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村田武の『現代の「論争書」で読み解くキーワード』

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第10回 「食品テロ」

『日本生協連・冷凍ギョーザ問題検証委員会(第三者検証委員会)最終報告』

◆冷凍ギョーザ事件の新展開  日本生活協同組合連合会が販売した中国製「CO・OP...

◆冷凍ギョーザ事件の新展開

 日本生活協同組合連合会が販売した中国製「CO・OP手作り餃子」の有機リン系殺虫剤メタミドホスの付着による重大食中毒事件が昨年末からこの1月に発生した事件は、6月になって、河北省の製造元「天洋食品」が事件後に回収したギョーザを食べた中国人が中毒を起こしていたことがわかって、新たな展開を見せています。中国側から中国での中毒事件発生が日本側に知らされたのが北海道洞爺湖サミット前の7月上旬だったにも関わらず、日本政府がこの情報を1ヵ月も伏せていたことも問題にされています。
 「天洋食品」に冷凍ギョーザの生産を委託し輸入してきた日本たばこ産業(日本JT)は、同社の中国での食料品生産拠点15工場を8工場に縮小し、日本国内の生産拠点を事件直前の19工場から22工場に増やすとともに、「天洋食品」との取引も停止したということです。
 世界的な食料需給のひっ迫を背景に、輸入原料による加工食品の値上げが相次ぎ、この冷凍ギョーザ中毒事件も加わって、国民もわが国の食料自給率の低さや食料安全保障問題への関心をにわかに高めています。福田首相が6月にローマで開かれた「世界食糧サミット」で、「食料自給率の向上はわが国の国際貢献だ」と大見得を切り、農水省が衆議院の解散・総選挙含みの2009年度予算の概算要求で、「食料自給率向上のための総合対策」に3000億円の財源を当てるとしているのも、こうした動きを反映しています。

◆食品安全管理・クライシス対応

 さて、食中毒を起こした冷凍ギョーザを販売した日本生協連は、2月に、吉川泰弘東大大学院農学生命科学研究科教授を委員長とする「日本生協連・冷凍ギョーザ問題検証委員会(第三者検証委員会)」を設置しました。CO・OP商品の事故発生後の対応や品質保証体制等について客観的・専門的な見地からの評価・助言を得るためだということでした。選定された委員からすると、日本生協連トップは、第三者委員会の議論を食品安全管理と事故が会員生協で発生した場合の危機管理のあり方に絞ることに腐心したとみられます。
 それに応えて、委員会が『中間報告』(4月11日提出)を経て、5月30日に提出した『最終報告』では、「今回の事件は、通常の衛生管理や品質管理の問題を超えた高濃度の農薬に汚染された冷凍ギョーザが原因となっており、生協のみの対策では今回のような事件の発生や被害の拡大を防ぎきれないことは明らかである。今回の事件については、国を中心に農薬の混入経路などの原因究明が行われているところであるが、本委員会では日本生協連への提言にとどまらず、社会的システムにも言及することとした」としました。
 そこでは、(1)コープ商品の食品安全管理と品質保証のあり方をめぐって、食品安全管理部門の設置を含む食品安全機能の構築や、食品の安全情報システムや人的ネットワークの構築など日本生協連と会員生協の連携強化などが提案されています。次いで、(2)危機管理(クライシス・マネジメント)をめぐって、会員生協に対する日本生協連の司令塔としての役割強化が提案されています。生協の食品安全管理と危機管理が、日本生協連の会員生協への統括機能を強化することで可能になるかどうかは大いに議論が必要でしょう。
 しかし、私が問題にしたいのは、第三者委員会の提言の締めくくりが「食品テロ対策のための社会システム」論であったことです。
 第三者委員会が、日本生協連への提言にとどまらず、「食品安全管理強化のために必要な社会システム」にも言及するとして主張していることを要約すると以下のようです。
 アメリカの2002年「バイオテロリズム法」が、食品に対する意図的な有害物質や微生物等の混入を「食品テロ」としてさまざまな対策を講じているなど、世界的に「フードディフェンスFood Defense(食品防御)」の観点に立った食品安全管理の必要性についての機運が盛り上がっている。中国製「CO・OP手作り餃子」がまさにそれであるような食品流通のグローバル化が進むなかで、今回の事件も「食品テロ」によるものであって、従来の生産から消費までを管理するためのさまざまな品質マネジメントシステムや食品安全管理手法などの「フードセーフティFood Safety(食品安全)」とは別の視点、すなわち「フードディフェンス」からの食品安全管理が必要である。そのためには、「食品テロ」も視野に入れた社会システムの整備が必要であって、それには(1)食品に関する情報の行政や事業者を含むネットワーク構築、(2)行政機関の連携と対応一元化・食品安全委員会の強化、(3)リスクコミュニケーションの強化と消費者の参加などが求められる。

◆「食品テロ」

 ところで、「テロ」、「テロリズム」とは、政治目的のために暴力あるいはその脅威に訴える傾向やその行為のことです。歴史が動いた時、テロ事件は枚挙にいとまがありません。しかし、21世紀の国際社会は、01年9月11日のいわゆる「同時多発テロ」(セプテンバー・イレブン)以降、アメリカの自由の理念、したがってアメリカの一国覇権主義を攻撃する者にすべて「テロ」というレッテルを貼り、それに対する先制的予防戦争を正当化するブッシュ政権のアメリカ・ナショナリズムと世界戦略に振り回されています。「反テロ法」、そして反対勢力をすべて「テロリスト」として描き出し、アメリカ国民の多くが骨がらみにされている「自由という最高の価値観と生活様式」を奪おうとする者への「最も暗愚な恐怖心」を掻き立てるブッシュ政権と新保守主義のレトリックを見破らなければなりません。(ニューヨーク市立大学教授のデビッド・ハーヴェイ(渡辺治監訳)の『新自由主義・その歴史的展開と現在』作品社、2007年刊を参照。ハーヴェイは、「反対勢力を嬉々として『テロリスト』として描き出すのは危険な兆候だと厳しくブッシュ政権を批判しています。)
 今回の冷凍ギョーザ事件をいとも安易に「食品テロ」とした第三者委員会は、もしそれが日本生協連によって組織された委員会と委員の人選ではなく、「天洋食品」に冷凍ギョーザの生産を委託し輸入してきた日本たばこ産業(日本JT)によって組織されたものであったなら、私は、然もありなんと考えるかもしれません。食品加工業者、すなわちアグリビジネス多国籍企業としての成長をめざして中国に進出し、「天洋食品」での加工委託事業を展開する過程で、何らかの理由で反発を買って暴力的報復に遭ったのでしょう。グローバル化の波に乗って海外に進出し、低賃金労働に依拠して利益を上げる多国籍企業としては、事件を「テロ」に仕立て、テロの恐怖に国民を脅えさせ、危機に対処できるハリネズミ国家がほしいということでしょう。そのような意味で、私は、然もありなんといいました。
 問題は、日本生協連です。消費者にとっての利益の追求には安価で安全な食品を調達することが欠かせないと、多国籍食品企業と提携して国際商品事業を拡大してきました。その過程で発生した中国製「CO・OP手作り餃子」中毒事件です。
 日本生協連は、今、2つの道の分かれ道に立っています。ひとつは、第三者委員会の提言に沿って、つまり多国籍アグリビジネス企業として、海外産品の安全を確保するフードディフェンスからの食品安全管理レベルを自ら強化し、「食品テロ」対応「社会システム」整備を国に求める道です。
 いまひとつは、ICA(国際協同組合連盟)1980年大会(モスクワ)のレイドロウ報告「西暦2000年における協同組合」が、世界の協同組合運動の将来の選択の「第一優先分野」とした「世界の飢えを満たす協同組合」としての発展の道です。
 世界は今、WTO自由貿易主義がもたらした農業破壊と地球温暖化・気象災害によって、新たな食糧危機に見舞われています。1970年代の世界食糧危機に立ち向かうことが協同組合運動の全人類への最大の貢献だとした「レイドロウ報告」に学ぶならば、今こそわが国の協同組合運動は、生協も農協もあげて、わが国と世界の食糧安全保障に貢献するという旗を高く掲げなければなりません。日本生協連の国際商品事業もこの視点を優先させるならば、フェアトレード運動への冷たい視線も和らぐでしょうし、そもそも「食品テロ」に恐怖する必要はないはずです。私が日本生協連に望むのはこの道です。

【著者】村田武

(2008.10.02)