■農政転換への強い要望
衆議院選挙は、予想通り民主党の圧勝に終った。政権交代、まさしく日本もチェンジとなった。予想通り、とはいうものの、これほどの圧倒的な勝利になるとは、政権交代をいい続けた民主党の先生方自身も予想はしていなかったのではないか。特にこれまで自民党を支え続けてきた農村部で、総合農政調査会長や農業基本政策委員会委員長などの自民党農林族の大物の落選が相次いだことは、極めて象徴的というべきだろう。
民主党がマニフェストで“米国との自由貿易協定(FTA)締結”をいったのに対し、全中、農政連が緊急集会で“FTA締結阻止”を打ちあげて民主党批判を強め、民主党が慌てて“交渉促進”に表現を修正したときには、農村票は或は変るか、と私などは考えたものだが、そんなことはなかった。“強きを扶け、弱きを挫く”新自由主義的構造改革農政に痛めつけられた農家の人たちの農政転換への強い要望が、急浮上した民主党批判の声などは受けつけなかったのである。
■戸別所得補償、実現への課題は?
圧勝だっただけに、マニフェストで約束した諸政策がどう実行されるのか、当然注目度は高く、その取り組みへの政治責任が強く求められる。
その点は民主党の先生方も重々御承知のことだろうが、前回もふれたように、目玉対策の農家戸別所得補償制度にしても、まだまだ制度設計として詰めなければならない点が一杯ある。米、麦、大豆など主要作物について自給率向上を目指して??10年後50%、20年後60%が目標になっている??生産計画をたて、その計画生産に従った生産を行なう農家に生産費と販売価格の差額を補てんするというのがその構想だが、これまでの仕組みを抜本的に変える大計画といってよい。その制度的仕上げはまだ終わっていない。民主党が政権を握ったからには、そしてこの大計画を農政の目玉としている以上は、農水省も当然ながらその制度設計に総力をあげて取り組まなければならないはずだが、そういう体制を組んでいるのだろうか。
■農政転換と矛盾する機構改革案
それに関連して甚だ不可解なのは、民主党圧勝が明らかになったその日に発表された農水省の機構改革案である。
農相直轄の「農林水産行政監察・評価本部」の新設、総合食料局を廃止して食料生産局、資源産業局をつくることなどが本省の大きな模様替えだが、問題なのは現在346ある地方農政事務所等の地方の拠点を廃止し、65の「地域センター」にするという計画である。
事故米問題や米の在庫・流通調査で虚偽報告が多発した総合食料局を解体、業務の再編を図る、これは当然やらなければならないことではある。事故米問題への行政対応が、どうしてあんな杜撰なことになったのか、充分な究明の上で執務体制を正し、必要とあれば組織・機構を改めることに躊躇があってはならないこと、いうまでもないだろう。
だが、組織・機構の改変で346あった農政の地方拠点を65にしてしまうというのは、地域の実態にあった施策こそがことさらに重要な意味をもつ農政の実施体制として、これでいいのか問題だ。
特に問題なのは346のうちの半分を占める統計の現地拠点の多くがなくなってしまうことである。新政権が売り物にしている農家戸別所得補償の実施がこれでは危くなるのではないか、と私は危惧する。
■地方農政拠点こそ鍵握る
ポケット農林水産統計に、統計部が調査している作物別の生産費調査結果が収録されている。今から15年前の1993年に収録されていた生産費の作物名と、2008年のそれをくらべると右表のようになる。○が08年に収録されている作物名、×は08年にはない作物である(93年にはなくて08年にあるものとしては交雑種牛生産費があるだけ)。
大規模経営に生産を集中すれば万事うまくいく、という思い込み構造改革行政のなかで、生産費調査などは片隅に追いやられ、×が激増することになったのである。地方農政拠点の65への圧縮は、この傾向を益々強めること必然であろう。
戸別所得補償の実施は、主要作物の生産費と販売価格の把握からまず始まる。それなのに生産費を的確に把握する調査機構は、今まで以上に圧縮されようとしているのである。
民主党は、まずはこの地方農政拠点の大幅縮減計画に待ったをかけるべきではないか。地方農政拠点、特に統計作成の第一線を潰すようなことでは、目玉政策に着手することもできなくなることを問題にするべきだ。
東京農工大学名誉教授