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時論的随想 ―21世紀の農政にもの申す

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(45) 国民自身の「政策選択」に反するTPP

・日本国民の主張とは?
・新基本計画の具体化こそ

 鹿野農水大臣はもちろん御記憶のことと思われるが、1989年9月、日本政府がガット事務局に提出、各国に配布した「農業交渉グループにおけるステートメント」のなかに、次の一節があった。

 "一部の輸出国から食料の安定供給のコミットメントに関する言及がなされており、輸出国側においてその方向での実施がなされることは勇気づけられるものであるが、食料が危機的に不足し、輸出国においても自国民への供給に影響するような事態が生じないとも限らず、そのような場合には輸出国からの如何なるコミットメントもその担保が確保し難くなる状況があり得るのではないか。"

◆日本国民の主張とは?

 鹿野農水大臣はもちろん御記憶のことと思われるが、1989年9月、日本政府がガット事務局に提出、各国に配布した「農業交渉グループにおけるステートメント」のなかに、次の一節があった。

 “一部の輸出国から食料の安定供給のコミットメントに関する言及がなされており、輸出国側においてその方向での実施がなされることは勇気づけられるものであるが、食料が危機的に不足し、輸出国においても自国民への供給に影響するような事態が生じないとも限らず、そのような場合には輸出国からの如何なるコミットメントもその担保が確保し難くなる状況があり得るのではないか。”

 このステートメントは、ガット農産物交渉に臨む日本政府の基本的立場として、食料安全保障重視の見地から、一定の国内生産保持の必要性を主張することを明らかにしたステートメントだった。
 日本政府は、世界的な食料需給の見通しが、“決して楽観できないとの認識を有して”いることをまず述べ、その上で、“一般的に、食料安全保障を確保するための手段としては、(1)国内生産を維持すること、(2)実際の生産を伴わず潜在生産力を保持すること、(3)備蓄を確保すること、(4)安定した輸入を確保すること、などの議論がある”が、(2)は“実際の生産活動を通じて…生産条件を常に良好な維持管理の下に置”く必要のある農業の特性からいって“取り難い”方法だし、(3)は“暫定的・緊急避難的措置”としてしか有効ではないとし、考慮する必要があるのは(4)だとして述べた(4)に関する結論が冒頭の一文である。
 “国内自給が困難で輸入により供給の安定を図っている品目においては”“二国間協定”とか“輸入先の多角化”などでの“安定した輸入の確保”が“極めて重要な方法である”ことは認める。しかし“国内で自給可能な基礎的食料についてまで、その安定的供給を確保する手段として、海外からの供給に依存することは考え難いとする国民意識が幅広く存在し、かつ根強い。このような事情は国民自身の政策選択という意味で尊重されるべきである”とした上での結びの文章だった。


◆新基本計画の具体化こそ


 このステートメントが出された頃の国民与論は、“外国産より高くとも…国内でつくるほうがよい”とする者が73%で、“外国産のほうが安い食料については、輸入するほうがよい”とする者17%、“わからない”10%だった(1990年10月総理府世論調査)。まさしく“海外からの供給に依存することは考え難いとする国民意識が幅広く存在し”たのだった。
 つい先頃(10月14日)、内閣府が公表した最新の「食料供給に関する与論調査」では、将来の食料輸入について86%の人が「不安がある」と答え、カロリー自給率40%で低迷している食料自給率を高めるべきとした人が91%になっていたし、「米などの基本食料も含め食料全般を国内で生産すべき」とする人が90%にもなっていた。
 “国民自身の政策選択”は、かつてよりはより強く“国外からの供給に依存することは考え難いとする”ようになっているとすべきだろう。
 将来の食料輸入を不安とする理由として“異常気象や災害による海外の不作の傾向があるため”を59%の人があげていた。今年、干ばつのため穀物輸出禁止措置をとったのはロシアとウクライナの二国だけだったが、一昨年はブラジル、ロシア、インド、中国、アルゼンチン、インドネシア、ベトナムなど20カ国を超える国々が穀物輸出を禁止した。“輸出国においても自国民への供給に影響するような事態”がこの数年現実におきており、“輸出国からの如何なるコミットメントもその担保が確保”できない事態が現実になっているのである。食料自給の重要性を、90%もの国民が言うようになっているのも、当然としていい。TPPへののめり込みは、この“国民自身の政策選択”に反することをやろうということを意味する。そういうのめり込みは絶対許されるべきではない。
 幸いにしてというか、89年ステートメントを出したとき農水大臣だった人が、今またその職にある。是非とも“輸出国からの如何なるコミットメントもその担保が確保し難くなる状況があり得る”ことを、TPPにのめり込んでいる感のある総理も十分に認識するよう、農水相には努力してほしいと思う。
 89年当時のカロリー自給率は49%だった。それが今40%である。その自給率レベルですら86%の国民が不安を感じ、91%の国民が自給率アップを求めているのである。自給率を14%にするような政策は“国民自身の政策選択”に全く反する。
 “国民自身の政策選択”に応える政策方向は、総理自身が副総理としてだが参画していた閣議で、自給率50%引上げ目標を柱にした新「食料・農業・農村基本計画」としてこの春、確定したはずである。それがあるのに「食と農林漁業の再生実現会議」で何を論議しようというのだろうか。国民が待っているのは新「基本計画」の適確な実現施策である。

【著者】梶井 功
           東京農工大学名誉教授

(2010.12.08)