◇不備が目立つ広域農協づくり
農協の広域合併の全国的展開は目覚ましいものがあった。今や広域合併農協が主流である。合併後10年以上経過している広域農協も少なくない。
しかし、広域農協づくりがうまくなされていないのではないか、と思われる農協が、筆者の目から見ると、決して少なくない。“農協が身近な存在でなくなった”、“合併はしたが、農協の事業活動の中身に何の変化もない”、“それどころか、何かにつけて不便になった”、“合併農協としての一体性が感じとれない”、“大支所(旧農協)毎にばらばらな対応になっているのでは”、といった組合員の方々の不満、批判の言葉に接することが少なくない。
広域農協づくりの要諦は、組織規模、事業規模の飛躍的拡大を踏まえた経営組織(経営管理機構)の合理的、効率的整備である。そのポイントは次の3点だと考えてほしい。
第1点は組合員の結集をゆるがせにしない、広域農協らしい組織運営事務局の整備であり、第2点は、事業分野別の専門機能の整備・強化を狙いとする事業部制(独立採算制を目指す"事業本部制"ではない)の確立であり、第3は、高度な本所機能の確立と、組合員への的確な対応を基本に創意工夫を発揮できる支所及び現場事業所の整備である。
◇地区組織運営事務局の整備を
広域農協の経営組織の最大の欠陥は、組織運営事務局整備の不備にある、といっても過言ではない、と筆者は考えている。筆者は、この連載の第4回目で、組織運営改革を農協改革の最重要課題の一つとして提起しておいた。その重要性は理解していただけたと思うのだが、そのことを経営組織の整備問題の一環と受け止めて下さった読者はどれほどいるだろうか。
多くの広域農協が、“組織の根腐れ病”(第4回参照)に罹ってしまっているのは、広域農協の組織運営の難しさについて認識が甘いためだけでなく、組合員の総意を結集できる地区運営委員会の設置(第4回参照)と同委員会を支える事務局整備の重要性にまで思いが至っていないためである。現に地区運営委員会を設置し、それを支える事務局を整備している広域農協は、全くと言ってよいほど存在しない。各県中央会が、そのような広域農協づくりを指導して来なかったためであろうか。
もとより、広域農協に、総代会開催業務をはじめ組織運営に関する業務を担う部署(総務部等)がないはずはない。ただ小組織農協時代と大同小異の業務内容から踏み出せていないのではないか。広域化し、巨大化した農協の組織運営システムは、地区段階と全域段階の二段階構えとすべきであり、特に地区(市町村区分でも旧農協区分でもよい)毎の組合員の総意を結集できる地区運営委員会を整備し、それを理事会の下部機関(諮問機関)として正式に位置づけることが重要である。
より重要なのは、それを支える少人数による専任の事務局(地区本部)の整備である。組合員拡大業務や地区の各種組合員組織のお世話役業務等組織運営業務に専念すべきであり、事業の兼務は避けたほうがよい。組織運営業務がいつの間にか片隅に追いやられるのが落ちだからである。
◇「事業部制」をどう確立するか
広域合併の推進の最大の狙いが、事業規模の飛躍的な拡大を活かした各事業の機能の高度化と効率化にあったことは多言を要しないであろう。それを可能にする経営組織整備の方向は、“事業部制”の確立以外にないと考える。事実、広域農協は例外なく事業部制を導入している、と見てよい。
問題は“事業部制”は確立しているのか、ということである。問題は2つある。
1つは、本所は事業部制の形を取っているが、支所・現場事業所は旧農協の姿に近い大支所制の下で、支所長の巨大な責任・権限によって総合管理されている場合が少なくない。本所の各事業部長より大支所長の地位・権限の方が、重いと考えられている広域農協も少なくない。
もう1つは“事業部制”がこのような尻切れ蜻蛉になるのも、本所の果たすべき役割が明確に認識されていないのでは、と思われる。軍隊的に言えば、本所は軍司令部機能と参謀本部機能とを果たさなければならない。広域農協的に言えば、第1は、組織・事業・経営の全面にわたる統括管理機能と指揮・命令機能の発揮であり、第2は、その一環に含めてもよいが、事業部門間の調整・連携機能の発揮である。第3は、当該広域農協の進路を切り拓く企画開発機能の発揮であり、第4は、各事業部が所管すべき支所の関係部署及び関係現場事業所の直接的統括管理機能と支援機能との発揮であり、それらを可能にする本所体制の整備である。
本所各事業部の統括管理機能としては、事業推進企画・管理機能、関係現場部署の管理と助言・指導・支援機能、部門別の専門教育研修企画・実施機能等、多岐にわたる機能発揮が求められる。もとより現場の人的体制は可能な限り手厚くし、現場の創意工夫を助長する管理のあり方が求められる。
◇職員の意識改革と意欲・能力の向上を
広域農協としての有効な経営組織をどう確立し、それを踏まえて、組合員に役立つ役割発揮に向けどうリーダーシップを発揮するのか、この点が前回検討した農協経営者の踏ん張りどころである。しかし、それは言うまでもなく、経営者だけで成し得ることではない。職員の役割発揮が同時に厳しく問われているのである。
筆者は、これまで多くの農協職員に接して来たが、その資質は決して低いとは考えられない。しかし近年、総じて、農協運動者としての意識が薄れ、また、学習(自己啓発)意欲が弱まっているのではないか、との印象は否定できない。
農協経営者は次の方向で、職員の意識と意欲を高め、専門能力を向上させる取り組みを進めてほしい。
第1は、農協職員としてその仕事に確信と意欲を持つための大前提である、農協の説得力ある運営理念(経営指針)の明確化であり、それを踏まえた経営者の職員への積極的語りかけである。
第2は、前記しておいたように、各事業部が、当該事業部の機能の強化・高度化に必要な職員の教育研修課題の見極めと効果的な取り組みを進めることである。第3に、人件費の安易な削減策として取り組まれて来た非正規職員化の問題については別途検討したい。
京都大学名誉教授