◆自己啓発で始めた通信教育受講期間は17年に及ぶ
林 正照氏 写真提供:(社)家の光協会 |
37歳から3年間、宇和島農協宇和海第一支所長として勤務した後、林氏は本店の生活部長を2年務め、昭和59年には金融部長になった。
そこでは、金融自由化の目玉商品である定期積金の推進を重点にした。支所長時代に「地域のなかで、組合員とともに生きる」ことの大切さを学んだ林氏にとって、毎月、組合員とふれあえることが魅力だった。
まず、30代以下の職員14人を渉外に選び、自ら「金融渉外班」の班長になった。週3回のミーティングでは、必ず1人に3分間のスピーチをさせ、それを批評しあった。テーマは自由だった。
「3分のスピーチをするためには、最低30分の準備が必要。それが企画力を養う」
スピーチを契機に議論を深めながら、部長の林氏は持論である「みずから燃えて、人を燃やせ」の真髄を若手職員たちに伝授した。
こうして、県内で11位だった積立貯金の契約比率は、3年後にはトップになった。
さらに、日々刻々と変わる金融情勢のなかで、専門知識と総合的判断力を求められる金融担当者としての自己啓発をはかるために、通信教育を受講するよう、部下にすすめた。
かねがね、自分も体系的に金融問題を学びたいと考えていた林氏は、部下といっしょに、通信教育で勉強し始めた。
何事も、こうと決めたら徹底するタイプの林氏である。「金融経済入門コース」や「経営戦略コース」など、日常業務に直結した講座を続けてみると、辞められなくなった。
周りから「通信教育中毒」と冷やかされたが、同僚から酒席に誘われれば断らず、途中で帰るようなことはしなかった。
だが、真っすぐ帰宅する日は、深夜まで勉強し、出張で松山へ向かう1時間20分の特急列車の中で、むさぼるように活字を追った。
通信教育受講は17年間に及んだ。集大成として選んだのが産能大学通信教育課程への入学。連休を利用して、東京でのスクーリングをこなし、60歳で見事卒業したのである。
「時間はつくりだすもの。忙しい人に仕事を頼め」という教訓も、自らの体験で得たものだった。
◆先見の明があった直売所「みなみくん」の開設
平成9年に7JAが合併して、JAえひめ南が誕生。常務理事、専務理事を経て、林氏が組合長に就任したのは平成16年だった。
いま、JA改革のさなかにあるが、最大の課題は、地域農業の振興である。
林氏の住む地域で、平成22年におけるミカン農家の年齢構成を調べたら、60代以上が7割強という結果が出た。管内にはこのような集落が多いため、担い手不足は深刻で、集落組織の崩壊も懸念されている。
「行政との連携強化や営農ヘルパー制度の充実に積極的に取り組んでいるが、JAが農業経営の受託を始める時期が来ている」
と言う林氏。このほかにも、JAに課せられた課題は山積している。
しかし、進取の精神と柔軟な発想力で、厳しいこの時代を乗り切るつもりだ。
「新事業を導入しようとすれば、反対されるのは当然。理事が全員賛成する事業は、すでに一般社会に広まっていることが多い」
平成10年に、担当役員として、特産品センター「みなみくん」の開設を提案した時も、一部の理事から強い反対があった。それでも、「これからは、必ず食の安全・安心の時代が来る」と確信していた林氏は、頑として、主張を曲げなかった。
当時は、JAの共選共販を脅かすという理由で、JAが直売所を持つことへの風当たりが強かった。消費者からの要望は強かったが、最初は、農家の反応も鈍かった。
だが、BSE問題や食に関する不祥事が相次いで発生し、世の中の流れは、あっという間に、林氏の予見どおりになった。
◆経済環境や経営が厳しい今こそ教育に金をかけるべき
高齢化率が全国平均を上回るJAえひめ南の高齢者福祉への取り組みも真剣だ。経営的には難しい福祉事業だが、年金口座が増えるなど、事業面でのメリットもある。
「常にプラス思考で事に当たれ」もまた、林組合長が好む教訓である。
さらに、これからのJAでは、女性の役割がますます大きくなる。
「家庭も地域も、元気の源は女性だ」と言う林氏は、JA運営への女性の参画を熱心にすすめている。現在、女性理事は3人。
「林組合長は、何事も組合員の目線で考えてくれる」と、女性理事の一人は言う。
また、林氏が、早くから着目していたのは子供を対象にしたJA教育や食農教育である。これまで、パソコンを使った学習塾を開設したり、小中学生のJA職場体験、高校生の福祉事業体験などを積極的に受け入れてきた。
昨年からは、子供たちが農業体験をするJAの「あぐりスクール」を開校している。
「経済環境が厳しく、経営が厳しい今こそ、教育には金をかけるべきだ」
“燃える”林組合長の力強い決意である。