シリーズ

「農薬の安全性を考える」

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第4回 農薬を使わないと農作物の収量はどうなるのか

 農薬の使用についてはさまざまな意見がある。しかし農薬は「毒性、水質汚濁性、水産動植物への影響、残留性等を厳格に検査したうえで登録されており、さらに環境への影響が生じないよう、農薬ごとに農薬使用基準を定め、その遵守を義務づけ」(「農林水産省生物多様性戦略」平成19年7月)ているのだから、適正に使用すれば環境にも食の安全性にもなんら問題がないはずである。そして、戦後の食糧難の時代を乗り越え今日の豊かな食生活が実現した要因の一つとして農薬の存在を忘れるわけにはいかない。
 いま食料自給率39%というときに、農薬による防除を行わないと農作物の収穫量はどうなるのか。長年にわたってこの問題に取組んできた(社)日本植物防疫協会(日植防)の藤田俊一調査企画部総括の話を中心にまとめてみた。

◆6000以上にのぼる病害が

 私たちが毎日食べている農作物は、野生植物の特定の形質だけを人間の嗜好や目的に合わせて発達させ改良してきた人為的な植物だ。そして、その植物を経済的に見合うように集団的に、しかも必ずしも栽培に適しているとはいえないような条件下でも栽培するのだから、何らかの保護対策が必要になる。
 とくに比較的冷涼乾燥条件にある欧米に比べて、日本のようにアジアモンスーン気候にある地域では、夏は高温多湿な環境となるために、病害虫や雑草の発生が多く、それらの被害から農作物を保護することは、食料を確保するために重要だといえる。
 日本における植物の病害は「6000以上にものぼり、このうち大部分が農作物の病害である」。その病原としては数千種類が知られているが「その多くは農業環境中に普遍的に存在すると考えられている」。病害による被害形態はいろいろあるが「生育に大きな障害となり収穫物の品質や収量に影響」するだけではなく「翌年の被害につながる場合もある」(注1)

◆2400種の害虫、雑草は450余種も

 また、日本には2万9000種あまりの昆虫が生息するといわれているが、その1割弱の2400種あまりが農作物の「害虫としての報告がある」。そのうちの約1割が「国外から移入し我が国に定着したと考えられている」。最近は流通が発達したために、従来は限られた地域で発生していた害虫が全国的にまん延することもある。
 害虫の被害は「直接的な食害が中心」だが、吸汁などによる「生育阻害」をもたらしたり、ウイルス病を媒介し「二次的な問題を引き起こす」ものも少なくない。さらに国外から移入した害虫は「国内に有力な天敵がいない」ので「短期間に急激な被害をもたらす場合がある」(注1)
 雑草については「全世界で3万種以上」といわれている。日本の雑草は「約450余種で、水田雑草が43科191種、畑作雑草が53科302種あり、発生度合いが高く、防除が難しい強害草は水田雑草には30種、畑作雑草には63種ある」としている(注2)
 雑草の被害はその繁茂によって農作物の生育が阻害され収量が減少することにあるが、雑草が病害虫の生息地となることも少なくないので、病害虫対策としてもほ場周辺の雑草防除が必要になる。

◆防除をしても一定の損失がある

 図は病害虫や雑草による農作物の損失を整理したものだが、病害虫による損失は「回避が可能」とし、それは「防除によって確保される収量」と「現状でもなお被っている損失」からなっているとしている。防除のレベルをあげることで、「現状の損失」を「確保される収量」にすることが可能だということだ。
 藤田氏によれば、1955年から2004年の50年間の水稲の被害率(平年収量に対する減収率)は平均すると10%前後で推移している。この10%は図の「現状の損失」に比較的近いと考えてよいのではないかという。水稲の場合「一定の防除」を毎年行っているにもかかわらず病害虫や雑草さらに気象による被害が発生し、10%程度の「現状の損失」が起こるということだ。

図

◆大きい果樹・葉菜類での被害

 それでは何も防除しないとどうなるのだろうか。
 表は、日植防などが1990年から2006年の間に「農薬を中心に防除が実施されている慣行栽培において農薬防除を行わずに栽培した場合にどの程度減収になるか」と実施してきた厖大な実証試験のデータをまとめたものだ(注3)

図

 藤田氏は「病害虫の発生は大きく変動するので、同じ作物でも収穫がまったくない事例もあれば、ほとんど被害を受けなかった事例もある。しかし、全体的にみれば果樹や葉菜類では病害虫の被害がとくに大きくなりやすい傾向がみてとれる」と分析する。
 果樹の個々の試験結果をみると「多少の品質低下どころか、樹体の維持すら危ぶまれるほど病害虫の潜在的被害が大きい場合が多い」ことが分かる。とくにリンゴでは、葉や果実に病害虫による被害を受け生食用はもちろんジュース用にもならない果実しかとれない場合がほとんどで、この被害は翌年にさらに深刻になっている。
 同じ果樹でも開花から収穫までの期間が短いウメでは、「問題となる病害虫が限られているためか、壊滅的な被害は被りにくい結果」となっている。
 葉菜類のキャベツでは全国規模で数多くの調査が行われている(20例)。キャベツの場合には「とりわけチョウ目害虫の被害」が大きく、「害虫密度が比較的低い低温期栽培でもこれらの被害は無視できない」と報告されている。
 果菜類は収穫期間が長いという特徴があるが、「この特徴が病害虫の被害にも影響する」。生育の初期や中期に病害による葉の損傷やアブラムシによる生育不良といった被害を受けると、「収穫はじめはそれほどではなくてもやがて収穫ペースが落ち、収穫期間が短くなる」という。

◆36%減で社会的に大パニックになった水稲

 水稲の場合は、平均減収率が24%と他の作物に比べると病害虫被害の影響が少ないように見える。しかし、冷害にいもち病の大発生が加わり作況指数74=減収率36%を記録した1993年から翌94年にかけて、「米の売り惜しみや外国産米の緊急輸入といった大パニックが発生したことを考えれば、これら減収がもつ社会的な意味は極めて重い」。なぜなら米は私たちの主食だからだ。
 水稲については、農薬を使わなくても防除できるという人もいる。NPO法人民間稲作研究所の稲葉光國理事長だ。稲葉氏は田植え30日前と3日前の代掻きと深水管理でヒエやコナギなどの雑草が抑えられる。苗は4.5葉の成苗を移植するが1本植えにすることで病害にも強い稲に育つという。まだ人によって収量にはバラツキがあるが、ほぼ慣行栽培と遜色なく、価格は慣行よりもかなり高く販売されているという。
 使う資材は米ぬかとくず大豆をペレット化した肥料だけでその他の有機資材は一切使わない。畦畔の草刈が年5回必要だったりするので、生産コストは正確にはわからないが、慣行栽培と同じくらいだという。
 稲葉氏は平成9年から有機栽培に取組み現在の栽培方法に到達したという。まだ93年のような経験がないことなど課題はあると思えるが、今後注目していきたい栽培方法だどいえる。

◆適切な防除で安定した食料供給を

 個々の生産者がどのような栽培方法を採用するかはその人の自由だ。しかし、藤田氏らが行ってきた試験結果をみると、「安価で良質な食料供給を安定的に行ううえで病害虫による被害を適切に防止する必要がある」ことを示唆している。私たちの体を支えるエネルギーの61%を外国産食料に依存し、食料自給率を上げることが喫緊の重要課題になっているいま、適切な防除を行うことで安定的に食料を生産することは、極めて重要だといえる。

注1)「農薬概説(2007)」日本植物防疫協会
注2)横山昌雄「雑草による農作物の経済的損失」(シンポジウム「病害虫と雑草による影響を考える」講演要旨より)
注3)藤田俊一「病害虫による農作物の経済的損失」(シンポジウム「病害虫と雑草による影響を考える」講演要旨より)

(2008.03.14)