シリーズ

食肉流通フロンティア ―全国食肉学校OBの現在

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第18回 OLから転進 父親が育てた黒豚でハム・ソーセージをつくる

 普通のOLさんから大転進して、父親が育てた黒豚の加工・販売をしている大野恵子さんを取材した。このシリーズ初めての女性卒業生の登場だ。

◆さつまいもで育てる「小江戸黒豚」

大野農場 ミオ・カザロ店長 大野恵子さん 大野さんが短大を卒業して、OLとして会社に勤めて2年経ったときのことである。養豚業を営んでいる父親の賢司さんから「ハム・ソーセージの加工をやってくれないか」しかも、「会社を辞めて食肉の基礎知識・技術を勉強してくれないか」と懇願され、全国食肉学校の食肉加工科に入学を決意する。
 賢司さんが経営する養豚場・大野農場は埼玉県川越市の郊外にあり、周りは田んぼや畑が広がる農業地帯だが、宅地が増え、養豚がやりずらい環境になってきている。
 大野農場で繁殖から飼育まで一貫生産されているのは英国系バークシャー種の純粋黒豚で、1000頭前後が飼育されている。うち半数は、川越の特産品であるさつまいも、パン、牛乳などを自家配合した飼料を与えられ、黒豚の持つ旨みを最大限に引き出すよう育てられている。
 この黒豚は、川越が小江戸とよばれているところから「小江戸黒豚」のブランド名で販売されている。残りの半数は埼玉県産ブランド「彩の国 黒豚」(専用の配合飼料がある)として飼育されている。ところが、いずれの黒豚も通常のルートで、市場に出荷されるため地元の人が目にすることはほんとどない。
 臭気を少なくするために乳酸菌を使うなど、周辺の環境にも配慮した飼育を心がけていたが、地元の人に大野農場の黒豚を理解してもらうには、食べてもらうことが一番ではないかと考えた賢司さんは、長女の恵子さんに冒頭の頼みごとをすることとなる。

(写真)大野農場 ミオ・カザロ店長 大野恵子さん

◆食肉の仕事の奥深さを学ぶ

大野農場の畜舎 「自分でハム・ソーセージを作る」と賢司さんが言っていたこともあり、時間が取れない父親に代わって食肉の基本的な知識や技術を学び、それを「父親に教えればいいのだ」と気楽な思いで恵子さんは全国食肉学校への入学を承諾する。
 食肉加工科は3ヵ月の短期コースだった。1年コースの総合養成科の同期生、特に同コースでただ一人の女子学生の勉強に真摯に取り組む姿勢に感銘を受けたことや、校外実習先の東京・三鷹の村上商店で働いている人たちと話すうちに「この仕事は奥が深い」と恵子さんは自ら実感するようになっていった。実際に、ハムやソーセージをつくる仕事は「楽しい」ので、「ずっとやろう」という気持ちになった。

(写真)大野農場の畜舎


◆地元の人に親しまれる「ミオ・カザロ」

地元の人に親しまれているミオ・カザロ 全国食肉学校を卒業後、「自分が食べて一番美味しいと思った」名古屋(北区長喜町)の「ケルン」で、本格的なドイツ製法のハム・ソーセージづくりを実践的に学ぶ。
 そして7年前に川越市内北部のの大野農場近くに「ミオ・カザロ」を開店する。店名のミオ・カザロとは、イタリア語で「私の農家」という意味だ。店頭での販売だけではなく、ハム・ソーセージをメインにしたランチプレートやベーコンピザなどが食べられるカフェテラスやバーベキューができるスペースも設けた。
 開店当時に苦労したのは、肉質の違いだったという。学校やケルンで実際の製法を学んだときは「白豚」だったが、店では当然、大野農場の黒豚を使う。黒豚は、脂肪の融点が低く「口解けがよくべたつかない」ことが特徴であり、美味しさでもあるが、「加工がしずらい」。
 そんな苦労が実って、今では地元の人に親しまれる緑豊かな店に育ってきている。川越の中心部にも妹さんが運営する「蔵のまち店」を出店し、川越市民だけではなく観光客からも評判だ。

(写真)地元の人に親しまれているミオ・カザロ


◆自らの感覚を磨くことでプロになる

seri159 09071003.jpg いま一番気にかけていることは、父親・賢司さんが原料の高騰にも関わらず肉質を保つために飼料の配合を変えずにがんばっているので、その黒豚の味を最大限に活かす工夫だという。増量剤とか着色料を使用せず、必要以上に味付けをしないで「肉の味を損なわないような加工」をすること。
 また、季節により豚の肉質が変わるが、ハムやベーコンが出来あがった時に、常に同じ味になるように心がけている。
 肉の温度は機械でも測るが「量によってきちんと測られる時とそうでない時がある」ので「自分の感覚」を大事にする。その感覚を磨くのは経験だが、「春に失敗することが多い」という。冬の寒い時期の感覚でいると春先は温度が上がってしまうからだ。様々な経験を積んで、プロに成長していくということだ。

(写真)軽食のメニュー

◆学ぶことがたくさんある、それを逃さずに

「肉の味を損なわないような加工」を心がけている はじめは父親にハムやソーセージづくりの技術を伝えるために全国食肉学校に入学したのだが、同期生や食肉の仕事に真摯に取り組む人たちと触れ合うなかで、食肉加工を自分の一生の仕事にした恵子さん。結婚後はご主人も車の部品販売をやめて恵子さんと一緒に仕事をしている。
 父親・賢司さんが手塩にかけた「小江戸黒豚」の旨みを活かした加工品を娘の恵子さんがつくり、ご主人や妹さんも協力して、地元の人たちに愛される「ミオ・カザロ」は、川越になくてはならないものとなってきている。
 最後に在校生へのメッセージをお願いすると、全国食肉学校では「色々と学べることがあるので、それを見い出し、逃さずにたくさん吸収することが、将来にとって大事です」と語ってくれた。

(写真)「肉の味を損なわないような加工」を心がけている

【著者】大野恵子(食肉加工科12期 平成13年)
           (有)大野農場 ミオ・カザロ店長

(2009.07.10)