◆自給率向上に欠かせない若者
大方は御存知のことだが、事態をはっきり認識するために、図にしておこう。減少、老齢化を皆が心配している農業就業人口の動きについてである。これはセンサスの数字だが、1975年までは、800万人を超えていた農業就業人口は05年には400万人を割り込む状況になってしまった(95年以前は全農家。85年で落差があるのは農家定義の変更による。95年以降は販売農家。95年の計の差は76万2000人、16〜29才層の差は2万9000人)。減少が特に激しいのは16〜29才の若い農業者であり、75年102万人いた青年農業者は95年にはその4分の1にもならない24万3000人に減ってしまっている。新規就農者が激減したということだが、減少はもちろん新規就業者だけではない。30〜39才層も75〜95年の20年間に439万人から160万人へ、7割以上も減ってしまっている。替わって増えたのは65才以上の高齢農業者であり、75年の166万人は95年には227万人になっている。95年の農業就業人口計は490万人だから、その半分近い46%が65才以上の高齢農業者になってしまったわけである。販売農家の数字になるが、05年になると335万3000人の農業就業人口のうち、65才以上高齢者が58.2%の195万1000人、16〜39才の青年農業者は1割を切って19万4000人になってしまっている。
“亡国の食料安全保障論”(田代洋一「この国のかたちと農業」59〜60ページ)を説く輩は別にして、この国にとって農業は必要と考える人は誰しも、この数字を見たら、“農業者確保、特に若い農業者の確保こそ喫緊の課題だ”と考えるのではあるまいか。
◆フランスの就農助成金に学ぶ
“今や検討すべきであるのは、農業の人口構成上の刷新、青年農業者の自立をいかにして助成するかということである”
というような文章を、農政当局なり農政に影響力のある政権与党の資料に是非みたいものだが、この文章は、1980年農業基本法の改正を審議したフランス元老院委員会報告書のなかにあった文章である(稲本洋之助教授の報告資料による。拙著「国際化農政期の農業問題」300ページ)。この1980年改正でフランスは就農助成金(DJA)交付を含む青年農業者就農助成制度の充実を図り、日本円換算で単身で350万、夫婦で600万円を、10年間農業につく義務を負うことを条件に交付することとするのだが、その頃のフランスの農業就業人口の年齢構成と日本のそれを比べると下表のようになる。
当時フランスが14〜24才層の占める割合は7.8%に低下し、イギリスの16.3%は別格にしても、西ドイツの10.1%を下回る状況になっていた。この状況にフランス政府は危機を感じてDJAを強化、青年農業者確保に努力したのだが、当時すでにフランスのその状況よりもはるかに状況が悪くなっていたにもかかわらず、我が国ではこれといった対応策は打ち出されなかった。
政策的言及が見られるようになるのは1990年からである。90年度「農業白書」が初めて“農業後継者、新規参入者等の新規就農者を地域において確保していくことが喫緊の課題になっている”として、“若い農業者が配偶者にも恵まれて、意欲をもって農業に取り組めるような環境づくり”の重要性、“円滑に就農できるようにするための支援を強化すること”の必要性を説いた。
が、同時に発表された“講じた施策”の“若い農業者の育成確保”“新規就農の促進等”のところには、実施したこととしては“県農業者大学校における実践的研修教育”の実施だとか“就農相談”くらいしかなかった。農業後継者育成資金だとか、高度経営技術習得資金などの“資金”も用意していると書かれてはいたが、これはむろん融資であって助成金交付ではない。
これを「農村と都市を結ぶ」誌の時評で取り上げ、“DJAに比べ、お寒いかぎり、と思うのは時評子のみではあるまい”と私が書いた(「同誌」91年8・9月合併号)のは91年夏のことだが、それから17年もたち、より状況が悪くなっている今日、見るべき後継者確保増強施策として何があるだろうか。
◆お寒い限り、わが国の対策
07年度農業白書も“農業労働の主力となる基幹的農業従事者が65才以上で6割となっており、近い将来、昭和1けた世代をはじめ我が国農業を支えた高齢者の多くが引退することが見込まれ、農業労働力のぜい弱化が懸念される”とし、“新規就農者への支援措置を実施することが重要である”と指摘は適確にしている。
が、白書が概括的にまとめている“国による支援”は、“(1)全国、都道府県の新規就農相談センターでの…個別相談の充実、(2)学生・社会人を対象としたインターンシップ、フリーターといった若者向けの合宿研修の実施…就農準備校の開設、(3)農地のあっせんや就農支援資金の融資、(4)住宅の確保…日本農業技術検定の導入”といった施策でしかないし、“地方自治体でも…研修制度の創設や借入金利子助成の支援”にとどまっている。依然として“お寒いかぎり”の施策しかないといわざるを得ない。
このほどまとまった09年度農林水産予算概算要求は、国連事務局長すらが各国首脳に出席を要請して食糧サミットを開き、施策を協議しなければならない状況を踏まえ、“国際的な食料事情を踏まえた食糧安全保障の確立”を第1の柱とし、“農山漁村の活性化”を第2の柱にして組み立てられており、米粉、飼料用米、麦、大豆等、自給力向上に資する“戦略作物の生産拡大”を“支援”する“水田等有効活用自給力強化向上対策”とか、“緊急な耕作放棄地解消のための総合的・包括的支援”事業など、目新しい施策が盛り込まれている。
“飼料用米の生産拡大”や“耕作放棄地解消”など、確かに今取り組むべき重要課題ではある。特に、これまで自給率に最も大きく影響する飼料穀物については、生産政策を持たなかったといってよかった。飼料米生産支援の取り組みが輸入依存政策の転換へ進むことを私などは期待するものだが、そのためには処理工場の配置なども含め、もっと総合的・体系的な生産計画の樹立が求められる。食料・農業・農村基本計画の改定を急ぐ必要がある。
より以上に重要なのは、白書も指摘していた“新規就農者への支援措置”である。人がいなければどうしようもない。第19回の本欄で引用させていただいた「社長島耕作」原作者氏のいうような“大胆な支援が必要”だ。が、概算要求のなかには、それにつながる新しい施策は何もない。これでいいのか。
東京農工大学名誉教授