シリーズ

どうなるのか日本の食料・生産調整を考える

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対談その2 様変わりした穀物事情

食料増産は世界の流れ、水田の力を発揮する生産者と国民に安心与える国家戦略を描け

◆食料安保の確立と自給率の向上  鈴木 さて、これからは食料をできるだけ増産して...

◆食料安保の確立と自給率の向上

 鈴木 さて、これからは食料をできるだけ増産していかなければならないのではないかという話ですが、ではこれからどういう政策展開をしていく必要があるのかを考えると、たとえば日本は水田については今4割も生産抑制しているということについてどう考えるかが焦点になってきていると思います。
 冨士 自給率を向上させる、それはつまり、国民、消費者が求めているものを適正につくる、これがいちばん重要ですね。農地を最大限に有効活用し国民が必要としている量をできるだけいろいろな品目で作っていくということですが、470万haの農地のうち200万haが畑地です。この畑地については果樹や野菜が定着し、あるいは北海道のビートや馬鈴薯などでは輪作体系もできています。畑地ではそれなりに農業生産が定着しているとすれば、直接生産量の増加につなげるには水田をどのように考えるかだと思います。
 270万haの水田のうち主食用として必要なのは150万haだということになれば、あとの120万haでは何をつくっていくのかということになる。そこを今までは気象条件が合う合わないはあっても、まずは麦・大豆だということで来たわけですが、結局、麦・大豆は畑作系の作物であり、一定程度の団地化をしないとコストも合わない。しかもブロックローテーションをしていなかいと連作障害を起こす。
 このように農地をうまく回していかなければならないなどの問題もあってなかなか定着化せず広がりを持てないというなか、水田は水田として活用し連作障害を起こさない稲作系で、主食用以外に必要なものを作っていく道はないのかということは以前から課題だったわけです。ただ、ここに圧倒的な価格差があって、飼料ならトン3万円程度にしかならない。
 しかし、最近のこうした穀物需給環境になってきて国際価格は上昇し、実際に穀物そのものも満足に入らないことになりかねないなか、稲作系で何を作っていくかということをいよいよ戦略的に考える必要が出てきたということだと思います。その1つが飼料用米であり、それから小麦粉代替の米粉です。
 飼料ではトウモロコシ全部を米に代えることはできないまでも、中小家畜の豚、鶏であれば3割は代替させても十分に飼料として有効で、さらに肉質も良くなるなどの面もあることから、米の代替活用を戦略として位置づけ、そこに政策支援のバックボーンをきちんと打つということだと思います。
 このようなかたちで水田を維持しておき、もし本当に食料危機のような事態になれば飼料用の水田を主食用に切り替えていく。こういうかたちで食料安全保障を考えていると国民に説明して、そのための政策支援を明確にして消費者、国民に理解をしてもらう。そうなれば今持っている農地、水田という資源が100%活用され潜在能力が発揮できるという姿を描けるのではないかと思います。
 鈴木 基本的に日本では水田を水田として活用し、普段はいろいろな用途に向けて、いざというときには人間が直接食べられるように維持しておこうということですね。
 ただ、日本型食生活を考えた場合、これまでも生産に努力してきた大豆なども改めて確保する必要性もあると思います。つまり、最近の議論はやや水田の活用、米の生産と新規用途開発に傾きすぎているのではと冷静な議論を求める声もありますが、そこはいかがお考えですか。
 冨士 もちろんわが国にとって重要な食料で自給率の低い大豆などをできるだけ増産して行くことが重要です。その大豆の増産のためにも、稲作系の転作を組み合わせることで収量を増大させることにつながるなど営農上の課題も克服できるようになります。要は両方のバランスをとって営農現場に即して対応して行くことが大事だと思います。

鈴木氏×富士氏


◆問われる備蓄のあり方、世界貢献も視野に

 鈴木 それから食料安保を考える場合、備蓄の問題もあると思います。米については今、消費量の1.5か月分ぐらいを備蓄量として設定しているわけですが、たとえばフィンランドでは主食の小麦を1年分備蓄しているわけですね。それにくらべるとかなり少ないということですから、こういう機会に国民のみなさんのコンセンサスが得られれば米の備蓄をもう少し持っておいたほうがいいのではないかという議論もできはしないかと考えています。
  そうすれば国内の食料確保にもちろん役立ちますし、今回のように輸出がストップして世界的に相場が上昇したときに日本の米を国際市場に放出することで、貧困層が米を買えなくなる状況を緩和することができますよね。その意味では日本の食料安全保障にもなるし、世界の食料安全保障にもなるという点でかなり大義名分があると思います。ただ、この備蓄については政府としても増やすのは難しいという考え方をとってきたと思いますが、この問題はどうお考えですか。
 冨士 世界の穀物需給が様変わりしているなかで、主食たる日本の米の備蓄は果たして100万トンで大丈夫なのかということはもう一度議論し、上乗せするなら上乗せすると考え直したほうがいいと思います。もう1つは東アジアの米を主食としているような地域における、たとえばミャンマーの災害や中国の大地震といったことがあるので、もともとは日本が提案した東アジア米備蓄構想というのがありましたが、そういう意味では日本自らの備蓄量と米を主食としている東アジア圏トータルでの全体の災害や収量変動に対しての国際備蓄をどうするかということがあると思います。
 ただし、もうひとつの観点としては米の備蓄量を150万トンから100万トンに下げてきたのは、今の仕組みでは結局、在庫圧力になって新米の価格形成に影響を与え安くなるということに常にさらされるからです。
 その点では米価の適正な価格形成から考えると主食用米の備蓄水準をどうすればいいかも問題になります。ただ、飼料用米やホールクロップサイレージ、米粉といった主食用以外で活用していくという取り組みが回りはじめれば潜在生産力としての水田は維持しているわけですから、在庫という形でもたなくても水田という機能として在庫を持っていることになりますね。1年のタイムラグはありますが、翌年その水田を100%活かせれば大増産できると考えると、水田というかたちで潜在能力を持つ、それから当面の主食用の備蓄としてどれだけ持つか、というように整理して考える必要があるのではないかと思います。
 鈴木 ただ、今の備蓄の仕方は結局、主食用に回ってきて価格に影響するというのであればそうならないような備蓄も選択肢としてあるのではないでしょうか。ある期間が経てば飼料用に回すとか、援助用に恒常的に活用するなどですね。援助は日本の水田の力で世界に貢献することにもなりますしね。このように国内の主食用に影響しないように順次備蓄を使っていくということを表明したうえで、国が備蓄を持つことも考えられないかということですが。
 冨士 そういう備蓄米の活用の部分もあっていいと思いますが、限定的に考えておく必要があるのではないかと思っています。というのは主食用と飼料用に大きな価格差があるからで、生産調整、つまり用途別の米の需給均衡を考えると、同じ水田は活用はしても飼料用ではコスト低減が必要で営農体系も変える必要がある。たとえば不耕起直播などで低コスト営農体系をつくり上げていく。だから飼料用米は5000円だとなってもコストは見合っている、というかたちにしなければなりません。
 そのうえで、いざという危機のときには常に主食用を生産できるという体系もつくることが、全体の計画生産をうまくやることになり、需給均衡も図れるということだろうと思います。そこをきちんと整備したうえで、主食として買い入れた米を3年ぐらいたてば飼料用に回すということを組み入れる。そういう体系で考えていったほうがいいのではないかと考えています。

◆水田維持のための生産調整こそ重要 支援策の見直し・充実が課題

鈴木氏×冨士氏

 鈴木 生産調整としての飼料用米生産や米粉活用がうまくいくように、生産段階から組み込むことは重要だと思いますが、それでは今の支援の施策体系は十分になってきているのか。それとも相当拡充する必要があるのか、そこはいかがですか。
 冨士 やはり不十分なところがあります。もともと転作助成金が産地づくり交付金になり現場で使い勝手のいいものにはなってはいますが、結局、助成額は3年間固定で、転作が増えていけば助成額が薄まるとか、転作をしなかった人が転作をするようになると薄まるとか、今回も10アール4万円だったものが、転作を増やした結果3万8000円に下がってしまうなどの声も届いています。やはり主食用と一定の格差があるから支援するわけだから、4万円なら4万円の支援を安定的に確保するような仕組みにし、そのうえで10アールあたり1トン収穫するような努力をする。かりに1トン収穫すれば財政的な支援を合わせて10アールあたり9万から10万円を展望できる仕組みが必要だということです。
 しかも生産者は支援がいつまで続くのかということを常に心配しているので、ここは少なくとも5年、10年という単位で国として戦略として位置づけたうえで支援をしていくんだと示すことが必要です。そうすれば安心して自分の営農体系のなかに組み込んでいこうということになるわけです。
 鈴木 今年、生産調整の達成に向けて努力をされているわけですが、もし過剰作付けが減らず最大限努力はしたけれども米価の下落を止めることはできないということなったら、では次はどうしたらいいかということになりますね。できるだけ水田で米を作れるようにしてそれを飼料用米や米粉に仕向けるシステムを早く機能させることが重要だと思いますが、それと同時に下落したときに補てんの仕組みをやはり考えないといけなくなるかもしれないと思いますが。
 冨士 その検討はまだですが、産地づくり交付金は21年まで継続され22年からどうするかという議論になると思います。しかし、それまで待っていられるか、今年の生産調整の取り組みの結果、現場からもいろいろな課題が出てきています。
 われわれは改めて生産調整に力を入れて取り組んでいるわけですが、まさに改めて感じるのは生産調整をしない人はしない、取り組む人は努力し取り組んでいると。そういう構図が変わらない。今回、緊急対策を呼び水として生産調整をやろうじゃないかというわけですがハードルも高くてなかなか難しい。たとえば産地づくり交付金はオールオアナッシング、です。つまり、目標の3割か5割を転作すればいいというものではなく100%達成しないと交付金が出ない。
 ですからこれまで生産調整を実施していない人に一気に計画生産に参加をといっても、経済的にも営農的にも物理的にも容易ではない。3年、5年かかって100%生産調整を達成していくというのであれば、今年はまず3割はやれる、という話はよく聞きます。その点で100かゼロかではなくて、産地づくり交付金のあり方、そして政策支援全体のあり方も再構築して進んでいくことが必要だろうと思います。
  いずれにしても今の世界の状況を含めて備蓄、転作、豊作分の処理、米価下落時の収入セーフティネットをどう再構築していくのかということは早晩求められると思いますね。

◆直接支払いで米と水田を支える

 鈴木 その仕組みの議論にも関連することですが、たとえば、フランスでは農業所得の8割程度が政府からの直接的な支払いで成り立っているし、米国の制度は基本的に不足払いですから、平均的に所得の5割前後が政府の支払いで成り立っているわけです。それにくらべて日本の農家は、過保護のように言われますが、実は農業所得のせいぜい1割から2割ぐらいしか補助金が入っていないわけですね。それを考えるとまだまだ理由づけをきちんとして拡充すべき要素があると思います。
 今の政策でいえば、農地・水・環境保全向上対策で環境を理由にした支払いを拡充するんだということになっていますが、ヨーロッパや米国にくらべると日本は直接農家に届く支払いが少ないと思います。
 だから稲作の場合も米価が下落したときに米価そのものを十分に支えきれないとなれば、それに対して別途直接的な支払いを拡充する必要が出てきますよね。そのときになぜ直接支払いが必要かという理由づけが必要になります。最初にも話しましたが、ヨーロッパでは生物多様性などを指標化してそれに基づいて、米の値段には反映できないけれども、その部分はみんながお世話になっている部分だから払うべきものであると合意されています。きちんと国民に分かる理由づけをすればまだまだ拡充できる面があると思います。コンセンサスが得られれば、受け取るほうもまさに誇りを持って、貢献しているのだからがんばろうということになり、お互いに支え合える関係にもなります。
 しかし、この議論をあまりゆっくりやっていると間に合わない。稲作農家にしろ畜産農家にしろ、かなり疲弊が進んでしまう可能性があるのでぜひ早急に具体的に検討をはじめるべきだと思います。
 冨士 そうですね。一方では農地制度の見直しのなかでは農地を農地として利用していくという利用の責務も議論されているわけで、国民の共有財産である多面的機能を発揮している農地をきちんと利用していくことと裏腹の関係で、直接支払いを受けるということを目標に置くというのであれば、農村の落ち着き方はだいぶ違うでしょう。そのうえで国内の消費者が求めているものを優先的に、自分たちができるものは何なのか、そのなかで最大限生産していくことが自給率の向上になると改めて考えなくてはならないと思います。

【著者】JA全中・冨士重夫常務理事 東京大学大学院・鈴木宣弘教授

(2008.06.04)