◆恵まれたチャンスを活かして食肉の仕事に
(株)豚市(ぶたいち)は、養豚業を営んでいた深谷元統さんの曾祖父によって、昭和12年に精肉卸会社として設立された。現在の社長・深谷文雄さんが3代目、そして元統さんは4代目となる。
元統さんは、そうした環境で育ったので食肉の仕事に就くことは、「昔から当然のこと」と思っていた。「やりたくても自分の好きな仕事に就けない人もいるのだから、チャンスに恵まれ、幸運な環境に育ったと思い、この業界で生きていこうと決めた」。
とは言うものの、大学を卒業するまでは、多少は家業を手伝ったこともあったが、ほとんど肉に触ったことがなかった。卒業後、父親も16期生として学んだ全国食肉学校に入学する。同期は半年コースの入学生を含めて21人だった。
全国食肉学校で一番良かったことは、脱骨からカットそしてハム・ソーセージの加工まで、「一連の流れを全て学べたこと」だと振り返る。個々の工程は会社でも知ることはできるが、担当する部分のことは分かっても全体の流れを経験することはあまりない。
「一連の流れを知っている」ことで、自分が担当した部門と次の工程部門がどのように連携すれば効率的に作業できるか考えることができる。
全国食肉学校を卒業後は、1年半ほど学校の校外実習の教育指定店でもある京都の(株)モリタ屋に就職し、精肉店舗で商品づくりを担当して、平成20年に豚市に戻る。
◆テレビで名称を公募したこだわりの市ばん豚
(株)豚市は、会社案内によれば「食肉製造及び処理並びに販売」業を営んでいて、食肉の製造から精肉卸、ハム・ソーセージの加工まで、幅広い事業を展開している。豚市がこだわっているのは、地元を中心とした安定した流通ルートの確保と安全な商品の提供だ。
牛肉については、日本のデンマークといわれる安城市産黒毛和牛の極上牛肉「安城和牛」を取り扱っている。
豚肉では、豚市オリジナルの飼育・給餌方法に基づいて、契約農家で生産される高品質の豚肉「市ばん豚」を扱っている。市ばん豚は、豚市の銘柄豚で、テレビで名称を公募し、多数の応募のなかから決められた名称だという。現在、愛知県と三重県の3つの契約農場で飼育されているが、「豚肉特有の臭いがなく風味がよい」と消費者から支持されている。
これらを原料とする加工品は、「池鯉鮒乃黒工房」(ちりふのくろこうぼう)と名付けられた加工場で製造される。池鯉鮒(ちりふ)は、東海道の宿場だった知立(ちりゅう)の旧名である。地元にこだわる豚市らしい命名だともいえる。
工房の加工品では、豚ばら肉を桜チップでスモークしたベーコンや秘伝の醤油タレに漬け込み直火ローストした焼豚が人気だ。
◆起こしたアクションに敏感に反応してくれる地元の消費者
豚市の幅広い仕事の中で、今、元統さんが担当しているのは、地元安城市にある“JAあいち中央”の産直センターへパッケージ豚肉や牛肉などを卸すことだ。
新鮮な地元野菜を提供して人気の産直センターにこだわりの地元産精肉やハムソー加工品を出している。ここでは、「起こしたアクション」に消費者が敏感に反応してくれる。例えば、柔らかい「市ばん豚」を使った「いつもとは少し違った食べ方・レシピの提供」というアクションに、消費者は良く反応してくれる。
安城和牛も市ばん豚も地元の生産者と二人三脚でつくりあげてきたものだ。そうした地元の牛肉や豚肉を、地元で消費してもらうという「地域に密着した仕事が、豚市でしかできない仕事だと思う」と元統さんは言い切る。
◆体系的に得られた知識をどう活かすかが課題
最後に、後輩へのメッセージをお願いすると、「全国食肉学校では、経験だけでは得られない知識を体系的に得られる。入学生はその知識をどうやって活かすか考えて学んで欲しい」と語ってくれた。個別の技術は卒業して現場に入れば得られるが、体系的な技術・知識は学校でしか得られないからだ。
そして「お客の顔が見えなくても、喜んで食べてくれる人がどれ位いるのか」を常に意識し、決して「自己満足に終わらないようにしたい」とも。JAの直売所で消費者と接し、様々な工夫をしている元統さんらしい指摘だと言える。
社長であり父である文雄さんも、まだ48歳と働き盛りだ。親子でさらに地域に密着した仕事が広がっていくのではないだろうか。次の機会にその広がりをみせてもらうのが楽しみだ。
(株)豚市