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時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す

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(21) 自由貿易原則を吟味すべき

決裂で見えてきた対立点とは
食料サミット宣言実現こそ課題
G10の結束は維持できるか?
出発点に戻れ

 7月21日以来9日間にわたって論議を重ねていたWTO閣僚会議は、29日"決裂"した。途上国向けの特別セーフガードの発動要件をめぐって、発動要件の緩和を主張するインドと発動の制限強化を求めるアメリカの対立、それに対中輸出拡大を求めて中国に米、綿花、砂糖の関税引き下げを求めるアメリカとそれを拒否し、逆にアメリカの農業補助金の更なる引き下げを求めた中国との対立、この2つの対立が決定的だったらしい。
 アメリカとインド・中国のこの対立が会議を決裂に終わらせたことで、今回の閣僚会議で採択が予想されていたWTOラミー事務局長の農業モダリティ調停案も未採択で終わることになった。

◆決裂で見えてきた対立点とは

 7月21日以来9日間にわたって論議を重ねていたWTO閣僚会議は、29日“決裂”した。途上国向けの特別セーフガードの発動要件をめぐって、発動要件の緩和を主張するインドと発動の制限強化を求めるアメリカの対立、それに対中輸出拡大を求めて中国に米、綿花、砂糖の関税引き下げを求めるアメリカとそれを拒否し、逆にアメリカの農業補助金の更なる引き下げを求めた中国との対立、この2つの対立が決定的だったらしい。
 アメリカとインド・中国のこの対立が会議を決裂に終わらせたことで、今回の閣僚会議で採択が予想されていたWTOラミー事務局長の農業モダリティ調停案も未採択で終わることになった。
 局長調停案でわが国が一番問題にしていたのは、関税大幅削減の対象外とする重要品目の枠を、原則全品目の4%、条件・代償つきで2%上積みとする、という点だった。7月10日に示されたモダリティ議長案第3次改訂版では重要品目数は全品目の4〜6%、条件・代償つきで2%追加だった。この議長案に対するわが国の方針は、G10諸国とともに全品目の10%以上を目指そうということだった。
 ラミー調停案は、この議長提案第3次改訂版より更に輸出国に片寄った案であり、到底受け入れられる案ではなかった。が、10%以上での各国との折衝は、明るい見通しを与えるものにはならなかった。交渉決裂を伝えた7月31日付日本農業新聞は
  “21日からの閣僚会合に、日本は重要品目数を従来の「10%以上」から「8%以上」に目標を引き下げ、代償を認めないとの方針で臨んだ。最終局面まで、重要品目数の上積みを最重点に主要輸出国との2国間折衝を行ったが、苦境を打開できなかった”
と解説している。
 それだけに、インド・中国とアメリカの対立で閣僚会合が決裂し、ラミー調停案が不採択になったことは何はともあれよかったとすべきなのだろう。ジュネーブで閣僚会合の成り行きを見守っていたJAグループ代表団の宮田JA全中会長は決裂したのを受けての談話で、“不利な内容での妥結を回避できたことを「大きな成果だ」と評価した”そうだが、ホッとしたということなのだろう。

◆食料サミット宣言実現こそ課題

 アメリカの大統領選挙もあり、WTO交渉再開は来年になるだろうといわれている。調停案は否決されたわけではない。決裂を伝えた「前掲紙」の大見出しが“「悪い合意」先送り”だったことが端的に表現していたように“先送り”されているにすぎない。交渉再開となったら、当然に「悪い合意」受け入れをアメリカなど輸出国グループは迫ってくる。それにどう対処するかを、この偶然に――といっていいくらいに、インド・中国とアメリカの対立による決裂は、予想外のことだった――与えられた交渉中断期間のうちに詰める必要がある。これまでのWTO農業交渉に問題がなかったのかどうか、従来の延長で対策を考えていいのか、吟味する必要がある。
 農産物貿易問題が、国際的な貿易交渉の場で議論されるようになったのは1986年に始まるガットウルグアイラウンドからだが、それは国際的な農産物過剰を背景にしていた。その過剰はWTOドーハラウンドが始まる頃までは続いていた。が、今日は、国連が世界食糧サミットを招集しなければならないような世界的な食料危機下にある。WTOの農産物貿易規制の考え方に変更を迫る重要な条件変化としなければならない。特にわが国などは、食糧サミットの場で“国内の農業改革を進め、食料自給率の向上を通じて、世界の食料需給の安定化に貢献できるようにあらゆる努力を払います”と首相が公約していることからいって、この食料危機下ではWTO農業規制は考え直す必要があることを、WTO交渉の場で問題提起する義務があるとすべきだろう。
 食糧サミットの最終日に採択された「世界食料安全保障に関するハイレベル会合宣言」の最後の文章には“我々は、現在及び未来の世代のために…食料生産を強化するとともに農業への投資を拡大し、食糧の入手のために障壁となるものに対処し、地球上に与えられた資源を持続的に利用するために必要なあらゆる手段を講じることをかたく決意する”という一句があった。食料自給率の低い国が、“食料生産を強化する”ためには、当然ながら“生産刺戟的な国内助成”こそが必要となる。食糧輸入国と輸出国を区別せずに国内助成金の削減を規定するWTO規制の改正を、ハイレベル会合宣言も求めているとしていいのではないか。

◆G10の結束は維持できるか?

 特別セーフガード要件厳格化を要求するアメリカに抵抗したインドの方針を、100か国以上の途上国が支持したという。いずれも食料輸入国である。輸入急増にストップをかけられなくなったら、自国農業を守れなくなることを危惧してであることはいうまでもない。事は食料安全保障にかかわる。重要品目数を10%以上にという日本及びG10の主張もそこにかかわっている。
 このインドの主張に対し、わが国はどういう態度をとったのか。“重要品目数の上積みなどを輸出国にも理解を求めていた日本は、「どちらかに付くわけにはいかない」(日本政府代表団筋)と旗色を鮮明にできなかった(8・2付前掲紙)というのだが、そんなことで良かったのか、私は問題だと思う。
 問題だといえば、重要品目数の8%以上に主張を変えたことについて、G10諸国がどう見ているのかの報道がないのも気にかかっていたのだが、決裂後の若林農相の記者会見の模様を伝えた7・30付本紙記事の中に、
  “今回の閣僚会議にあたって、わが国は最優先事項である重要品目数について総タリフライン数の「10〜15%」を主張することとしていた。
  しかし若林農相は閣僚会合が始まる前に現地で「最低8%はとりたい」と発言した。(中略)
  …交渉前にこう表明したことについてはG10諸国から「どうしたのかという声はあった」といい、G10として10%以上を「まずは強く主張した」が、日本としては方針を転換し最低8%の実現をめざして交渉に入ったことを明らかにした。”
というくだりがあるのを見て、こういうやり方をしていて、今後もG10の結束を維持できるのか、と考え込まされたことをつけ加えておこう。

◆出発点に戻れ

 WTO農業協定は、その前文で、農産物貿易の自由化に向けた“改革計画の下における約束が、フード・セキュリティ、環境保護の必要、その他の非貿易的関心事項に配慮しつつ…行われるべきことに留意”することを記している。
 WTO農業交渉はこの点を重視して進められるべきだとするのが、日本政府の今次WTO農業交渉に臨むにあたっての方針だったはずである。最初に出された「WTO農業交渉日本提案」の前文は“多様な農業の共存”が日本提案を貫く“哲学”であることを強調し、“多面的機能への配慮”“食料安全保障の確立”“消費者・市民社会の関心への配慮”の重視が記されていた。
 “多様な農業の共存”の哲学は、自由貿易原則に対する一定の修正理念を内包する。前文の最後の方で、“効率を重視した画一的な農業のみが生き残り得る貿易ルールは、わが国のみならず各国にとっても拒絶されるものである“競争力のある一部の輸出国のみが国際市場において利益を得るような交渉結果を認めない”ことが強調されていたが、当然だろう。
 出発点に戻ってもらう必要がある。いや今や、自由貿易原則そのものの吟味をWTOに提起すべき時期にあるのではないか。

【著者】梶井 功
           東京農工大学名誉教授

(2008.08.20)