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食肉流通フロンティア ―全国食肉学校OBの現在

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第1回 全国食肉学校のいま、そしてこれから

職人養成から食肉をベースにした食文化教育機関へ

 JAグループも参画して設立された全国食肉学校は30余年の歴史をもつ、「食肉のすべてを学べる」国内唯一の公的教育機関として食肉流通の世界で確固たる地位を築いてきた。総合養成科などの卒業生は1929名に達し(平成19年9月末)、通信教育やセミナーで学んだ人たちは食肉流通のあらゆる分野で、中核的な人材として活躍をしている。そこで本紙では、彼らを取材することで、現在の食肉流通の最前線を探ると同時に、そこでの彼らの果たしている役割を20回にわたって紹介することにした。第1回は、学校のこれまで果たしてきた役割とこれから目指すものを多田重喜学校長に聞いた。

校舎風景 実習風景
校舎風景 実習風景

夢と希望を与え、食肉産業を背負う人材を養成

多田校長
多田 校長

◆社会から支持され輝く学校をめざして

 ――学校に赴任されたのが平成13年、翌年に専務理事・学校長になられましたが、この間にもっとも力を入れて取組まれてきたのは何ですか。

多田 学校であるかどうかに関わらず、それぞれの企業には創立したときの理念や目標があると思います。わが校の教育理念は「心豊かな人間形成」「産学協同による実践教育」ですし、教育目標は「我が国の豊かな食生活と食文化の創造者養成」です。このことは設立時から今日までいささかも揺らいではいません。しかし問題は、学校の運営がこの通り行われているかどうかだと思います。

 ――就任された当時はどうでしたか。

多田 ほど遠いという感じをもちました。そこで、理念や目標に根ざして社会に問いかけて、社会から支持され輝くような学校にするために努力するとか、2000名近くの卒業生や食肉業界、そしてJAグループの期待に応えるような学校運営とは何かと考え実践しました。

◆経営の安定化と五つの教育事業

 ――具体的には…。

多田 まず経営をキチンとすることです。平成8年から13年までの6年間連続して当期収支が赤字で、積立金を取り崩して経営していましたから、経営の安定と事業の基盤となる教育事業の充実です。
 教育事業では、まず学校での全寮制の下での実践教育があります。二つ目は、諸事情から長期には学校に来れないけれど3日間だけなら来れるとか、1日だけならという人のための短期の研修の機会を開発し、いままで培ってきたものを活かしていくことです。三つ目は、「サテライト講座」と呼んでいますが、私たちが地域に出かけていって、20〜30名の講座を開催することです。また、個別企業の人材の育成をお手伝いする「企業タイアップ研修」に取組んでいます。
 四つ目の事業は、平成6年から始めていた在宅でも勉強できる通信教育の充実です。具体的には、従来からあった「食肉流通業務実践」に加えて「食肉の原価計数管理」を15年から始め、現在は両コースで毎年400名を超える受講者がいます。来年には3つ目のコースの開講を検討しています。通信教育では、紙上では分からない動きを伝えるためにCDによる教材開発を行いました。
 そして五つ目の柱は、今年度から始める資格認定制度です。学校設立当時は、産地食肉センターのカットマン養成が一番の課題でした。しかしいまは団塊の世代が定年退職して、技能者がいなくなりつつあります。そのため技術伝承がされにくくなっていますので、技術資格を全国統一してキチンと認定する仕事を学校として行っていこうということです。

◆1000枚の修了証書発行が目標

 ――学校のホームページ(HP)も開設されましたね。

多田 時代はペーパーレスに向かっていると考えHPを開設しました。現在、週1回更新して新鮮な話題を提供し続けています。しかし、HPに掲載する記事にしても活動がなくては内容が伴わないわけで、「活動こそが最大の宣伝」だと思います。社会に認められるような活動をして、それをHPなどでタイムリーにスピーディに掲載してご理解をいただくことですが、なによりも大事なことは、自分たちが汗をかくことしかないと思ってやってきました。

――卒業生約2000名のほかにサテライトの修了者などを含めて多くの人に学校のノウハウが伝えられているわけですね。

多田 私の目標は、年間卒業証書・修了証書の発行枚数1000枚なんです。学校での受講生だけでは50名です。それだけでは社会的なアピール力は小さいわけです。通信教育とかサテライトとか各種セミナーの実施で可能になっているわけです。

◆臨場感ある教育で1頭フルセットで使える力を

 ――当初の食肉センターのカットマンから、加工品とか焼肉店など広がってきていますね。

多田 ここ5年を見てみると、養豚とか肉牛などの生産者の子弟で、親や兄弟が生産している豚肉や牛肉を加工したりステーキハウスを経営して売りたいという人が増えています。それから食肉だけではなく冷蔵庫とか機械や食品メーカーなど周辺の人も増えています。これからは生協とかスーパーなどの食肉担当者へ通信教育を広げていきたいと考えています。

――周辺を含めて川上だけではなく川下にまで広げていくわけですね。

多田 両翼にウィングを広げて、業態・業種を増やしていかないといけないと考えています。そうなると、カリキュラムそのものを変えていかなければなりません。それを私は、かつての「カット学校からの脱却」といっています。つまり、社会が求めていることは、川上と川下の距離を短くすることですから、技術的な面では、単に食肉がカットできるだけではなくて、ミートデリカとか惣菜分野、精肉店分野だけではなく焼肉店とかステーキハウスといった分野に広げていくことだと思います。
 座学では私はマーケティングとか経営管理などの「経営管理講座」が必要だと思います。それと同時に、学校内だけで勉強するのではなく、食肉市場とか畜産試験場に出かけ、臨場感のあるところで自分の五感で学ぶことも大切だと考え、カリキュラム編成をずいぶん変えました。
 商品づくりの事業でも臨場感・現実感があるものにしたいと思います。そのためには、教材や人材開発に投資をしていくことが必要です。それはコストアップになりますが、学校が社会的な役割を果たしていくためにはそれに耐えなければいけないと考えています。

――そのことで評価されるようになる…。

多田 社員を学校に派遣して学ばさせたことで成長したと評価されることが、「学校にとっての通信簿」だと思います。
 大事なことは、ロースとかヒレだけではなく、1頭まるごとフルセットを使う力をつけるように教育力をあげていきたいということです。それには講師の力を高める人材開発が必要なわけです。専任講師の力だけでは限界があるので、地域一番店といわれる経営をしている卒業生の力も借り、ノウハウを提供してもらい臨場感ある教育を展開しています。

◆地域の食文化に根ざし、地域に貢献できるよう

 ――いままでのお話で、これから学校が目指すものが見えてきましたが、今後のあり方としては、ほかにどのようなことを考えていますか。

多田 高齢化社会になって消費量は増えないし、生産量も増えないと思います。そうしたなかで、学校に学びに来る人は専門店で生きていくことをめざしています。そういう人たちが、地域の中で、その地域の気候風土や文化を商品にのせて土地の文化と融合するような商品づくり、店づくり、イベントづくりができるような教育をしたいですね。
 そのために、ここ10年以内くらいの卒業生を対象に、成功事例や悩みを共有財産にできるような仕組みである「食肉経営塾」をつくり、再教育できる場面をつくり「我が国の豊かな食生活と食文化の創造者養成」という教育目標を実現したいと考えています。

――量販店などの画一化された食ではなく、地域地域に根ざした食文化を大事にする人を育てていこうということですね。

多田 今日の成熟化した社会が求めているのは、大量生産された画一化されたものではないと思います。1店舗か2店舗でその地域で生きていくには、東北には東北の南九州には南九州の食文化があり、それが大事にされる社会になってきていると思いますから、食肉だけではなく、地域の中のいろいろな人たちと連携して、地域に貢献できるような卒業生であって欲しいと思いますね。

◆社会に開かれ、社会から評価される存在に

 ――産地食肉センターとか量販店も大事ですね。

多田 企業では団塊の世代がいなくなり、技術の伝承ができにくくなっているので、先ほど話した資格認定制度を考えているわけです。それと並行して、私は「師範コース」と呼んでいますが、一定の規模以上の企業における教育指導者の養成コースが学校に求められていると思います。

――学校のイメージがずいぶん変わりますね。

多田 単なる職人養成所から脱皮をし、社会に開かれた学校になり、その時代に即した教育をすることで、学生に「夢」と「希望」を与え、食肉産業を背負っていく人材を養成することで、社会から評価される学校にしていくということです。

【著者】多田重喜
           全国食肉学校長

(2007.10.04)