シリーズ

「里山の真実」

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第9回 森林の多面的機能と森林の原理

私たちに“身近な”森林をどうするか(1)
太田猛彦東京農大教授

前回、人々との関係を絶った里山をどうするかという問題は、実際には「里山地域の森林...

前回、人々との関係を絶った里山をどうするかという問題は、実際には「里山地域の森林の管理をどうするか」という問題になったと書いた。
この問題を解決するためには「現代人と森林との関係」を考察する必要がある。それを本シリーズで十分に議論することは物理的にも筆者の力量の点からも不可能であるが、一方で避けては通れない部分でもあるので、私たちに身近な森林を念頭に、できる限り簡潔に筆者の思いを述べさせていただくことにした。
2001年11月、日本学術会議は農林水産大臣の諮問に答えて「地球環境・人間生活に関わる農業と森林の多面的な機能について」答申したが、その第III章で森林の多面的機能が体系的に論じられている。
実は「農業の多面的機能」と「森林(林業ではない)の多面的機能」は定義が異なる。前者では農業の直接の目的である農産物の生産を含まないが、後者では林業による生産が含まれる。
すなわち、前者は農業の外部経済を表す用語であるが、後者では同様の意味を表す用語として古くから「公益的機能」が用いられており、森林の多面的機能は林業の内部経済・外部経済を含んでいる。同じ農林水産省内であっても農業部門と森林・林業部門では多面的機能の指す意味が異なるのである。
答申では森林と人間との関係に関する「森林の原理」(図)なるものを導入して森林・林業の多面的機能を論じている。議論の特徴は地球環境史、人類史にまでさかのぼって、あるいは都市や農村・農業と比較して、俯瞰的に森林の機能を論じている点にある。

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すなわち、森林は現在の環境を保全しているだけではない。地質時代の森林が現在の大気環境、温度環境、土壌環境、生物環境の形成、さらには人類の発生にまで関わってきたのである。
日本人の歴史においても、里地里山システムに立脚した農業を通して日本人の生活環境(里山の動植物を含む)やこころを形成してきたことは本シリーズで見てきたとおりである。
答申では種々多様な森林の機能を森林の原理に沿って8種類に分類している(図)。個々の機能の説明は省略するが、私たちに身近な森に期待する機能は気候緩和、大気浄化、騒音防止・アメニティ向上などを含む「快適環境形成機能」、療養や森林浴による保養、行楽やスポーツの場としての「保健・レクリエーション機能」、景観・風致、自然学習・労働体験を含む学習・教育の場、さらには伝統文化や地域の多様性を維持する機能まで含まれる「文化機能」などであろう。

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最近は環境教育の場としての機能がクローズアップされているが、住宅の裏山の山崩れを防止する働き(土砂災害防止機能の一部)を望む地域もあるだろう。決して里山の生物多様性保全機能のみが期待されているわけではない。
このように、かつての農用林や薪炭林が持っていた物質生産機能に替わって多様な機能が期待されるようになったが、今後は身近な森林での物質生産は考えなくてよいのか。次回ももう少し私たちに身近な森林の機能を考えてみる。

森林の原理:環境原理、文化原理、物質利用原理から成り、森林の多面的機能を考える際の原則を述べている。(日本学術会議答申(2001・11・1)より抜粋・構成)

【著者】太田猛彦東京農大教授

(2008.10.03)