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村田武の『現代の「論争書」で読み解くキーワード』

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連載の開始に当たって

日本農業の危機打ち破るキーワードを探る

むらた・たけし 昭和17年福岡県生まれ。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究...

村田武氏
むらた・たけし 昭和17年福岡県生まれ。京都大学経済学部卒、同大学院経済学研究科博士課程中退。金沢大学教授、九州大学農学部教授、同大学大学院農学研究院教授を経て、平成18年より現職。主著に『農政転換と価格・所得政策』(共著、筑波書房、2000年)など。

 農政学徒を以って任じてきた私が、常日頃、忘れないように、そしてそうありたいと願ってきたものは、ドイツの社会学者・経済学者のマックス・ヴェーバー(1864〜1920年)が、『職業としての政治』(脇圭平訳、岩波文庫)で語っている次のような言葉です。
「政治とは、情熱と判断力の二つを駆使しながら、堅い板に力をこめてじわっじわっと穴をくり貫いていく作業である。・・・自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場からみて―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても『それにもかかわらず!(デンノッホ)』と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への『天職(ベルーフ)』を持つ。」

 国内外、何が起こっても驚いてはならないようです。そして、わが国では、農業問題が世の政治家にとっては鬼門以外の何物でもないことをあからさまにしています。しかし、それを「しょうがない」として、手を拱いていては、日本農業の危機打開は困難です。
 さて、1980年代に始まった現代グローバリゼーションは、わずか四半世紀をもって、新局面に入りつつあるようです。現代グローバリゼーションは新自由主義とIMF・WTOを拠りどころにした多国籍企業の世界支配と一体のアメリカ一国覇権主義(パックス・アメリカーナ)をその基本的な内容としています。ところが、いたるところでそれが綻んでいるのです。
 IMFが途上国に押しつけた新自由主義的経済構造調整は、いずれも大失敗でした。WTOはガット・ウルグアイ・ラウンドが先進国主導で妥結されることで創設されましたが、今や加盟国の多数派となった途上国は先進国の横車を許さなくなっています。つい先だって7月に出されたドーハ・ラウンド農業交渉を決着させるためのファルコナー議長案を見てもそれがよくわかります。WTOの存在を賭けての農業交渉議長の悲鳴が聞こえてくるようです。アメリカは自国の思い通りにならなくなったWTOではなく、二国間主義(FTA締結)に活路を見出そうとしており、ブッシュ政権は、途上国の要求に妥協してまでドーハ・ラウンドを決着させるという意欲も国内政治における力も失っているからです。だからといって、米国のわがままを第一にして、輸入国の国内農業にさらなる犠牲を求めるようなドーハ・ラウンド決着が許されてはなりません。
 イラク戦争の泥沼に足を取られたアメリカの新エネルギー政策(トウモロコシのバイオエタノール化)、そして急成長する中国のエネルギー・農産物の大輸入国化、それを追うインド、ここにきて一次産品はデフレ局面を完全に脱しました。グローバリゼーション下の世界の政治経済は新たな局面に入りつつあります。
 この時代の変化をどう捉えるか。冒頭で引用したマックス・ヴェーバーの言葉に励まされつつ、私に与えられたコラム欄で読者のみなさんといっしょに考えるにはどうすべきか。思いついたのは、主に現代の農業食料問題を解くうえで重要な鍵となる語、つまりキーワードに取り組んだ著作やレポートを一冊選び、それを紹介しつつ、キーワードを読み解くという方法です。キーワードの選択は、世界農業食料問題を第一の専門分野とする私の独断によるものです。
 いま、取り上げたいキーワードは、「食料自給率12%」、「バイオエタノール」、「メイド・イン・チャイナ」、「フード・ポリティクス」、「ファミリィ・ファーム」、「フェアトレード」、「スローフード」、「エコ・ツーリズム」、「コンパクトシティ または 脱都市化」、「直接支払制度」、「農政改革」、「消費者利益」、「格差社会」、「新帝国主義」などです。このなかから、また執筆途中で浮上するであろうものから、12のキーワードを選びます。みなさんには、「え?それがキーワード?」と思われる語があるかもしれませんが、乞う、ご期待です。

【著者】村田武

(2007.10.04)