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村田武の『現代の「論争書」で読み解くキーワード』

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第6回 「ファミリーファーム」

テネシー大学農業政策分析センター編『米国農業政策の再考』

◆米国の低農産物価格政策で利益を得ているのは誰か  「WTO体制のもとでの米国の...

◆米国の低農産物価格政策で利益を得ているのは誰か

 「WTO体制のもとでの米国の市場指向型農政への転換は、米国内での農産物価格を引き下げる一方で、世界市場での米国産農産物のシェアを高めさせた。そして、この農政の受益者とされたはずの農民は活力を失う一方で、主要農産物価格、とくに穀物価格の低落は、多国籍アグリビジネス企業と企業的畜産業者に事業拡大のチャンスを与えることになった」。
 私は、1996年農業法に始まる米国農政の新自由主義市場原理農政のもとで、米国農業の担い手であったはずのファミリーファーム(家族農場)がかつてない危機にあることを、機会があるたびに指摘してきました。ここでは、冒頭に要約したような、我が意を得たりとするような分析と米国農政の再転換を求める意見が、米国内でも堂々と発表されていることを紹介しましょう。
 今回取り上げるのは、テネシー大学の農業政策分析センターが2003年に発表した『米国農業政策の再考』(“Rethinking US Agricultural Policy”)です。副題に「世界の農民の暮らしを守るための進路転換」とあります。翻訳はされていません。原文はインターネットで読めます。報告書の冒頭に、オックスファム(世界最大級の途上国支援NGO)のこの研究への財政的支援があったことに対する謝辞があるのも興味深いところです。わが国では、この文書を「農業情報研究所」がいち早く同年9月5日に、インターネットで「米国大学研究者、世界のための米国新農業法の青写真」と題して、好意的に紹介しています。
 まず、アメリカの農業経営構造がどのような状況になっているかをみておきましょう。
 米国農務省は、『米国農場の構造と経営状態』と題するファミリーファーム・レポートを毎年のように刊行しています。その最新版2007年版によれば、211万経営にまで減った農場のうち98%は家族農場にはちがいないのですが、そのトップの大規模家族農場(農産物販売額25万ドル以上)16万農場と非家族農場5万農場を合わせた21万農場(全農場の10%)の農場で、米国の農業産出高の75%を占めるまでになっています。他方で、販売額25万ドル未満の小規模家族農場190万農場(同90%)のなかで専業的な農場は53万農場(同25%)に過ぎず、残りの137万農場(同65%)は、「定年後農業」を含む兼業・副業型小農場です。そして、1980年代以降、とりわけ90年代半ば以降のデカップリング農政と農産物価格の低落のもとで、この家族農場のうち小規模農場の多くが離農を迫られ、過疎化をはじめ米国農村社会の崩壊という危機を生み出してきたのです。
 農務省がファミリーファーム・レポートで家族農場の危機を指摘するようになったのは、1979年に民主党カーター政権下の農務長官バーグランドが農業経営構造研究を指示して以来のことのようですが、同じく民主党クリントン政権下の1997年にはグリックマン農務長官が30名の専門家を指名して「小農場全国委員会」(National Commission on Small Farms)を組織し、翌98年には『行動の時だ』(“A Time to Act”)と題するレポートで、小農場が米国農業と農村社会の土台であり、持続的な農村再生には活力のある小農場の存在が不可欠であるとして、少数の大規模農場とアグリビジネス企業への農業の集中を問題にしたうえで、農業財政支出をもっと小農場支援に向けるべきだとするなどの提案を行っています。米国農業がますます大規模農場とアグリビジネス企業に支配される事態に対して、小農場の存在の意義を強調するというのは、農務省が自らの存在意義の喪失を危惧してのことかもしれません。

◆米国農政に求められるもの

 『米国農業政策の再考』にもどりましょう。冒頭に引用したように、本書は、米国の農業政策が1996年農業法で市場指向型に大きく転換し、それまでの供給管理と価格支持のためのそれなりにしっかりしたセーフガード(安全装置)を廃止したことが、穀物国際価格の激しい下落と、それが世界中の農民を苦しめている事態に道を開き、かつ、この深刻な事態を転換させるシステムを米国は放棄したのだとします。「96年農業法、すなわち米国農政が市場指向型に転換したことこそ、世界的な貧困と食糧安全保障問題に責任を負う」とします。ところがやっかいなことに、米国農業は輸出需要の伸びがあってこそ見通しがあるとする古くからの考えが息を吹き返し、農業界は国の保護や規制なしにやっていけるだけの力をつけたとする考えが支配的になったというのです。
 その背景にあったのは、農産物低価格が米国内の小農場を離農に追い込む一方で、国際価格を引き下げることで世界市場での米国産農産物の輸出シェアを引上げたことが、政府の直接支払い財政を膨張させ、しかもその大半を得る大規模農場や垂直的統合型企業畜産農場、そして多国籍アグリビジネスの利益を膨らませ、低価格の真の受益者の地位を得させたことでした。それでは消費者が低価格の受益者であるかといえば、低価格の利益の多くはアグリビジネス企業や流通業者の手に収まり、消費者が受益者であるとはいいがたいのです。本書は、以上を歯に衣着せず指摘しています。
 さて、それでは現在の農業危機の解決のための米国農政の転換の方向が問題になります。本書は、米国内では低価格が補助金増大の原因だとされるのに対し、世界では米国の補助金こそ世界価格低下の主要因だと見られており、そこから「補助金の撤廃」という先進国の農政転換を求める声が途上国に広まったのだとします。しかし、それはいわば「市場原理主義的」解決方法であり、期待されたほどの価格上昇はもたらさないとともに、そもそもその選択可能性は政治的に極めて小さいというのが本書の考えです。私には、なるほどと思わされます。
 そこで、提案されるのが「農民本位の解決」(the Farmer-Oriented Solution)です。
 その要点は、適正かつ持続的な市場価格帯に価格を引き上げ、過剰生産を管理する3つの政策の複合です。
 (1)穀物過剰生産を抑えるために、短期的にはセットアサイド(減反)と長期的には環境保全制度の土壌保全留保事業(CRP)などを活用した耕作抑制による農地利用の多様化です。セットアサイドは最大15%とされています。農地利用の多様化のなかには、バイオ燃料作物として、非食糧かつ非輸出作物、例えば北米のプレーリーに広く分布するイネ科草本の栽培が提案されています。トウモロコシなど食糧作物のバイオ燃料原料化ではありません。
 (2)価格が一定水準以下になった場合に発動する農場での保管による食糧備蓄です。政府が保管料を農場に支払い、価格が放出価格になるまで農場が在庫を保有し管理する方式です。トウモロコシ・小麦で最大30%、大豆25%、コメ20%を最大保管量としています。
 (3)農場での保管が最大保管量になり、価格が境界線を切った場合に発動する「政府買入れ」による最低価格支持です。最低価格支持機能を失っている現在のローンレート制は廃止されます。最低価格水準としては、小麦(ブッシェル)3.44ドル、大豆(同)5.50ドル、コメ(100kg)7.15ドルとされています。
 これらの政策複合青写真のシミュレーション結果にもとづいて、「農場の所得水準を落とすことなく財政支出を半分に減らしながら、価格水準はほぼ3分の1上昇するだろう。純粋なヒューマニズムと社会公正の精神にもとづくこれらの政策によって米国の市場価格が上がるならば、世界中の小貧困農民の生計を支えることにつながるであろう」というのが本書の結論です。
 世界市場に最大の影響力をもつ米国農業ならばこそ、「世界の農民の暮らしを守るための進路転換」という本書の政策提案には、わが国の農政のあり方とも関わって、聴くべきところが少なくないというのが私の考えです。

【著者】村田武

(2008.04.28)