前回の組織運営改革問題に関連して言及しておくべき2つの重要事項が、紙数の関係で書き切れなかった。今回は事業改革問題に進みたいので、この連載のどこかで補足したいが、1つは、藤沢先生も強調しておられた協同組合教育の重要性についてであり、もう1つは、「地域住民の准組合員としての積極的組織化」の重要性を強調したが、そこには、組合員の基本的権利である共益権(運営参加権)が制度的にほとんど認められていないといういわゆる“准組合員制度問題”をどう克服するか、という課題があることである。記憶に留めておいていただきたい、と考える。
◆事業問題の焦点とその要因
農協の事業問題は多様であり、もとより農協間で多少とも違いがあるが、その共通する問題の焦点は、2つある。1つは、各事業の軒並みの事業分量の減退と事業収支の悪化問題(A)であり、もう1つは、各事業の機能の陳腐化ないし魅力の希薄化問題(B)である。“機能の陳腐化”とは、組合員の各事業への期待・要求の変化・高度化に対応するための機能革新の立ち遅れであり、その結果としての事業への魅力の希薄化が利用率の低下につながる事態を指している。その意味で、事業問題の焦点は(B)であり、(A)はその結果に過ぎないのである。また、(A)は農協経営の視点からの事業問題の認識であり、(B)は組合員視点からの問題認識である、と言い換えることもできる。 ここで改めて、農協の事業改革とはどういうことか、について考えてみたい。筆者は、役職員の皆さんが、次の2点を大切に考えてほしいと期待している。 第1は、事業改革は、“組合員による組合員のための改革”でなければ成功は覚束無い、ということだ。私共の記念出版(A)で、“他律的改革への決別”を提起したが、農協の役職員の方々からは、“我々は経営の厳しさの中で、已むに已まれず“自律的改革”に取り組んでいるのだ”という反発的ご意見さえいただいている。そんな中で、本紙4月20日号に掲載された佐渡農協理事長 板垣徹氏の「提言―JAの現場から」は、感激であった。組合員との「丁寧な対話」を基本とする、「組合員の、組合員のための」改革、「それしか“自律的改革”の道はない」――正にその通り、と申し上げたい。 “上からの”指示であるなしにかかわらず、役職員の思い込みによる事業改革は、“組合員のための改革”であるよりは、“農協経営のための改革”に陥りやすいことを肝に銘ずべきだ。また“組合員のための改革”となり、しかも成果をあげることができるかどうかは、組合員の理解と合意と協力とが不可欠だということだ。その基本は、板垣理事長の言われる“組合員との「丁寧な対話」”である。それは前回検討した農協の組織運営改革の徹底に他ならない。 第2は、右の点を踏まえれば、事業改革の焦点は、各事業の“機能の陳腐化”の克服、すなわち組合員の各事業への期待・要求の変化・高度化への対応力の強化でなければならない。そのことを農協役職員は、明確に自覚することが一切の出発点だ。問われるのは、何をどう改革するのかであるが、それは、各事業の“機能の陳腐化”の基本要因を明確にすることに他ならない。 農協の現場に接する機会の多い筆者には、役職員の皆さんには大変失礼だが、問題は総じて皆さんの専門的能力ないし課題対応力が低いことであり、またその向上への取り組みが大幅に立ち遅れていることだと思われてならないのである。改革の大前提となる農協の役職員の事業環境認識力や組合員ニーズ洞察力は、あまりにも拙劣と言わざるを得ない。その原因は役職員の自己啓発力の低さである。さらにその原因は、自己啓発力を助長する経営管理機能の不備であり、中央会の教育機関の後退である。
◆事業改革推進上の留意点
事業改革が農協の重視すべき改革課題であることも、改革の成果が強く求められていることも間違いない。それだけに、事業改革への取り組みには戦略性が求められる。 第1の留意点は、前項で提起した諸点に十分留意してほしいことだ。すなわち、事業改革は組合員視点に徹すること、そうであれば、事業経費をいかに節減するかといった次元に留まり得ず、各事業の組合員にとっての“機能の陳腐化状況”の克服こそが核心的課題であること、そしてその改革課題への取り組みは、役職員の主体的力量の強化、高度化なくして不可能なことだ。 これらの諸点が事業改革への取り組みの基本だが、次の2つの点を追加しておきたい。その1つは、各農協が自らの事業展開方向を、組合員の総意に基づいて一層明確にすることも、事業改革の重要な課題だ。国の意図に添って生活面事業活動を無定見に切り捨てるようなことはしてはならない。農林中金総合研究所の最近の調査結果を見ると、農協の生活部門の組合員・地域住民の利用状況が、筆者の想像以上に高いことに驚いた(尾高恵美稿「JA組合員・地域住民のJA事業利用について」『JA金融法務』5月号参照)。地方的経済圏にあっては、農協の生活面事業が地域社会の生活インフラとして重要な役割を果たしている場合が少なくないのである。 もう1つは、もとより右の生活面事業が収支を償わせていない場合が少なくないのだが、だからといって、「生活その他事業」という枠組みをはめ、厳しい収支改善基準を示して、その持続の息の根を止めるような措置は、組合員の思いとは程遠いものがあると言うべきであろう。
◆総合事業兼営の意義をどう考えるか
筆者が提起したいことは、総合事業兼営の意義とメリットの徹底追求である。経済事業改革で露骨に出て来た“事業部門別収支健全化”の考え方は、農協の総合事業兼営の強みを減殺することに繋がりかねない。例えば、信・共両事業は農協の掛け替えのない収益事業であり、それぞれの事業改革によって、事業内容を一層魅力あるものにしてゆく取り組みが重要であるが、他業態に比べどれだけの改革ができるか、限界があるのではないか。 これら両事業の事業分量の維持・増大の決め手は、組合員の農協への信頼(その基本は組合員本位の農協運営だ)と感謝の気持ちがどれだけ確保できるかだ。その役割を果たす事業活動が営農指導事業であり、生活インフラとしての生活面事業活動であり、高齢者福祉活動ではないのか。これらの事業活動は必ずしも収支を償う必要はない。信・共両事業が経費の一部を負担することは当然であろう。 何よりも、事業収支健全化をどう計るかの判断は、各農協の組合員の総意に委ねられるべきことではないのか。
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