◆米過剰という重い現実
07年産米の販売戦線はほとんどのJAで販売が完了し、「JAの組合長」としての任務は終了したが、米主産地のJA組合長から「米緊急対策でも米価が上昇しない。米過剰の厳しさと重さを実感する」との声をしばしば聞かされる。
07年産が完売状況を達成しても価格形成、販売戦術で手を打った結果であり、自然体ではなかった。それは米緊急対策であり、早期相対取引である。
前者は需給均衡を目的に過剰米を隔離し、価格の維持・上昇を狙い、後者は販売促進と売れ残りでの損失の回避を目的にした。さらに、販売面では06年産米の在庫処理の値引き販売、07年産米の特定契約販売などが図られた。それでも価格アップには繋がらず、コメ価格センターは入札の中止に追い込まれる等、需給均衡や販売達成でも価格が変動(上昇)しない事態は関係者を暗くする。
◆相対取引の早期契約で07年産を完売、上場玉なし
全農は入札取引への上場を一時取り止める。米緊急対策で実施した買入・隔離で需給が締まり、07年産は販売価格、数量とも売り先が決まり目途が付いたことから中止に迫られた。具体的には1月末の主食用の販売委託数量が332万t、全農と販売業者の契約が異例のスピードで進み、昨年末の契約数量(主食用うるち米)は215万tで前年産の148万tを大きく上回った。早期契約が進んだ原因を全農は(1)政府の緊急対策で需給が締まり、販売業者が契約を積み上げた(2)相対取引で早期に契約・購入した販売先に価格メリットを付けたとし、「集荷見込み数量の9割で販売先との販売契約が確定するなど需給が締まり取引市場へ上場する数量に余裕がなくなった」。実質的に2月以降、センターへの上場が中止されている。今後全農が販売する米の価格は、今までの入札価格が基本となり、変動しない。買い手である販売業者の評価は、数量確保した者は「問題ない」、一方、数量必要の者は「必要数量が確保出来ない」と割れる。
この事態を反映し公式取引機関であるコメ価格形成センターの入札取引は低調に推移した。センターの取引数量は97年〜02年の90万〜100万tから出荷業者に対する義務上場を外した04年産が38万t、05年は45万tと微増したものの06年産は激減して9万t、07年産は1月末で4万tと減少の一途をたどっている。この事態に直面した農水省は「抜本的に検討する必要がある」と腰を上げた。農水省は要因として(1)義務上場の廃止(04年の改正食糧法で計画流通制度の廃止)(2)相対取引(特定契約)の拡大(3)JAの直接販売の拡大・定着(4)米緊急対策による販売契約の進捗としている。しかし、センターにおける入札取引の制度的な仕組みは整備されているとされており、技術的な問題ではなく、見直しでは本質的なあり方が問われる。
【コメ価格センターの月別取引状況(平成18年産米、19年産米)・表】
◆今後の価格変動の影響は関係業者間に「限定」
一方、民間の私的な取引市場において価格変動が停止している訳ではない。具体的には07年産の需給逼迫を反映し、業者間の取引価格は確実に上昇している。しかし、価格が上昇しても生産者の手取り増や量販店等の小売価格上昇にストレートに反映されない可能性が高い。
全農は05年10月、「新生全農米穀事業改革」を策定、取引手法として企画提案型の販売推進を推進している。06年産以降の相対取引で数量だけを契約し、価格は入札取引の指標価格を充当する従来型の(数量)契約方式を廃止した。企画提案型の営業活動による播種前や複数年での安定取引契約(事前結び付け契約)や数量・価格・引取期限を固定した契約方式(特定契約)を主体にしている。07年産の販売委託数量332万tのうち、相対取引に回る255万tのほとんどが安定取引と安定価格を求めた「特定契約」とされており、販売・流通業者の手に渡っている(契約済み)とされている。そのため価格変動は「流通・販売業者間限定の変動」に限定される。仕入契約を完了している販売業者、価格・数量を事前に契約している量販店・外食事業者の実需者にとっては価格変動が原則的に影響しないからだ。
今、慌てて仕入れに走る販売業者は仕入・販売の計画に失敗した業者と烙印を押される可能性が高く、販売策が不明で手持ちをしているJAや販売業者が一時の利益を獲得しても将来展望には繋がらず、反対に価格の上昇による売れ行き鈍化も予想されている。
また、不足に陥った買い手が無謀な価格で購入してもその価格変動は内部処理に迫られる。一方、ブローカー的販売で利益を獲得した業者は顰蹙を買い、損失を被った業者は冷笑を浴び、関係者は価格形成システムが崩壊することを恐れる。
◆「売れ残りに価値なし」のトラウマに怯える生産者段階
こうした事態は需給緩和と昨年来の値引き販売に端を発する。07年度(昨年)において06年産の持ち越しは確実であった。量販店の定番商品である新潟一般コシヒカリと秋田あきたこまちの大量売れ残りが指摘され、「売れ残りに価値なし」のレッテルを回避するために両銘柄を中心に値引き販売が展開された。消費者の低価格志向のなかで、昨年9月には5kgで500円が値引きされ、2000円を割る新潟一般コシヒカリが店頭に並んだ。60kg玄米レベルでは5000円程度の値引き販売である。全農にいがた本部は「関東や北陸の他県産のコシヒカリとの価格差が売れ行き不振を反映した」と総括、完売を目的に値引き販売に踏み切った。その結果、コシヒカリ価格の地域格差は急速に縮まり、07年産の価格の居所が不明になり、関係者を戸惑わせた。市場原理追求の悪しき結果になった。
全農は昨年8月、米の清算方式を従来の「仮渡金」から内金方式の概算金(内金+追加払い+精算金)に変更、内金の価格水準は7000円と伝えられると、過剰米対策の8000円を下回るような価格水準は取引当事者である米穀関係者の誰も信じないレベルであり、集荷数量の減少を懸念した県本部やJA段階は独自に金額を上乗せして集荷アップに努めた。そのため『形式的な』価格構成は生産地での取引価格が高く、消費地での取引価格が低いという歪な価格関係が構成された。
全農が定めた概算金については、農水省も「07年産の米価は、米の消費量が年々減少する中で生産調整の実効性が確保できないことや、全農の仮渡金の変更が各産地の販売行動や卸売業者の購買活動に多大な影響を与えたこと等から、作況99でありながら、大幅に下落する異常な事態となっている」として10月に米緊急対策を決定した。内容は、100万tの適正数量まで政府が備蓄水準を積み増すこととし、年内に07年産の34万tを買い入れ、06年産うるち米の全農の販売残10万t相当量について原則として、その全量を非食用(飼料)へ処理するとした。当面の措置で43万tの過剰数量が市場から隔離され、需給は引き締まり、価格がアップするはずであった。しかし、100万tは過剰在庫であり、「備蓄米の市場への放出は、当面、原則として、抑制する」としても関係者にとっては抑制される「当面」と「原則」の外れる時期を気にするだけの効果であった。
全農は08年全農事業計画で(1)担い手への対応強化(2)手取りの最大化(3)信頼される価格の確立を謳い、相対取引の拡大、つまり特定契約の拡大を視野に置いた。(1)播種前契約・収穫前契約で30万t(07年産は15万t)に拡大(2)全農・経済連への集荷率を40%(同38%)に上げる(3)概算金は需給状況を踏まえ、県毎に生産者・JAから返金が生じない水準で慎重に決め、販売状況をみながら追加払い(4)販売力の強化を目的に精米販売数量を60万t(同54万t)まで拡大するとした。全農・経済連への集荷数量は340万t程度と見込まれ、播種前契約の30万t、直接販売60万tで残るは250万t、入札上場を07年産と同量の5万tと設定すれば245万tは相対取引の特定契約に回る。
◆不明な単位JAの販売数量不透明な流通
一方、農水省は全国出荷団体(全農・全集連)に対する規格外を含めたうるち米の販売委託数量を3月末に開催された基本方針で公表している。07年産の生産者からの出荷数量は1月末まで511万t、しかし、出荷団体には332万t。
これに対して、JA等による独自販売の数量は毎年増加を続け、01年の28万t〜68万tから06年産では84万t〜163万tになった。07年産で生産者の直接販売は1月まで昨年同期より4万t増加し、119万tと推測している。生産者の直売は04年の136万tから131万t、132万tと停滞気味で推移しているが、JAの独自販売は04年の67万t〜130万tから71万t〜145万tと増加していると。しかし、「〜」で表記されているようにJAの販売数量は農水省をもって不明なのである。
完売を目的のJAの独自販売と早期販売はいずれにしても価格低下を発生させる要因に繋がる。全農は入札取引に関して、センターを価格形成及び取引市場として位置付け活用し、需給・品質に応じた価格での落札を図るとし、弾力的な実施回数を設定することなどにより、「早期契約・販売にコメ価格センターを活用することについて、国やセンターと協議する」としているが、「早期契約・販売」と「コメ価格センターの活用」との相反する事案の解決は難しい。農水省が再度目指す「コメ価格センター活用の再構築」はコメ価格センターの活用に止まらず、市場原理至上主義にとらわれない米の流通・価格形成のシステムの再構築に迫られる。
【著者】荒田農産物流通システム研究所代表 荒田盈一