体が家族経営であるということでも明らかである”とする若林農水相(08・5・14経済財政諮問会議での発言)が“私の方にお任せいただきたい”としているので、その結果を見てから論ずることにしたい。ここでは前に指摘しておいたことだが、“農地リース事業の在り方…を見直”すことは“耕作者主義の否定となり、その否定は小作地所有制限の廃止、違反小作地や農業生産法人でなくなった法人の所有地等の国家買収制度も、当然ながらなくすることになろう。そうなったとき、大企業のキャピタルゲインを意図しての農地所有権取得に大きく道が開かれることになろう”ことだけを、再度指摘しておく。
この時点で農地制度問題に関して、特にふれておきたいことは、現実に農業を担っている農業者は、規模拡大にとって農地制度が最大の問題などとは考えていないということである。
“担い手への農地利用集積の阻害要因として、農地の貸し手は、借り手の不在や自分ができる限り作業を続けたい意向を、借り手は、農産物価格低下による営農意欲の減退やほ場条件の悪さを多くあげている”としたのは昨年の農業白書だが、ついこの前出た今年の農業白書も、“担い手への農地の利用集積が進まないのは、農業所得や農産物価格が不安定といった経営環境のほか、経営する農地が分散していること、集落内に担い手がいないこと、農地の資産保有意識が強いこと等、様々な要因が複合的に関係していると考えられる”とし、“担い手への農地利用集積が進まない理由(複数回答)”として“農業所得が不安定”とする者61%、“農産物価格が不安定”とする者38%…等々のアンケート結果を示している。
“農産物価格低下による営農意欲の減退”が、食料自給力に大きくかかわる問題であることは、いうまでもないだろう。“食料自給率の向上を通じて、世界の食料需給の安定化に貢献できるようにあらゆる努力を払”うことを公約された総理に、熟視していただきたいアンケートである。
東京農工大学名誉教授