◆美味しい肉ができる血統の豚をつくる
増渕貴之 専務取締役 |
「大学を卒業するまで全く家業を継ぐ気はなかったですね」。 卒業後は神奈川県の予備校の教師になることも決まっていた。だが、運命を変える出来事が起きる。それは「母が病気で倒れ、そのことが家の仕事をやることを決意させた」のだと語る。
増渕貴之さんは、栃木県宇都宮市の郊外で養豚業を営む増渕隆男さんの長男。父上の隆男さんは養豚業を営むだけではなく、地元でこだわりをもって養豚業を営む人たちと、そのこだわりの豚肉を販売するために「(有)ユートピアみずほの」を設立することを計画した。
当初は5人の仲間と計画していたが、周辺に住宅が進出し、養豚業を続けることが難しくなった3人の仲間が去り、2人での立上げとなった。平成6年の設立だから今年で14年になる。この間ともに苦労してきた仲間も、新興住宅地ができ、養豚業を続けることができなくなり廃業。いまは増渕家だけとなってしまった。
増渕さんの牧場が生産する豚肉は「瑞穂野(みずほの)ポーク」という銘柄だ。「豚にもサラブレットのような血統があります。当然、美味しいお肉のできる血統があります。私達は、美味しい肉ができる血統の豚を長い年月と費用をかけてつくりました。それが『瑞穂野ポーク』です」と増渕さんはいう。血統だけではなく、飼料に大麦やパン粉を配合したり、抗生物質などの薬品は子豚段階以降は与えないなど、こだわりの飼育を行っている。艶のあるピンク色した肉は、柔らかく肉汁がほとんどなく豚肉特有の臭みがなく、脂身が美味しいと評判になっている。
◆27人の仲間と一から食肉を学ぶ
ユートピアみずほのの店頭 |
店頭ではピンク色の豚が迎えてくれる |
母上は、養豚業と同時に、暇ができればお店にも出て手伝っていた。しかも「主婦としてもがんばっていた」ようだ。そういう生活が、母上の健康をいつしか損なうことになり、増渕さんが大学卒業直前に倒れてしまう。
そのことがキッカケとなってユートピアみずほので仕事をする決意を固め、全国食肉学校の総合養成科に入学して1年間、基礎から勉強する。
増渕さんは、「家の仕事はいっさい手伝ったことはないし、興味もなかった」から、カットされた肉を見たことはあっても枝肉に触ったこともない全くの素人からの出発だった。食肉の基本的な知識からナイフの使い方、ハムやソーセージの加工の基礎などを食肉学校で学ぶ。
同期の仲間は27人。年齢的には企業から派遣されてきた50歳代の人から増渕さんのような大卒者までバラエティーに富んでいた。いままで経験したことのない厳しい寮生活などから「帰ろうかな」という話も出たが、27人の結束が強く、1年間を全員が乗り切ることができたと振り返る。
◆病院や学校への卸業に事業を拡大
飲食店までと夢を語る |
全国食肉学校を卒業してユートピアみずほので働き出して6年。店頭での販売だけではなく卸業も行うようにした。いまは病院、老人ホーム、公立学校、ホテル、レストランなど飲食店などに、「地産地消」を掲げて食肉製品を卸すまでになった。
扱うのは、自家生産牧場である増貴畜産の瑞穂野ポークを中心に、牛肉・鶏肉とともに、全国食肉学校やその校外研修で身につけて技術を活かしたロースハム・ボンレスハム、ベーコン、ウインナー類などの加工品がある。
加工品については、保存料や増量剤をいっさい使わずに作っている。「ソーセージは同じ材料、同じレシピで作っても、作る人が違うと味が違う」という。増渕さんは全国食肉学校を卒業後の3か月間、群馬のある会社で無添加ソーセージの作り方を学んできたが、同じレシピで作るのに同じ味にはならないという。
違う見方をすれば、買った人がその味を気に入れば必ずリピーターになるということではないだろうか。
増渕さんが作る加工品は自店だけではなく、栃木県小山と茨城県五霞の「道の駅」でもハムやソーセージを組合わせ、何種類かのセットにして販売しているが、よく売れている。
◆いまは仕事が楽しい将来は飲食店にも広げたい
牧場の完熟堆肥のポスターも |
いま一番の悩みは、飼料代などが上がり、コストが高くなってきていることだ。いままでは脱骨したものを仕入れていたが、「骨を自分のところで抜く」など、さまざまな工夫をしてできるだけコストを抑えるようにしているという。
「まったく興味がなかった仕事に入って、いまはどうですか」という問いに、ちょっとはにかみながら「楽しいですね」という答えが返ってきた。社長である父上が店について任せてくれることもあって、思い切り仕事ができるからだろう。それはもちろん責任を負うことだが、自分の工夫で販路を拡大してきた自信もあるだろう。
病院や老人ホームに販路を拡大するにしても「よくこんな若僧の話を聞いて、注文を出してくれたと思いますね」という。「美味しい豚肉」にこだわって、お父さんが長い年月と費用をかけて開発してきた瑞穂野ポークへの自信が表れている。その肉を使って作った加工品へのこだわり。そして何とかしなくてはという増渕さんの必死さが、人を動かしたのではないかと、取材中に感じた。
最後にこれからの夢はと聞いてみた。
「まずはイートイン(物販と外食の併設)からはじめてもいいから、飲食店まで広げたいですね」という。
豚肉の生産から精肉やその加工品の卸・販売、そしてそれを調理してお客さんに食べてもらうまでを一貫してやってみたいということだ。会社のパンフレットには「養豚を中心にしたユートピアづくりが私たちの夢です」とあった。
地域と一体となった養豚を営み、新鮮な肉と手作りのハムやソーセージで夢を実現したいという思いが込められている。お店の壁には牧場の完熟堆肥の案内も貼ってあった。この堆肥を使った美味しい野菜が作られているのだろう。
ぜひその夢を実現し、そのお店に招待してもらえたら嬉しいなと帰りの車の中で記者は考えた。
(有)ユートピアみずほの専務取締役