◆海外にも事業を展開する農業化学部門
おおば・しげひろ 昭和18年2月生まれ。昭和42年入社。平成6年愛媛工場副工場長、7年取締役、10年常務取締役、14年専務取締役、15年専務執行役員委嘱、16年取締役 |
――御社は肥料製造会社として発足され、100年近い歴史を誇り農業に深い関係をもつ会社だといえますが、そうした歴史を含めて、御社の理念をお話いただけますか。
「住友化学は、1913年に四国の別子銅山で銅の精錬にともなって発生する亜硫酸ガスから肥料を製造することを目的に発足した会社ですので、農業化学部門は住友化学のオリジンだと思っています。設立当初から、環境問題への取組みと豊かな暮らしづくりを目的としてきましたので、社会的な責任を非常に大事にしてきました。
住友グループは400年の歴史があります。グループ会社はそれぞれが独立した経営を行っていますが、住友グループ各社共通の基本精神があり、とくに“信用を重んじ確実を旨として、浮利を追わない”“時代の変遷に対し迅速に対応する”の2つが400年続いてきた基本だと思います。そして“自利利他公私一如”という言葉もありますが、これは、企業は自分たちだけのことを考えるのではなく社会に貢献しなければいけないということで、最近のCSR活動と同じ精神だと思います」
――農薬については、いつごろから取組まれていますか。
「1954年(昭和29)の殺虫剤パラチオンの技術導入・製造開始からですが、画期的なのは62年(同37)に殺虫剤のスミチオンを上市したことです。そして76年(同51)の殺虫剤スミサイジンの上市。それから81年(同56)の殺菌剤スミレックスの上市などが、住友化学の農薬事業を変えてきました。
かなり多くの新製品を提供させていただいておりますので、研究開発を基盤とした経営というのが基本的な考え方です」
――海外にも進出されていますね。
「88年(同63)に米国にベーラント社を設立しましたが、このときから世界戦略が始まりました。その後、2000年(平成12)にアボット社から生物農薬事業を買収しベーラントバイオサイエンス社を設立して、米国でのビジネスを展開しています。
現在は、米国、欧州、アジア、日本の4極体制でビジネスを展開しています」
◆研究・開発が事業経営の基盤
――現在、重視しているグローバル戦略はなんですか。
「大きく4つあります。私たちの事業は研究開発が基盤ですから、1つは新製品を開発するためのパイプラインを強化することです」
――なるほど。2つ目は。
「2つ目は、既存品は放っておけば右肩下がりになります。私たちはプロダクト・ライフサイクル・マネジメントといっていますが、既存品の新しい適用拡大とか製剤化とか混合剤として手を加えてライフサイクルを伸ばしていこうということです。そのときに大事なことは、知的財産をどう確保するかですが、そういうことをトータルで行うことです」
――3つ目は。
「いま20か国に会社を持っていますが、いまよりも地域的に拡大しようと考えています」
――具体的には。
「英国、ハンガリーなど東欧、中近東、それから北アフリカ、そして東南アジア、ラテンアメリカですね」
――4つ目はなんですか。
「事業付加価値の拡大です。私たちは農業分野だけではなく、家庭園芸や非農耕地などの川下・周辺事業を拡大しています。米国で、最近ポストハーベスト事業会社に出資したのもこの方針に基づくものです」
◆研究開発のシナジー効果が大きい武田との統合
――そうしたなかで、この11月に住化武田農薬の農薬事業を統合されましたが、これによってどういうところを目指していこうとしているのでしょうか。
「私が担当しているのは農業化学部門ですが、これは農業関連資材と家庭用殺虫剤などの生活環境部門、そして飼料添加物の3部門です。売上げにして約2000億円ですが、これを09年までに2300億円にしたいと思っています。
そのなかで農業関連資材については、1500億円強で、海外が6で国内が4という割合です。グローバルな戦略は、化学農薬と生物農薬をコンビネーションしたビジネス展開をしたいとの考えです。国内については農業のトータルソリューションプロバイダーになっていきたいと思っています」
――具体的には…。
「農薬を売るだけではなくて、農業のトータルでビジネスをしたいということです。住友としては農薬だけではなく肥料を持っていますし、農業資材もありますから、これをベースに国内ではソフトを含めたビジネスを展開したいということです」
――住化武田農薬の農薬事業を統合した意味は…。
「2002年に武田薬品工業と当社で住化武田農薬という合弁会社をつくりましたが、これは5年間という約束だったわけです。そしてこの11月に住化武田農薬を完全統合したわけです。これは研究開発、マーケティング、営業、海外事業を一体となって進めることで、実際には数年前からできていますが、現実的には1つの会社になったわけですから、シナジーがもっと上がると思います。
そして武田の農薬事業が一緒になったことで、日本のトップメーカーの1つになれましたので、市場でのプレゼンスは大きく変わったと思います」
――一番効果が大きいと思われることはなんですか。
「マーケティングとか営業力がついたことがありますが、それ以上に研究開発部門が先行して統合しており、シナジーが非常に上がり、パイプライン化合物が増加したことは大きな成果だと考えています。
海外でのビジネスでは、武田はいままで商社を通じていました。住友化学はダイレクトが基本ですから、そういう意味で拡販ができると思います」
◆IPMからICMをコンセプトにし農業に貢献
――農薬や化学肥料は安全・安心と矛盾するという意見がありますが、化学メーカーとしてはどう考えていますか。
「農薬は適正に使わなくてはいけません。農薬メーカーは新製品を出していきますが、これはより安全な新製品ですから、適正に使えば散布回数も少なくなりコストも安くなる可能性があります。そしてもう1つ重要なことは、高齢化や大規模化すると省力化が大きな課題になりますが、そういう問題を解決できると思っています。
私どもが肥料を持っている強みは、土づくりからできるということです。土づくりから行い健全な土壌で栽培すると病気にもかかりにくくなりますし、虫にも強くなります。そして当社が開発した経営管理システムを使えばトレーサビリティも担保することができます。
それから農薬の世界で問題なのは、抵抗性への対応です。そのため、いまIPMという概念を前面にだしていますが、将来的にはICMというコンセプトで日本農業に貢献したいと考えています」
――遺伝子組み換え種子についてはどうですか。
「私どもは、将来的にも遺伝子組み換え種子については考えていません。ただ、バイオ技術は将来的に大事なので基礎研究は行っています。その一番のターゲットは、新製品開発探索のための評価システムです」
――農業において、これからの課題はなんですか。
「これからは世界的に水が不足しますから、水に対するストレスを解消する方法とか、温度変化に対するストレスの解消に植物調整剤を活用していくのも将来の大きな課題だと思っています」
――系統でのビジネスは…
「2004年に協友アグリを全農と一緒に設立しました。これが農薬における系統ビジネスの柱です。この会社に、特徴ある体質の強い系統農薬会社になって欲しいと考えています。肥料では愛媛県で系統ビジネスをしています」
◆大規模から兼業まで経済的に成立つ農政を
――日本の農業についてはどのように見ておられますか。
「日本の農業については、食料安全保障、そして環境保全もありますからトータルで見なければいけないと思います。そういう意味では、日本農業をキッチリと育てる農政が背景になければいけないと思います。そして農業が産業である以上、大型・中型そして小型兼業農家のみなさんが経済的に成り立つようにしなければだめではないかと私は思いますね。
そういう意味では、生産者がモノづくりだけではなく、消費者を意識した農業をしないとこれからはいけないのではないかと思います。私はこの数年間に北海道から沖縄まで30数箇所以上の生産法人や大型農家を訪問しましたが、成功している方は消費者をすでに意識しています。JAでも消費者を意識して成功しているところがあります」
――農業現場をご覧になって何が問題と思われましたか。
「一番たくさんできて美味しいときが一番安いときというのが問題かなと思います。だから、市場流通だけではなく契約栽培など販売を多様化することにより、安定した経営ができるのではないかと思います。収入が安定すれば、コストの管理をすればいいわけですからね。そのことで、農業が経営になる時代になるのではないでしょうか。
もう1つのあり方は、地産地消だと思います。直販店に出すときには自分で値段もつけますね。これはマーケティングなんです。そして地産地消では兼業農家でも非常に元気な方がおられますし、まだまだ競争力があると思います。とくに生鮮品は地産地消がよいと思います」
――そうしたなかで御社のような企業が、何か農家を支援することを考えていますか。
「トレーサビリティとか安全・安心は、私たち農業関連メーカーの仕事でもあると思っていますので、そのツールとして農業経営管理システムという土の管理、施肥、防除、そして農産物の市況まで入れて、農業をコスト管理して経営手法がでるようなシステムの提供を始めています。
もう1つは、ブランド農作物を生産し、スーパーなどにつなげる日本エコアグロという会社を設立しました。そのときに最低限度必要なのが安全・安心です。そして品質とブランド化することです。私たちがやれることは一部ですが、JAの課題ではないでしょうか」
――農業全体をトータル的に管理していけば、まだまだ発展していく可能性がある…。
「日本の農業にはまだまだチャンスがあると思います。外国に行くと日本のお米ほど美味しいものはありませんから、ポテンシャルはあります。生鮮品は国内産がやはり美味しいですね」
◆自給率の向上は非常に重要な日本の課題
――いまの日本の農協についてはどう見ておられますか。
「お客さんを意識した農業にこれからは変わっていかなければいけないと思いますから、生産技術だけではなくて、売れる農作物をめざされたらと思います。市場流通はJAグループの独壇場ですから、この強みを生かし、販売をより多様化しバラエティーがあった方がいいと思います。それから生産組合も企業経営的なマインドを入れた方がいいのではないかと思いますね」
――日本の自給率が40%を切りましたが…。
「食料安保として考えると自給率をどうやって上げていくかは非常に重要な問題です。いま中国が食糧輸入国になり、エタノール問題もあって飼料穀物価格が高騰しています。そうするとお金があっても買えないということが起こる可能性があります。その対策をどうするかは難しい問題ですが、休耕田の活用が1つの課題だと思います。それは米の消費をどう拡大するかということにもなります。日本の畜産飼料はトウモロコシベースですが、欧州は小麦などを活用していますから、米を含めて飼料の多様化とかも考えないといけないと思います。もっとも重要なことは、米の消費量をどう拡大するかだと思っています。
大規模化することとか、集団営農で何でも解決するようにいわれていますが、それだけでは難しいと思いますね。兼業も含めてそれぞれの規模で多様化した農業があるのではないでしょうか。
欧米と比べると、日本のスーパーは全国チェーンのシェアが小さいですね。ローカルなスーパーが日本はかなりあり欧米とは違いますね。ですからローカルスーパーへの供給はローカルでサポートできるはずです。そういう意味でも地産地消は農業の原則ではないでしょうか」
――今日は貴重なご意見をありがとうございました。
インタビューを終えて |
住友化学 略年史 1913年 住友総本店の直営事業として愛媛県新居浜に肥料製造所を設置 住友化学 農薬の歴史 1954年 殺虫剤エチルパラチオンの技術導入、製造開始
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