◆一息つけるのか?
10月1日の臨時国会冒頭の総理所信表明演説で、“環太平洋戦略的経済パートナーシップ(TPP)協定交渉などへの参加を検討し、アジア太平洋自由貿易圏の構築を目指す”と、唐突にTPP参加を菅首相が言い出してこの一カ月、その是非をめぐって揉みに揉んできたこの問題、どうやら当面はTPPについての情報収集のための“交渉”ということになりそうだ。
が、参加ではない、と一息ついていいのかどうか、問題は残っている。民主党の対応検討プロジェクトチームが11月4日に出した提言では、TPP交渉に入りそうな首相や外相を牽制する意味を込めてであろうか、「情報収集のための協議を行い、(交渉の)参加・不参加を判断する」となっていた。が、この提言をベースにしたはずの11月6日の閣僚委員会決定文書『包括的経済連携に関する基本方針』では「その情報収集を進めながら対応していく必要があり、国内の環境整備を早急に進めるとともに、関係国との協議を開始する」と修文されている。“政府内の根強いTPP推進論にも配慮した格好だ”と日本農業新聞は評していたが(11.8同紙)、“にも”ではなく“に”への“配慮”の方が強いと読むべきだろう。一息つくわけにはいかない。
山田前農相が会長になって活動している民主・国民新党の与党議員有志の「TPPを慎重に考える会」のなお一層活発な活動を期待したいが、基本はやはりTPP参加に反対する国民運動を盛り上げることだろう。
◆許されない世論無視
TPPは例外なしの関税撤廃を原則にしている。例外なし、という点で、関係国の協議で例外品目を認め合うFTA(自由貿易協定)・EPA(経済連携協定)とは、センシティブ品目に与える影響は決定的に異なり、関税撤廃によるマイナスは大きい。今回のTPP参加論議が始まった時点で、農水省はTPP参加で関税が撤廃されたときの日本農業に与える影響を試算し、公表しているが、その試算によると米の1兆9700億円を中心に全体で4兆1000億円の農業生産減が生ずる。
関税率10%以上 かつ生産額が10億円以上の19品目(米、麦、甘味資源作物、牛乳・乳製品、牛肉、豚肉、鶏肉、鶏卵等)を対象にしての試算だそうだが、以上の基幹作物の崩壊は当然ながら他作物にも及び、日本農業は崩壊することになろう。
関税を撤廃したらどうなるか、という試算を農水省が行ったのは、今回が初めてではない。“オーストラリアを訪れた日本経団連の御手洗会長が日本とオーストラリアの経済連携協定(EPA)交渉に関して、乳製品など重要品目の関税の段階的削減を支持する発言をした”(07・9・10 日本農業新聞)と伝えられたなかで、「関税措置の撤廃」を財界の要求と受けとめ、「撤廃した場合の国内農業等への影響(試算)」を公表している。
対オーストラリアEPAで仮に「関税措置の撤廃」を約束すれば、それは対オーストラリアのみにとどまらなくなることを当然想定しておかなければならないことから、試算は“我が国が、すべての国に対して、すべての農産物及び農産加工品・加工食品等…の関税をはじめとする関税措置を撤廃する”ことを“前提”にして行われていたが、その試算では、農業生産は“現在の農業生産額……の約42%”3兆6000億円のマイナスが生ずるとされていた。この07年試算と今回の試算を対比させてみると表のようになる。
消費者にとって最大の問題は今40%の食料自給率が14%になってしまうということだろう。つい先頃(10月14日)内閣府が発表した食料供給についての世論調査でも86%の人が食料輸入について「不安がある」と答え、食料自給率を「高めるべき」とする人が91%にもなっていた。北米自由貿易協定で主食のトウモロコシ生産が潰滅したあとで、アメリカのバイオ燃料政策の影響もあってトウモロコシ価格が急騰、食料暴動に人々が動かざるを得なくなったメキシコのような事態が、低自給率のもとではこの国でも起こりうることを、この数年の世界の食料需給から考えざるを得ないからこその86%であり、91%なのである。この世論を無視することは許されないとすべきである。
07年試算を発表した文書で、農水省は、事は食料問題にかかわるだけではなく、“農業生産が維持されることによって発揮されてきた国土、自然環境の保全等の多面的機能や不足時にも国民に食料を生産・供給する力(食料供給力)が大きく低下。これらは、一度失われると再び回復させることが困難”であることを指摘、“関税措置撤廃の是非は、我が国の食料安定供給や農業のあり方に止まらず、この国のかたち、日本人の生き方そのものに大きく関わる問題”であることに注意を喚起していた。菅首相にはよくよく考えてもらいたい。
【著者】梶井 功
東京農工大学名誉教授