◆英雄も登場する“糸引き”伝説
外国人がなかなかなじめない日本食の代表が納豆と味噌汁です。今日は日本が生んだ画期的食品、納豆の威力について考えてみましょう。
納豆(糸引き)伝説というと英雄が登場してきます。庶民が生み出したというのではあまり面白みがないので、後世の人が考えついたのかもしれません。
たとえば源義家、八幡太郎です。奥州遠征の途上、俵に入れておいた煮豆が変質していたのを恐る恐る食べたところ、案外おいしかったので以後、部下に作らせたというお話。
もう一つは加藤清正です。秀吉の命を受けて朝鮮に出兵した際、煮豆を俵に入れ馬の背に乗せて行軍していたところ、馬の体温で発酵し、飢えに苦しんでいた一同、喜んで食べたというのです。
二つの話で重要なのは、煮た豆を俵に入れた点でしょう。つまりわらについていた菌によって発酵したわけです。
昔の納豆は藁筒に入れて売られていたものでした。食べる直前まで発酵が活発に行われたことになります。厚生省の「衛生的」指導とコスト削減で藁筒がほとんど姿を消したのは惜しいことです。
◆小泉教授のかばんにはいつも納豆が
ともあれ糸引き納豆の歴史は平安時代に遡るとみてよさそうで、日本人は1000年以上もこの健康食品を食べ続けてきたわけです。
小泉武夫東京農大教授といえば、日本一の「納豆先生」です。私も毎朝、納豆を欠かしませんが、『納豆の快楽』という本まで書かれた小泉先生にはとても歯が立ちません。
小泉さんのかばんには、いつも納豆が入っていて、私の仕事場である経済倶楽部で講演いただいた時も、昼食時にパックを二個取り出して食されました。
その際、刻みネギを所望されましたが、納豆にはビタミンAだけはないので、納豆にネギをたっぷり加えるのは理にかなっています。
というわけで小泉さんのエネルギッシュな活躍は納豆によるところが大きいのでしょう。なにしろ「畑の肉」と呼ばれる大豆が原料ですから、納豆には良質の蛋白質がたっぷり含まれています。
◆血液をさらさらにし脳を活性化
レシチン、アセチルコリン、ビタミンB群やEなどの働きは、細胞を生き生きさせて皮膚や内臓の老化を防ぐだけでなく、血液をさらさらにし、脳細胞の活性化まで効果があります。まさに万能食品の趣ですね。
近年、ネバネバ食品が体に良いといわれることが多いのですが、これはムチンという物質で血栓溶解作用があり、納豆も脳卒中、脳血栓などを防止することが臨床的に確かめられています。
ただし、納豆菌が腸内でビタミンKを作って血液凝固因子の生成にもかかわっているとかで、ために凝固抑制剤を飲んでいる人は医師から納豆を食べないよう注意されます。
血液をサラサラにしたり、逆にほどほどにではあれ凝固させたり、納豆にはなんとも複雑な働きがあるものです。
◆放射性物質を対外に排出する働きも
さらに納豆菌はジピコリン酸(dipicoli-nic acid C7H5NO4)を作り出しますが、この物質はストロンチウム90(骨に入り込み造血機能を低下させる)やコバルト60など放射性物質と結びついて、これを体外に排出する働きがあります。
実は3年以上前に出版した拙著『食は医力』でこのことに触れたのですが、原発事故が発生した今これが話題になるとは、と不思議な思いがしています。
ジピコリン酸は芽胞(栄養胞子)の一種で、O―157などの猛毒菌もやっつけてくれる優れもの。良質の味噌にも含まれているようです。
であれば前々回にご紹介した、長崎で被爆した秋月医師と味噌汁のエピソードは正鵠を得ていたのかもしれません。
納豆や味噌をたっぷり取れば免疫力も高まります。風評で福島の食品を忌避したりせず、食養の王道を行くほうがよほど正解でしょう。
経済倶楽部理事長