シリーズ

どうなるのか日本の食料・生産調整を考える

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対談その1 様変わりした穀物事情

水田を軸に食料安全保障の確立を
JA全中・冨士重夫常務理事
東京大学大学院・鈴木宣弘教授

 世界的に穀物需給は大きく様変わりし、需給ひっ迫と価格高騰で米などその地域・国の主食をめぐって暴動が起きるなど社会・政治問題化しているなか、世界の食料安全保障の確立に向けて地球全体で食料増産が重要な課題となってきた。わが国でも食料供給力の強化を打ち出すなど改めて国内生産の大切さへの認識が広がり始めている。
 一方、国内農業にあっては米の生産調整の達成による主食用米の需給均衡が当面の農業経営と地域社会の安定にとって最重要課題となっているが、昨年末に見直された米政策では飼料用米や米粉の活用など水田農業の生産力を維持していこうという、生産調整の本来の意義がようやく具体策として打ち出されたといえる。本紙では日本の食料安全保障の鍵を握るともいえる水田農業と食料政策のあり方について、「特集/どうなるのか日本の食料・生産調整を考える」として問題提起をし関係者による議論を深めることを狙いに本シリーズを企画。第1回は基本的な課題をめぐってJA全中の冨士重夫常務と東京大学大学院の鈴木宣弘教授に話し合ってもらった。世界の動向を考える「シリーズ・世界の穀物戦略」と合わせて月1回の予定で企画していく。

鈴木氏×富士氏

『ニッポンの資源』維持の視点で生産調整を考える

冨士重夫常務理事
冨士重夫常務理事

◆WTOの貿易ルールは果たして機能するのか?

 冨士 世界の穀物需給のひっ迫についてはもともとその方向が予測されていたわけですが、そこにバイオエタノール増産、原油の高騰、投資ファンドの穀物への投機といった動きが拍車をかけ、現在の国際価格の高騰現象を引き起こしていると思います。
 つまり、専門家が指摘しているようにこれは一過性のものではなくて実は構造的なものだということですね。地球レベルでみれば人口が増大し、その一方で農地や水はといえば砂漠化の進行、水不足などもあってそう簡単には食料を増産できないんじゃないかということがある。
 さらにインドや中国などの経済発展で食生活が変わり、たとえば中国も自国で穀物を輸入して畜産物を生産するのか、食肉そのものを世界から輸入したほうが得なのかを真剣に考えているという。こうした10億人を超える人口大国で食生活が変化していることも穀物や食料の需給環境に抜本的な変化をもたらすわけで、今後、少しは価格が下がったりしても、決してもとに戻ることはなくこの状況は少なくとも10年は続くのではないかというのが専門家の認識ではないかと思っています。
  問題は、そういうなかでWTO(世界貿易機関)の貿易ルールはこのままでいいのか、機能していなのではないかということです。
 WTOは関税削減などで国境を引き下げ、さらに各国の補助金を減らす、とくに先進国の補助金を減らすためのルールを交渉しているのであって、ここに食料増産が重要だという問題意識をいくら持ち込んでもそれは実現できないんだと言われます。
 しかし、そうではなく世界全体のなかで農業生産の置かれている環境を踏まえて、農産物貿易はどうあるべきか、そこを改めて問い直し新しいラウンドを立ち上げるなり、NAMA(非農産品)分野とは別の理念や価値観で一定のルール化を図っていく。そういう切り替えを日本が大胆に提起していくべきではないかと思います。
 それなのに食料増産の問題はFAO(国連食糧農業機関)の仕事であってWTOの仕事ではないと言われます。
  FAOでは途上国、先進国含めて食料増産に努めよう、そうしないと地球レベルの人口を養っていけないんだと訴えていこうとしているわけですが、その一方、WTOは関税を引き下げ関税割当も拡大してもっと輸入しろ、と。モノがないというのにもっと輸入しろという、相変わらずその議論でまとめようとしている。現在の激的に変化している状況とずれているのではないか。食料増産の必要性をも一緒にしたルール、土台をつくることが大事ではないかと思います。

◆輸出規制には食料主権を主張すべき

鈴木宣弘教授
鈴木宣弘教授

 鈴木 今のWTOのルールとはまさに狭い意味での経済効率だけに基づいて、国際分業といいますか、効率のいいところで農産物を作り、日本のような、また、アジアのような小規模で零細な稲作は非効率だから、そこの農業はなくなってもいいということを前提にしたような議論です。
 しかし、今のように食料が足りない、あるいは食料が戦略的に使われているというような状況でナショナル・セキュリティが維持できなくなる事態が起こると、今のWTOルールではまったく対応できないことが分かったわけです。
 WTOルールを金科玉条のように捉えて、これは決まっているんだからやむを得ないというのではなく、これまでも農業の多面的機能は主張はしてきましたが、これは経済効率では図れない部分をいかにWTOのルールのなかに入れ込んでいくかという議論ですからまずはこれを続けていかなくてはならない。
 とくにナショナル・セキュリティについても環境についても、農業が果たす役割を具体的な指標として示し、単に狭い経済効率だけではなくて、総合的な指標を設定して農産物貿易を考えなくてはいけないという新しいルールに変えるべきです。それをあきらめてはいけない。
 今回の一連の動きのなかで、いちばん明確になったのは輸出規制がこれだけ簡単に行われるということです。結局、自国民に十分な食料を確保できるか心配になると、外に出さないように輸出を規制してきちんと国内の分を確保しようとするわけですよね。これはやむを得ないことであるとして、輸出国が輸出規制をするのであれば輸入国にとって貿易だけに依存しないで自国である程度の部分を確保しておく権利は非常に重要なことになる。
 こうしたバランスの問題で考えれば、今度の食料サミットでの日本の主張のように輸出規制をしにくくするようにするのも1つの考え方ではありますが、むしろ私は輸出規制が自国民の食料を守る意味で行われることを前提にし、そうであるなら日本にもそれに対処して国内生産を常に整えておく権利があるんだと、こちらを主張する材料に使ったほうがいいのではないかという気がしています。

◆自由化で失うものへの認識を広める

 冨士 現在のWTO交渉では、輸入国のセーフガードに対しては非常に厳しい。しかし、輸出規制をすることが許されるならば輸入国側のセーフガードももっと認められてしかるべきです。輸出国といっても今回のように出さないときは出さないわけですからね。そのかわり集中豪雨的に輸出されるときには輸入国は徹底してセーフガードで守る。そういうバランスがあってしかるべきで、輸出規制発動に対する規制も重要ですが、一方で輸入国の防御措置の必要性をもっとWTOルールのなかで主張する必要があると思います。
 それから多面的機能など非貿易的関心事項については、貿易ルールの枠組みをつくる際にそれらに配慮したと言われます。では、その具体的な反映は何かといえば「重要品目」ですね。一般品目とは別に重要品目の概念を入れたのは農業の多面的機能などに配慮したからだというわけです。しかし、それでも結局は常に代償措置が求められているではないですか。重要品目については関税削減率を一般品目より低くできるとしながら、関税割当は拡大しろ、と常に代償を求める。多面的機能に配慮して重要品目を認めたといいつつ、実はこれは一般原則とは違う特例的な扱いなのだから、代償を出せ、と。こういう発想ですよね。私から言わせれば非貿易的関心事項を反映させたと言葉ではいいながら、何も反映させていないではないかということです。
 鈴木 やはりWTOのルールとはもう変えられないものだということではなくて、ご指摘のような点に理解を得られる国と連携を深めてぜひ大きな運動、主張を展開していかないといけないと思います。
 その1つの方法としてはこれまで多面的機能について具体的に表現しきれていなかった面もありますから、どういうものが多面的機能でそれについてはどういう指標を使ってルールに入れ込めばいいか、まだ工夫の余地があると思います。
 私は最近いろいろな試算をしていますが、たとえばバーチャルウォーターの議論がありますね。もし日本でお米を作らなくなれば確かに22倍もの水が節約できるけれども、それは水がすでに不足している米国のカリフォルニアや豪州、中国東北部で環境を酷使してさらに水を使うことになるわけですから、地球規模の水収支からすれば非常に非効率だということになる。
 フードマイレージの議論もあります。CO2の排出は、日本が米を全面的に輸入すれば10倍に増えるという試算もできるわけで輸入は温暖化に影響するという環境面の指標も可能です。自由化によって失うものの大きさ、それが分かるような指標をもっと具体的に開発して、WTOのルールとして目に見える形で具体的に示し価値判断できるものを作っていくことも必要ではないかと思います。
 ヨーロッパでは生物多様性の議論もずいぶん盛んになっていて直接支払いではそれが指標化されています。私の試算でもたとえば、水田がなくなると、おやまじゃくしが400億匹、カブトエビが40億匹、赤とんぼが4億匹死滅するという結果です。
 輸入国の立場でさらにいえば、窒素循環の問題もある。輸入がさらに増えれば、国内で循環できる量をはるかに超えた窒素分が過剰に溜まることになるので、それは環境負荷が高まるばかりか、いろいろなかたちで人間の健康にも悪影響を及ぼすわけですね。
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【著者】JA全中・冨士重夫常務理事
東京大学大学院・鈴木宣弘教授

(2008.06.04)