◆第2の基本課題は何か
前回は、農協運動の第1の基本課題、すなわち、その使命ないし役割をどう明確に認識すべきかについて述べたが、今回は、第2の基本課題、すなわち、高度に発達した日本という経済社会に存立し続けることができ、しかも前回確認した農協運動の使命を全うすることのできる農協の体制整備をどう図るか、という課題を考えることである。
問われているのは、農協改革の課題と方向が、右の意味での体制整備ないし存立条件の確保に焦点を合わせた取り組みになっているかどうかである。改革の取り組み課題が手順前後になったり、“農協のための農協の改革”に止まり、組合員には何のメリットもなく、むしろ組合員に不便や負担を強いるような改革は改革の名に値しないことも肝に銘ずべきであろう。
前回確認したように、「JA綱領」(の前文)は、農協運動の使命・役割を明確に提起していると共に、農協づくり(農協改革)の方向づけについても示唆を与えている。ただし、その示唆は、協同組合の使命を果たし得る“本物の協同組合づくり”の大切さを提起するに止まっており、2つの直接的使命を果たし得る“新しい農協づくり”に向けての農協改革の方向づけに関しては、ほとんど何の示唆も与えていない。そのことが、農協グループの改革への主体的対応を立ち遅れさせ、後述する“他律的改革”を誘発する原因ともなったと考えられる。
“新しい農協づくり”に向けての農協改革の方向づけは、農協の組織及び組織運営面(A)、事業活動面(B)並びに経営管理面(C)の3面にわたって、かつ3面の相互関連づけの中で具体化されなければならない。
◆農協の存立条件確保に向けての改革の諸課題
次に、右の3面のそれぞれに関する“基本的改革課題”を提起し、かつその基本的課題のそれぞれを実現するために決定的に重要だと筆者が考える戦略的取り組み方策(サブ課題)について提示しておきたい。
まず(A)の農協の組織及び組織運営面の基本的改革課題をどう考えるかである。筆者は、「農協の組織基盤の拡充強化と組織運営の改革」だと考える。また、そのための戦略的取り組み方策として重視すべきは、第1に、「組織基盤拡充強化の意義と重要性に関する役職員の明確な認識の確立及び有効な実践方策の具体化と強力な実践」(A1)であり、第2は、「農協の最大の強味である“組織力”の強化に向けての組織運営の改善」(A2)である。両者共に取り組みが立ち遅れていると言わなければならない。殊に(A2)に関しては、広域合併によって農協の組織規模が飛躍的に拡大したわけで、旧来の方式では組織運営がうまくゆくはずがないのは当然である。
次に、(B)の事業活動面の基本的改革課題をどう考えるかである。筆者は、「2つの直接的使命をしっかり果たす方向で、各事業の機能の高度化・効率化を実現すること」だと考える。これまでの農協改革は、ほとんど事業活動改革だった、と言っても過言ではないが、必ずしも成果を挙げ得ていないのは何故か。それは1つは、“2つの直接的使命をしっかり果たす”ため、という事業改革の狙いに焦点を合わせるよりは、経営収支の維持・改善のための事業改革という考え方が強過ぎたこと、もう1つは農協グループとして、事業改革の戦略的取り組み方策の見極めが不徹底ではないのか、という思いを強くもっている。
事業活動改革の戦略的取り組み方策として重視すべきは、次の2点だと考える。その第1は、事業活動改革の鍵となる人材の確保・育成への本格的取り組み(B1)であり、第2は、連合会の果たすべき役割をいかに高度に効率的に果たすかの徹底的追求(B2)である。
最後に決定的に重要なのは、(C)の経営管理面の基本的改革課題をどう考えるかである。筆者は、その基本課題を「現代社会に通用し、組織運営改革と事業活動改革を可能にする経営管理体制の構築」だと考える。また、そのための戦略的取り組み方策として重視してほしいことが2つある。その第1は、「広域合併農協に相応しい経営管理機構の確立」(C1)であり、その第2は、この点が筆者は決定的に重要だと考えているのだが、それは「農協のトップマネジメント機能の確立に向けての役員体制の整備」(C2)である。
次回以降3回の連載を、以上の(A)、(B)、(C)に関し、(A1)〜(C2)に焦点を当てて、できるだけ具体的な検討を行い、提案を試みることとしたい。
◆「1県1農協」づくりは農協改革の決め手か
以下においては、今回の主題にも深く関わるので、3月7日に東京で開催された農協研究会主催の「課題別研究会」に参加しての感想を述べることとする。
感想は2点である。その第1点は、右の研究会の研究課題に関わる。同研究会の課題は、筆者自身も執筆者の1人となった小池恒男編著の記念出版(A)※を俎上に乗せ、批判的検討を行うことであった。右の記念出版の私共の問題意識は、副題として掲げた「他律的改革への決別」であったが、この点に関して、農協経営者や中央会職員等何人もの方々から、疑義ないし違和感が表明されたことであり、筆者は、正直言ってショックを受けた。その理由の1つは、当日の報告者の1人であった編著者の小池氏から、副題の意味についての立ち入った説明がなかったことにもよると推察しているが、農協の経営者や中央会に、“我々は必要な改革への取り組みを自主的・主体的に行っているのだ”という自負があることは間違いない。
しかし本当に“自主的・主体的取り組み”なのか、については疑問を提起せざるを得ない。“他律的改革”の意味については、前回説明したので繰り返さないが、農協グループが特に近年、矛盾、違和感を感じながら、“上からの改革の指示待ちと指導順応状況”に陥っていたのは事実ではなかったのか、と問いたい。
その第2点は、“1県1農協への対応こそが、農協危機打開の決め手ではないか”という趣旨の発言が、何人もの参加者から出されたことである。私共の農業開発研修センターに1県1農協づくりの助言・指導を求めて来られた幾つもの県中央会に、“農協のあるべき方向を切り開く道筋としては、採るべき選択肢とは考えにくい。慎重なご判断をされるように”と申し上げご協力することをお断りして来た経緯がある。しかし、1県1農協推進論は予想外に強まっていることに筆者は驚いた次第である。
1県1農協構想は、先に提起した農協改革の戦略的方策の幾つもに関わる問題を内包している。ここで1県1農協構想の問題点を全面的に提起する紙数はなく、この点に関しては、この連載の中で追い追い提起してゆきたいと考えるが、ここでは若干の問題点を提起しておくこととする。
1つは、農協の本質は“組合員の組織”だと言うことであり、農協の最大の強味は、「組織力」(組合員の農協への結集力)だということである。通常の広域合併農協においてすら、組織力維持・培養の基礎となる組織運営戦略の確立が求められているのである(A2)。県域生協が数多く出現しているが、事業の地域特性をほとんど考慮しなくてよい生活物資購買事業中心の県域生協でも、その巨大な組織運営のむずかしさと厖大な組織運営経費に悩んでいることを肝に銘ずべきである。
その2つは先行事例があるとは言え、県域一円農協という超巨大組織・巨大事業経営体を誰がマネジメントできるのか、という問題である。前項で、決定的に重要な戦略的対応課題としてトップマネジメント機能の確立(C2)を提起したが、野村克也監督の『ああ、監督』(角川oneテーマ21)の帯にあった「組織は監督の器より大きくならず」を真摯に受け止めてほしいものだ。
※『農協の存在意義と新しい展開方向‐他律的改革への決別と新提言』(昭和堂)
【著者】藤谷築次京都大学名誉教授