◆戸別所得補償、その効果は?
来年度から本格実施に入る戸別所得補償制度の骨格がようやくはっきりしてきた。農水省が8月24日に発表した「戸別所得補償制度の骨子(案)」によると、この制度は“販売価格が生産費を恒常的に下回っている作物を対象に、その差額を交付することにより、農業経営の安定と国内生産力の確保を図り、もって食料自給率の向上と農業の多面的機能を維持することを目的とする”のだという。
制度は(1)戸別所得補償交付金、(2)水田活用の所得補償交付金、(3)さとうきび、でん粉原料用かんしょの取扱いの3つに分かれ、それぞれ対象作物がきめられており((1)では米、麦、大豆、てん菜、でん粉原料用ばれいしょ、そば、なたね、(2)では水田作物の麦、大豆、飼料作物、米粉用・飼料用米、WCS稲、そば、なたね、加工用米及び道府県の判断による地域特産物、(3)ではさとうきび、でん粉原料用かんしょが対象作物))、“対象作物ごとの生産数量目標に従って、販売目的で生産(耕作)する「販売農家」、「集落営農」”が施策“対象となる農業者”とされている。
(1)、(2)、(3)いずれにも面積払い、数量払いの組合せやその所得補償交付金の算定方法、加算措置など吟味したい多くの問題があるが、とりあえずは実施方法と所得補償の効果の2点を問題にしておきたい。
◆水田農法に変化は起きるか
所得補償施策の効果を「骨子(案)」は簡明な試算結果を次の表の“10a当たりのイメージ”として示している。
注目する必要があるのは、飼料用米と加工用米を除いて、小麦、大豆、米粉用米、わら利用の場合の飼料用米いずれもの所得が主食用米の所得を上回っていることである。需給調整に参加している主食用米の10a当たり所得は4万1千円だが、転作大豆は5万3千円、小麦は4万6千円になるという。
これまでは良質米生産を目指して田植が早まり、裏作麦を後退させてきた。裏作麦を作るのをやめ、裏作所得が減っても米での所得のほうが有利だったからである。麦作振興を意図した「基本計画」が、「克服すべき課題」をあげているところで、小麦について“良質な水稲晩生品種の育成による広汎な二毛作の普及”をあげていたのは、そのためだった。
転作で水田に大豆を作らなければならなくなっても、鋤き床を壊すようなことは、農家はしなかった。その田を米作りにもどしたとき漏水しては困るからである。
稲の生産条件維持が、水田に稲以外の作物をつくるときにも優先していたのである。米作所得のほうが麦や大豆の所得をはるかに上回っていたからである。
が、この表のようにその収益関係が逆転してくると、話は違ってこざるを得ない。この逆転関係の長期固定化に農家が確信を持ったら、水田農法の変革がおきるのではないか。表の示す収益関係は、そういう期待をもたせる。
◆食糧法の改正が必要
その施策の長期固定化に関係するが、問題なのは、“実施体制”である。「骨子(案)」には、実施体制、特に“生産数量目標の設定”について、こう書かれている。
(1)「食料・農業・農村基本計画」で定められた平成32年の生産数量目標の達成に向けて、国、都道府県、市町村が連携し、行政が主体性を発揮する仕組みを設ける方向で検討する。
(2)その際、対象作物の生産動向、需要動向等を反映した生産数量目標となるよう、都道府県、市町村が、農業団体、実需者等の関係機関の参加を得た農業再生会議を設置して意見を聴くこととする。
(3)なお、現在、種々の事業ごとに設置されている協議会については、農業再生会議に整理統合する。
“行政が主体性を発揮する仕組み”でやろう、というのである。これは明らかに食糧法が定めているところとちがう。
食糧法は“米穀の生産を行う者に係る米穀の生産数量の目標…の設定方針”“生産数量目標を達成するためにとるべき措置”を含む「生産調整方針」は、“米穀の生産者又は出荷の事業を行う者の組織する団体その他政令で定める者”が“作成”、農林水産大臣の“認定”を受けることになっている(食糧法第5条)。そして“政府は…生産調整の円滑な推進に関する施策を講ずるに当たっては、生産者の自主的な努力を支援することを旨とする”(第2条)ことになっている。“行政が主体性を発揮する仕組み”でやろうというのは、明らかにこれらの規定に反する。食糧法改正案を同時に出すべきではないか。
【著者】梶井 功
東京農工大学名誉教授