◆いきいき農業『つくる』『うる』『こだわる』への挑戦
長澤壽一氏 (写真提供:(社)家の光協会) |
JAの組合長に共通するキーワードの一つが「農家の長男」。
「私は総領の甚六です」とユーモラスな口調で自己紹介する長澤壽一(ながさわ・じゅいち)組合長は、温厚で誠実な人柄を感じさせる人。苦労人の長男である。
長澤氏は昭和12年盛岡市郊外の農家に生まれ、盛岡一高に進学。だが、すぐに両親が病に倒れてしまったため、高校時代は一家の大黒柱として、農作業と弟たちの世話に追われながら勉学に励み、卒業と同時に就農した。
一年後に、農協理事を務めていた親類から「農協に来て稼げ」と勧められて、見前農協に就職したという。
貯金係から始め、参事や専務理事を経て、平成15年にJAいわて中央の組合長に就任。農協運動一筋の半生である。
岩手県下6JA構想による第1号の合併として、盛岡市とその南部をエリアとする新生JAいわて中央が誕生したのは今年5月。
東に北上山地、西に奥羽山脈が連なり、その中央を北上川が流れる管内では、稲作を中心にした都市近郊型農業が営まれている。
基幹作物である米の作付面積の4割はもち米で、『ヒメノモチ』の生産量では日本一を誇るJAである。
新品種である『もち美人』の導入や、「安全・安心・美味」の徹底だけでなく、もち米を飼料に加えて飼育する「もちもち牛」や日本酒の「もちモチ酒」や焼酎の生産など、もち米に付加価値を付けたJA独自の商品開発にも熱心に取り組んでいる。
また、JA、行政、もち米部会と女性部が協力して立ち上げたのが「もちモチ王国紫波ひめ隊」。踊りながら餅をつくグループで、さまざまなイベントに招かれ、年60回ほど出動している。元旦に、東京都庁の屋上で餅つきをしたこともある。
JAいわて中央がめざすのは、「いきいき農業『つくる』『うる』『こだわる』への挑戦」。
◆「売り切る販売事業」めざし相対取引を最重視
また、販売戦略としては、減化学肥料・減農薬のクリーン農業を推進し、その生産物を高く買ってくれる相対取引を重視する「売り切る販売事業」に積極的に取り組んでいる。
作ってから売るのではなく、売り先を決めてから作る。長澤組合長を先頭に全国各地の販売先へ出向いて商品提案をしているのだ。
そのためには、どこにも負けないこだわりの農畜産物を生産・飼育しなければならない。
「営農指導の強化が重点課題だ。263の農家組合に、2、3人ずつ支援担当の職員を配置し、出向く対話をすすめているが、職員のOBにも嘱託として応援してもらっている」
営農体制を充実させるためには、役職員が一体となって、JA改革を成功させなくてはならない。そこで、リーダーの長澤氏が、いま、もっとも心を砕いているのは、職員教育である。
◆感性磨き、当事者意識を持って偏りのないフェアな人であれ
「人間は良好な環境と社会的な教育によって、明るく元気に育つといわれる。人材育成は、古くて新しい課題だ」
と言う長澤氏は、特に次の3点を職員に訴えている。
第一に「常に感性を磨く人であれ」
現代はインターネットの時代で、人間同士の「分けあい」「ふれあい」「助け合い」の精神が疎かになり、JAの役割である「協同の心」「正直な心」「親切な心」を失いがちだ。
そこで、自分を高めるための読書をしてほしい。限られた時間のなかでも読書に親しみ、自分の経験したことのないことを吸収し、感性を磨いて、人間としての心の持ち方の骨格をつくってほしい。
第二に「常に当事者意識を持つ人であれ」
総合的に事業を展開しているのがJAだ。組合員一人ひとりは、JAの事業全般にわたって、何らかの係わりを持っている。職員は自分の担当部門の知識だけでなく、JA事業全体に対して当事者意識を持つことが必要。
第三に「常に偏りのないフェアな人であれ」
自分とは相容れない考えには耳を貸そうとせず、気心の知れた人ばかりとつき合うとか、他人に対して偏見を持っていては、新しい経験に心を閉ざしてしまうことになる。
柔軟性を持ち、先入観を捨てて、初めて会う人の考え方にふれ、つき合うことで、人間として成長できる。できるだけ多くの人々の思いに心を馳せる根気と努力は、協同組合の理想の実現につながる。
これらに加えて、長澤氏は、「一人ひと役」についても言及する。
「地域内の消防団、PTA、趣味のグループなどに、JAの職員が積極的に参加して、地域のために一役を担うことが大事だ」
いずれの提案にも、一家の長男としてスタートしたあと、農協人としての経験を地道に重ね、「地域の長男」となった長澤組合長の人徳がにじみ出ている。
最後に、座右の銘を――。
「我が物と思えば軽し笠の雪」