◆2種類の交付対象者
農水省の平成22年度農林水産予算説明資料によると、注目の「戸別所得補償制度に関するモデル対策」5618億2100万円は、表に示すような構成になっている。
3つの事業から組み立てられているが、まず第1に位置しているのが水田利活用自給力向上事業であり、第2に米戸別所得補償モデル事業、そして第3に推進事業となっている。
モデル対策といっているのに、モデル事業が2番目になっているのはどうしてだ、とまず気になるところだが、より以上に問題なのは助成金の“交付対象者”のちがいである。水田利活用では“米の「生産数量目標」の達成にかかわらず助成対象とします”となっているのに、米戸別所得補償では、“米の「生産数量目標」に即した生産を行った販売農家・集落営農のうち、水稲共済加入者又は前年度の出荷・販売実績のあるもの”となっている。“交付対象者”に大きなちがいがあるのだが、こんな大きなちがいのある事業を総称して“戸別所得補償制度に関するモデル対策”などといっていいのだろうか。
◆考えは変ったのか
民主党が07年の第168回臨時国会に提案し、参議院で可決されたものの、第169回通常国会での衆議院否決のため廃案になってしまった“農業者戸別所得補償法案”では、農業者戸別所得補償制度は
(ア)“国、都道府県及び市町村”が“主要農産物の種類ごとに”“毎年”“生産数量の目標を設定”し(法案第3条)、
(イ) その“生産数量の目標に従って主要農産物を生産する販売農業者”に、“その所得を補償するための交付金を交付する”(法案第4条)こととするが、
(ウ)その交付金は、“主要農産物の種類別の標準的な販売価格と標準的な生産費の差額を基本として…定める面積当たりの単価”に“販売農業者のその年度における当該主要農産物の生産面積…を乗じて”算定する(法案第4条第2項)、
という制度だった。“主要農産物”とは、“米、麦、大豆その他”(法案第2条)の“食料自給率の向上ならびに地域社会の維持及び活性化その他の農業の有する多面的機能の確保に資する”(法案第1条)“ものとして政令で定める農産物をいう” (法案第2条)とされていたが、参議院での質疑の際の発議者平野達男議員の答弁では、“基本的には、標準的な当該作物に係る生産費と標準的な販売価格とを比較いたしまして、生産費が上廻っているという、そういう作物については、この法律の対象にでき得る…。(米、麦、大豆以外では)菜種、てん菜、サトウキビ、でん粉用バレイショ等々の作物”があげられていた。(第168回国会07.11.1参院農林水産委会議録第4号5ページ)(()内は筆者補足。)
施策対象になる“主要農産物”の“生産数量目標”が毎年定められ、その目標に従って生産販売を行なっている農業者が施策対象者になる、という仕組みである。当然ながら“生産数量目標”は個々の農業者ごとに示されるのであろう。
この戸別所得補償法案が示していた制度と今回の“戸別所得補償制度に関するモデル対策”の仕組みは、後者には生産数量目標のない「水田利活用自給力向上事業」が含まれている、という点で明らかに異なる。であるのに、“モデル対策”としているのは、戸別所得補償制度の考え方が、法案として論議していたときとは変ったということなのだろうか。変らないのだとするなら、当然ながら“水田利活用”対象者にも“生産数量目標”達成要件をつけるべき、ということになろう。
◆備蓄構想も早急に示せ
“水田利活用”では、米粉用や飼料用など、主食用以外の新規需要米に10a8万円を交付する優遇策がとられている。水田を活用でき、自給率アップにも大きく寄与する最有力作物とみているのであろう。
飼料米重視は、飼料穀物国内生産政策が極めて薄かったことを考えれば、高く評価していいのだが、気になるのは、民主党が米に関する重要な公約として、かねがね300万トン棚上げ備蓄をいっていたことと、この優遇策はぶつからないか、ということである。
これまでの回転備蓄政策が時に強力な米価引下げ作用をともなっていたことからいって、棚上げ備蓄には私も賛成するものだが、問題は300万トンのうちのどれ位を毎年棚上げするのか、棚上げ米の処分先はどうなるのか、ということである。援助を必要とする途上国への贈与ももちろんあるだろうが、国内向けでは当然に非主食用用途向けになる。飼料米などにはしないことを想定しているのだろうか。棚上げの構想も早く示してほしいものだ。
東京農工大学名誉教授