◆トウモロコシ作付け戦後最大
「米国は世界の穀物需給に絶対的な影響力を持つ」。報告会で同機構のワシントン駐在員の郷達也氏は改めてこう強調した。
世界全体のトウモロコシ生産量は約7億トン。そのうち米国産が38%を占める。トウモロコシの貿易量は8700万トンだがこのうち米国からの輸出量は61%にもなる。大豆の世界全体の生産量は2.4億トンで米国産が37%を占め、輸出量ではブラジルがトップだが米国が42%を占める。小麦はやや例外で生産国、輸出国とも多く米国は生産量で8%、輸出量で23%にとどまるが、トウモロコシと大豆では米国の存在感は大きい。
その米国でバイオエタノール生産が激増し、原料となるトウモロコシの燃料用需要増で飼料穀物に大きな影響を与えはじめていることを本紙は昨年3月に解説した(06年3月20日号)。
その後、在庫率の低下が見込まれトウモロコシ価格は急騰し、現在は1ブッシェル3.3ドル前後となっているが一時は4ドル台を超えた。
こうしたなか07年産の作付けが始まったが米国農務省(USDA)の発表ではトウモロコシの作付け面積は9290万エーカー(約3700万ha)と戦後最大となった。また、生産量も9月10日の見通しでは138億ブッシェル(約3億4000万トン)となっている。
◆GMトウモロコシ着実に拡大
一方、大豆の作付け面積は対前年比で17%減少した。米国中西部のコーンベルト地帯は、実は大豆の産地と重なる。これまでコーンベルト地帯の約9割が大豆との輪作を行ってきたがトウモロコシの連作に切り替わったという。連作障害が懸念されるが、連作に強い遺伝子組み換え(GM)品種の作付けが着実に伸びている。郷駐在員のデータによると、06年時点ではGM大豆、GM綿花の作付け割合がともに8割を超え、トウモロコシは60%程度にとどまっていたが、07年には73%にまで伸びた。
単位面積当たりの粗収入もトウモロコシのほうが有利だという。2000年代の初めには、大豆もトウモロコシもともに1エーカーあたり200ドル台だったが、06年ではトウモロコシのみグーンと粗収益が上昇し500ドル近くまで跳ね上がった。トウモロコシが圧倒的に有利な状況だ(図2)。
米国の穀物生産農家がトウモロコシの生産にシフトするのも分かる。需要構造の変化は明らかで07年のエタノール向けの需要量は34億ブッシェルと輸出向けの21億ブッシェルを抜き、消費量の27%を占める見込みだ(図1)。
◆エネルギー政策で動く穀物相場
エタノール需要の伸びでトウモロコシの需給がひっ迫するのではないかとの見方もあるが、USDAは長期見通しで反収の伸びを予想している。遺伝子組み換え品種の導入とコーンベルト地帯が米国内でも水資源に恵まれていることなどが要因だ。生産者にとっても有利な作物であり、郷駐在員も基本的には供給に不安はないと報告した。ただ、耕作不適地まで作付けが拡大し天候要因リスクが高まる点も指摘されている。
生産拡大が続き供給そのものに不安はないとしても、価格は今後どう推移するのか。
USDAは2016年までに価格見通しを示しているが、そこではエネルギー政策によって価格見通しが変わってくることを示している。
USDAが予測したベースラインでは、09年に1ブッシェル3.7ドル台となり、その後、3.3ドル台程度まで落ち着くと予想している。
ところが、米国がエタノール工場への補助金など支援策を続ければ、09年には4.1ドルに上昇し、その後もほぼ同水準で推移するとしている。
逆に支援を撤廃すれば2016年には3ドルを切る水準まで下落していくと予想している。
この予測では数年前のような1ブッシェル2ドル台の水準には戻らず、高止まり傾向が数年は続く。しかし、エネルギー政策の動向によって「1ドルの違いが出る」という見通しとなってるのだ。
USDAは大豆でも同様の価格見通しを示しているが、こちらはエネルギー政策によって1.6ドルもの価格差が出ることが予想されている。
◆構造調整を急ぐ米畜産界
飼料穀物価格の高騰は米国の畜産農家にももちろん打撃を与えている。
ただ、畜種によって違いはあるものの対応策を強化しているという。
そのひとつがエタノール生産の副産物のDDGSや食品残渣の活用による飼料の見直しだ。
DDGSの利用実態については郷駐在員がUSDAのデータなどをもとにした試算を報告した。それによると養豚農家で利用度が高く、利用農家割合で37%、豚への給与割合で90%を超えているという。価格や品質についての農家の評価は高いが、エタノール工場が集中するコーンベルト地帯での利用が中心になっているなど、輸送面での課題も多い。そのほか肥育期間の短縮、素牛価格の引き下げなどにも力を入れているという。
さらに米国の畜産農家はコスト削減だけではなく収入増大策にも打って出た。
養鶏業界では生産数量を減らして、製品価格引き上げを行ったという。米国では、大企業による寡占度が高い。たとえば、鶏肉では上位5社で市場の63%を占める。牛肉では84%、豚肉では73%にもなる。
寡占状態を背景にした製品価格の引き上げという調整は「すでに終わっている」。また、養豚業界では輸出ルートを拡大するといった新規市場の開拓も進めているという。
◆エネルギー政策への批判高まる
もちろんこうした自衛策のほか、今年初めからは畜産団体が大同団結してロビイング活動にも力を入れ始めた。
米国政府は2012年までにエタノールの使用など再生可能燃料を75億ガロン使用する義務を決めるなど、バイオ燃料政策の目標基準を打ち出している。
今年6月、その基準を2015年までに150億ガロンとする引き上げ基準が上院で通過。それに対して畜産団体が猛反発し、8月の下院での採決ではこの目標は削除されたという。
畜産団体の主張はエネルギー安全保障には賛成だが、エタノール工場建設などへの国の補助金には反対、である。
穀物高騰で米国でも食品価格が前年比3〜4%高騰したことから、都市部のメディアを中心にこの政策が「補助金まみれの産業」だとの批判も出始めた。
また、ブッシュ大統領が10年間でガソリン使用量を20%削減するとの年頭演説に石油業界も反発。トウモロコシの作付け拡大によって休耕地が減少することに環境保護を主張する団体から疑問の声も出ているという。
さらに米国はエタノールに限り輸入税を上乗せし国内エタノールを保護している。
これに対しては今年5月、国連が出した報告でも「食料生産から取り上げる土地を一層増やすことになる」と警告を発している。
郷駐在員は「逆風が吹き始めたエタノール産業」が現地の実感だと語った。
ただ、米国の畜産自体は飼料穀物の高騰に対して先に触れたような対策を打ち出し、また、安価なDDGSの利用などで穀物価格の高騰を吸収して成長するだろうと予想し、飼料穀物価格の高止まりは続きそうだとみる。
報告会ではアルゼンチンのトウモロコシ生産の現状についても紹介された。同国はトウモロコシの輸出比率が高く7割近くにもなる。生産量は世界の3%だが、輸出量では19%を占める(表)。しかし、国内経済の安定のため輸出登録制によるコントロールをしていることや、日本までに海上輸送コストが米国に比べて高いことなどの問題があり、飼料穀物の輸入先は米国中心にならざるを得ないと指摘された。
日本の畜産にとって厳しい状況は続くが、各国の食料、エネルギー政策、社会経済政策の動向が日本の農業に大きな影響を与えていることを改めて感じさせられた。