◆耕作放棄、その「理由」を聞いたのか?
前回ちょっとふれておいたことだが、昨年暮の12月2日、農水省は「農地改革プラン」を公表した。
I 農業生産・経営の基礎的な資源である農地の確保
II 賃貸を通じた農地の有効利用
III 農地の有効利用を促進する観点からの農地税制の見直し
IV 改革実現のための条件整備
V その他
の5つの柱からなるこのプランに基づいて“我が国における食料供給力の強化等を図るための新たな農地政策を早急に構築する”のだという。
“食料供給力の強化”は、確かに喫緊の重要課題である。精力的に取り組んでほしいものだが、しかし、そのために今“農地改革”を必要としているのだろうか。
あげられている諸課題のなかで、I の柱で真っ先に取り上げている“農地転用規制の厳格化”などはまさしく“食料供給力の強化”に直結するといっていい。“現行では農地転用許可が不要となっている病院、学校等の公共施設の設置については、その施設の周辺部における連鎖的な転用と相まって優良農地の確保の阻害要因となっている”のは確かであり、“これを新たに農地転用許可の対象とする”ことは、私も大賛成である。“違反転用に対する罰則の強化”も含め、是非“転用統制の厳格化”はやってほしいと思う。
しかし、プランが前文で問題にあげている“農業従事者の減少・高齢化等により耕作放棄地が増加していること”は、農地制度に問題があるから生じたことだろうか。そうではないことは、このプランを練った人たちが、耕作放棄地の現場を見ているとしたら、承知できていたことではないかと私は思う。
今の農業収益条件では先の見通しがないから若い人が農業につかないのであり、作っても赤字になるばかりだから耕作放棄地が増えるのである。対策は農地政策をどうこうすることではなく、価格政策なり、所得政策をしっかりして、農業で生活できるようにしてくれることだ、と“むら”の人なら誰でもそう言う。その訴えを現場を見に入ったら聞けたはずである。そういう切実な声をどう聞いたのだろう。
◆現場の声とズレる改革
現場の意見は充分に知っていても、それにはとらわれない、ということなのかもしれない。II の柱のなかでこれから“創設”しようといっている長期賃貸借についてもそうである。
長期賃貸借というのは民法原則の20年を超える長期の賃貸借のことだが、実際に営農に励んでいる経営者はそんなことは望んではいないことを、次の表は明瞭に示しているとしていいだろう。
一番希望が多いのは6年以上10年未満で約4割を占める。次いで多いのが3年以上6年未満の23.6%であり、6年未満の希望者があわせて68%、約7割になる。20年以上などという民法原則を超える希望者は僅かに5%たらずなのである。
農業収益の悪化を反映して小作料はこのところ年々低下している。普通水田小作料は全国平均で1985年は10a2万3866円だった(日本不動産研究所調査)。それが96年に2万円を割り、05年には1万4574円、08年は1万2818円になってしまっている。年々小作料が低下するなかでは、経営者にとっては契約期間は短いほうがいいのであり、前掲表のようなことに当然なる。長期賃貸借を現場は求めてはいないのに、しかもそのことは、自分のところで調査したのだからよく知っているはずなのに、なぜ民法原則を超える制度にしようというのか。
“最低でも原則として20年以上の借用が可能となる”ような“定期借地権制度”を作れといったのは、経済財政諮問会議「グローバル化改革専門調査会第一次報告」(07・5・8)だった。現場は借地期間の長期化は求めていないのに、あえて民法原則を超える長期賃貸借の“創設”をいっているのは、現場よりも財政諮問会議の御意向に従うことが大事ということからなのだろうか。
◆経財諮問会議の意向?
御意向に従うといえば、II の柱の主内容になっている“農業生産法人以外の法人についても賃借による参入を拡大する”こと、つまり一般株式会社の借地による農業参入を自由にすることも、経済財政諮問会議が前々から強く求めていたことであり、さきの第一次報告でも“所有と利用を分離し、(a)利用についての経営形態は原則自由、(b)利用を妨げない限り、所有権の移動は自由、とする”という“基本理念”が強調されていた。それに応えようというのである。
株式譲渡制限等一定の要件を備えた株式会社を農業生産法人の一形態として認めたのが2000年、特区に限って、農業生産法人でない一般株式会社がリース方式で農業に参入できるようにしたのが02年、特定法人貸付事業制度として市町村指定地区での営農を一般株式会社に認めたのが05年だった。地区指定を管内全域にした市町村もかなりあり、宮崎県などは全市町村がそうしたという実績(?)を踏まえて、貸借だったらどこでも自由に一般株式会社が農業を営めるようにしよう、ということが今回の提案である。
05年に始まる特定法人貸付事業を実施する“地区”は、“地域の農業者だけでは遊休農地の解消やその発生の防止が困難となっているような区域…とすることが適当である”(経営局長・振興局長連名、05・9・1「運用通知」)という曖昧な表現で指示されていた。市町村の実施区域指定状況が発表された時、曖昧さが“市町村を…安易な拡大解釈に走らせ全域指定にさせたのではないか。それでいいのか、である”と、だいぶ前の本欄(本紙06・12・10)で問題にしたことがあったのだが、今こういう「農地改革プラン」が出てきたのを見ると、あの曖昧な運用通知を出したのも予定の行動だったのかと邪推したくなる。
次は所有権も認めようとするのではないか。経団連は97年9月の農政提言のなかで、株式会社の農業参入について第1段階出資要件大幅緩和、第2段階借地方式による参入、第3段階所有権容認の3段階で実現すべきことを求めていた。第2段階を終わらせようとしてるのだが、“それでいいのか、である”。
◆JAの農業参入 真剣な議論を
“それでいいのか”と言いたいことに、もう1つ、JAの農業参入問題がある。“他の法人と同様に、農業協同組合自らが農業経営を行うことができるようにする”というのだが、これを安易に認めていいのか、問題だ。JAの農業参入は現行では“農業経営の受託、子会社の設立等の場合に限定されている”とプランには書かれているが、もう1つ、農協法にわざわざ第11条の15の2、第11条の15の3を起こして規定している農業経営がある。これにふれていないのは奇異という外ないが、研修のためのこの農業経営をJAが行うとする場合は、“総組合員…の3分の2以上の書面による同意を得なければならない”ことになっている。JA自ら研修目的の農業経営を営み、地域営農の担い手育成にもっと積極的に取り組んでほしいと私は願っているが、その研修用の営農にすら、“総組合員…の3分の2以上の書面による同意”を求めるほどに慎重だったJAの営農を“他の法人と同様に”扱うことでいいのだろうか。JAは真剣にその当否を議論してほしい。
現行制度を見落としているのではないか、と言いたくなることに、もう1つ小作地所有制限問題がある。制限を超えたとき国に買収されることになっているが、この“仕組み”が“農地の貸借を阻害する要因となることから、これを廃止する”とプランはいっているが、経営基盤強化法による農用地利用集積計画で設定された小作地は“例外”扱いになっている(農地法第7条第1項13の2号)。農業経営基盤強化促進事業はもうやめるというのだろうか。
東京農工大学名誉教授