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研究開発の最前線

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「植物のちからを暮らしのなかに」の理念を掲げて  シンジェンタ ジャパン(株)中央研究所

・研究開発は成長の原動力
・世界各地に配置されている研究開発施設
・世界の技術を日本へ定着させる
シンジェンタ ジャパン(株)中央研究所

 日本では、シンジェンタという会社は「外資系農薬会社」だと思っている人が多く、世界90カ国以上で農薬だけではなく、種子事業そして芝や観賞植物などのローン&ガーデン事業など、農業関連の事業を展開しているリーディングカンパニーの一つだということを知っている人はあまり多くはないかもしれない。そして農薬についても、どのように研究開発され、日本の生産者に届けられているかもあまり知られていないのではないだろうか。そこで同社の中央研究所に取材した。

◆研究開発は成長の原動力

 世界の農薬業界は、シンジェンタがゼネカ(英国)とノバルティス(スイス)が合併して誕生した会社だというように、世界的に事業展開している会社がいくつかの統合・合併を経て、現在はシンジェンタをはじめとする6社にほぼ集約されてきたといえる。
 この6社にはそれぞれ特色があるが、シンジェンタが他社と際立っていることの一つに、「研究開発は、有益な成長の原動力」と考え、研究開発に多くの人員と予算をさいていることがある。
 シンジェンタには世界で約2万4000人の従業員がいるが、そのうちの約17%4000人の社員が研究開発に従事し、その予算は年間約10億ドル(1日約250万ドル)だ。

◆世界各地に配置されている研究開発施設

 その研究開発の拠点は、英国・ジェロッツヒル(化学物質の発見・雑草防除・製剤研究・生物化学・環境科学)、スイス・シュタイン(殺菌剤・殺虫剤・プロフェッショナル プロダクツ)、米国・グリーンズボロー(製剤研究・環境科学)、インド・ゴア(化学)にあり、さらにバイオテクノロジーの研究開発が米国・ノースカロライナのシンジェンタ バイオテクノロジー インク(SBI)で行われているが、2008年3月に中国・北京にシンジェンタ バイオテクノロジー 中国(SBC)が設立され、同年10月に正式にスタートしている。
 栽培される農作物はもちろんのこと、発生する雑草や病害虫は、地域ごとに異なるので、例えば日本に適した農薬の開発が必要であるように、その地域地域に適した農薬の開発が要請される。
 農薬についてみると、まず英国とスイスにある本部の研究施設で初期のスクリーニングと呼ばれる新規化合物の試験が行われ、本部の厳しい評価基準をクリアしたものだけが、世界各地にある研究施設へ送られる。試験ほ場を備えたそうした研究施設は、フランス・スイス・米国・ブラジル・エジプト・韓国・台湾・インドネシアそして日本にある。

◆世界の技術を日本へ定着させる

2085_3_03.jpg 日本における研究拠点は、茨城県牛久市の「中央研究所」と静岡県島田市の「神座サイト」の2つだ。
 牛久の中央研究所は水田を含む7haの総面積があり、主として水稲・野菜・芝を試験対象としている。一方、神座サイトの総面積は約1.5haで、主として果樹・茶が試験対象で、また遺伝子組換え作物の隔離圃場試験が行える設備がある。
 この2つの研究所では、英国やスイスで試験をクリアした新規化合物(農薬)に関して、日本での実際の使用に近い条件でスクリーニングを実施している。
 具体的には、温室やほ場で多彩な作物への適用性を確認する試験や日本での有用性、対象作物・対象病害虫や雑草、作用特性、基本的な安全性、製剤処方などについて詳細な試験・検討が行われ、最終的には農薬登録のための委託試験へと進められる。
 牛久の中央研究所には、生物グループ、製剤開発グループ、残留分析グループの3つがある。生物グループは、新剤のスクリーニングや対象病害虫や雑草に対する薬効・薬害試験を実施するとともに、生産現場からの技術面での要望や質問に応えるなど営業支援を行っている。
2085_3_02.jpg 製剤開発グループは、日本の生産現場に合った製剤開発を行う部署だが、粒剤とか顆粒水和剤あるいはフロアブル剤などの剤型だけではなく、有効成分の効力を最大限に発揮させるための製剤技術の研究も重要だ。
 後述する「デジタルメガフレア箱粒剤」にみられる「デジタル製剤」技術を開発するなど、多くの技術特許を出願している。
 残留分析ラボは、作物だけでなく、土壌・河川・地下水など環境への影響も確認し、さまざまな観点から安全性を確認し、使用基準設定の為の基礎データを構築している。

(写真)中央研究所(牛久)本館(写真上)と水田ほ場(写真下)


    

◆即効性と長期持続性を両立したデジタル製剤

実験室 中央研究所の3つのグループはそれぞれ重要な部署ではあるが、注目したいのは製剤開発ではないだろうか。
 新規化合物は、英国やスイスでまずスクリーニングされてから日本や世界各地の研究施設でさまざまな試験を繰り返し実用化されるが、最終的には生産現場で使いやすく有効成分の効力を最大化するためにどのような製剤方法を取るかが大きな決め手になるからだ。
 そうしたなかで開発されたのが、シンジェンタ独自の製剤技術である「デジタル製剤」だ。これは有効成分の溶出を制御し、ターゲットとする病害虫が発生する時期に合わせて有効成分を作物に取り込ませることによって水稲の生育期全範にわたって予防効果を持続させる技術だ。
ビニールハウス この技術を実際に使っているのが、水稲育苗箱用殺虫殺菌剤「デジタルメガフレア箱粒剤」だ。この剤では、箱処理で初めて穂揃期のカメムシ類の防除を可能としている。
 もちろんいもち病やウンカ類などにも高い防除効果と持続性をもっており、この剤を使うことで主要な水稲病害虫を同時に防除できるし、散布時期を逃す心配はないし、夏の煩わしい防除の回数を減らすことができ、省力化を可能にした。

(写真)上:実験室 下:ビニールハウス

◆種子処理がこれからのトレンドに

 水稲だけではない。畑作でもシンジェンタ ジャパンのホーキンス社長が「これからのトレンド」だと強調する大豆の種子処理用殺虫剤「クルーザー」がある。種子の段階で処理すると残効が約1カ月間持続するので、初期防除を軽減することが可能だ。
 実際に使っている生産者からは「以前は播種時に粒剤を散布し、生育期に2〜3回液剤を散布していた。この剤は1カ月くらい効果があるので生育期の液剤が1〜2回ですむ。播種時の粒剤は重い袋を抱えての重労働だったから、いまはすごく楽になった。そして種子処理だから天気を気にしなくていいのもいい」と評価は高い。
 現在は大豆用だが今後は他の作物や殺菌剤との混合剤についても種子処理技術を発展させていくことにしている。
 現在、中央研究所で試験している上市間近なものがいくつもあるが、ここでは割愛する。

◆人びとを結びつける会社

 「Syngenta」という社名は、統合や強化を意味する”Syn”とラテン語で人間や個人を表す”genta”からの造語で「人びとを結びつける」という意味だという。そして「植物のちからを暮らしのなかに」を企業理念として世界で事業展開している。そのめざすところは、より豊かで持続可能な農業を実現することで、増大する世界の食料・飼料・燃料の需要に応えることに貢献することだという。
 そのための重要な一翼を牛久と神座の研究所が担い、ここから日本のデータを世界にフィードバックすることで、新たな英知が日本の農業のために結集されているといえる。

世界に展開する研究施設

(図)世界に展開する研究施設

(2009.10.22)